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理想郷の代償


 シェリーが捕縛されたあと、翡翠は客室に通された。そこには、ヤナと鈴がいた。


 村長は、仲間を通報した裏切り者に、手放しの信頼を寄せたらしい。これも、居場所を自ら手放した翡翠への、彼の厚意だ。親しい相手と同室の方が安心して眠れるだろう、ということだった。


 システム妨害未遂事件。

 その首謀者を友人として連れてきたサジドは、大目玉を食らったと聞く。村長の長い説教を聞かされた末、当面の間、親族として受けていた生活援助も断たれることに決まった。



「翡翠さんは、おじさんに怒鳴られたりしなかった?」



 通信機をいじっていると、脇にヤナの顔が覗いた。


 翡翠は、慌ててチャット画面を閉じる。

 当分、声でやりとり出来そうにない。そう伝えた翡翠に、急遽モモカが、文字で話せるこの機能を送ってきたのだ。


 仮に翡翠が多少の風当たりの強さを感じても、自業自得だ。トヌンプェ族らがシェリーをどう処罰しようとしているかを想像すれば、怒鳴られるくらい可愛いものだ。

 もっとも、翡翠は尋問も受けなかった。敵に村の内情まで話したサジドと違って、彼らから見た翡翠の罪は、シェリーと行動を共にしていたことくらいだ。モモカや移動基地に関しても、大した知識を持たない。彼らが口を割らせようとしたところで、何も出ない。


 平気だったとだけ答えて、翡翠はかけ布団にくるまる。



「おやすみ」


「うん、おやすみ、翡翠さん」



 もっとも、たぬき寝入りを決め込んだだけで、眠る気はない。


 翡翠は、モモカとのチャット画面を再び開く。


* * * * * *


 シェリーが扉の解錠を試みていると、物音がした。


 古い密室は、壁があちこち崩れている。床下五センチ近くも隙間の空いた箇所もあって、見ると、何か差し込まれていた。脇腹の鈍痛を押さえながら、そこに進み寄る。通信機だ。シェリーが所持していたのとは違う。


 シェリーは、身に覚えのない通信機を引き寄せる。すると青年の声が聞こえた。



「良かった、どなたかいらっしゃるんですね」



 声は、壁の向こうから聞こえる。


 シェリーが応じると、また応答があった。


 二十代くらいの青年か。ここに囚われているなら、人間だろう。所持している通信機の形態からも、そうと考えられる。


 彼が話し出す。元は中部の出身らしい。好奇心から西に出てきて、トヌンプェ族らの逆鱗に触れた。シェリーが詳細を訊ねると、価値観の違い──…よくある話でしょう、とけろりとした笑い声が続いた。



「シェリーさん、鍵は開けられましたか?」


「何故、私のこと……」


「通信機にケーブルが繋がっているでしょう。こちらにロボットが来ています。モニターに出ていた指示の通りにしましたが、画面は連携出来ていますか?」



 そこでシェリーは気が付く。


 通信機の画面に、モモカの口調でメッセージが入っていたのだ。



「モモカ?!」


『シェリー!やっと繋がったのです!怪我してないです?どこにいるですっ?』



 聞けば、モモカは移動基地に戻ったあと、ショウに彼らのロボットを調整させたという。隣の独房に今いるのは、馴染み深いそのロボットだ。彼女は対象物の解析に長けたそれに、夕方、シェリーが白衣に仕舞っていたのと同じ鉄屑の特徴を記憶させて、役所に放った。あとは獲物の匂いを記憶した犬の要領で、ロボットがシェリーを捜索する。そうしてトヌンプェ族らの監視をかいくぐって地下に降りてきたそれが、無事、インプットしたのと同質の鉄屑を持つシェリーの所在を突き止めたわけだ。ただし、老朽化して抜け穴も見られる独房も数ある中、シェリーの近辺は塞がっていた。そこに青年が居合わせていたのだろう。


 シェリーは自身の無事を伝えて、彼女達の安否を訊ねた。



『役場の関係者に見付かる心配はないです。シェリー、何か削れるものがあれば、壁の端くれをロボットに預けて欲しいです。その子が戻り次第、分解システムを使って、出口になるだけの穴を空けるです』



 頷いて、シェリーは通信機を切った。隣室の持ち主に返却して、崩れた壁の一部を拾うと、続けて今の隙間に差し込む。



「ロボットに持たせてもらえます?壁が崩れ出したら、すぐに脱出して下さい」


「僕も助かるんですか?」


「価値観の違いで投獄されたままなんて、納得いかないでしょう?」



 シェリーの砕けた言葉つきに、青年が笑った。それから、彼が続ける。


 この村は、トヌンプェ族らの占領地だ。移民プログラムに異論を唱えた人間は、囚われたり、むごい仕打ちを受けたりする。一方で、彼らは好奇心に駆られただけの訪問者なら、手厚く迎える。永住を望むよう仕向けて監視下に置けば、漏洩も防げて、手懐けられるからだ。



「ここに辿り着いた人間は、彼らに従うか、壊されるか……」



 その通りです、と青年の頷く気配がした時、壁が剥がれ落ちてきた。分解が始まったのだ。


 外れた扉を受け止めて、シェリーはそれを隅に立てると、壁隣に顔を向けた。


 おおむね思い描いていた通りの人物が、そこにはいた。束ねた伸びっぱなしの髪が、青年の長い苦悩を物語っている。


 警備員が降りてきた。



「貴様!」


「やはり逃げるか!」



 シェリーは青年の腕を引く。


 鉄扉の続く通路を離れて、拷問具の並んだ広間を駆け抜ける。


 警備員らの銃がシェリー達を追う。

 シェリーは手近な拷問具を取り上げて、弾丸をしのぐ。青年も同じようにして、盾になりそうなものを彼らに向ける。


 そうして二人、物陰に滑り込んだり追撃者らを追い払ったりしながら、階上への扉を目指す。


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