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絶たれた希望



 ドォォオオオン……!



 ロボット達が、爆発物の投下を始めた。あちらこちらに砂埃が舞う。付近の家々が点灯して、寝巻き姿の住人らが外を覗く。



「モモカ、彼を武器庫に案内して!村には人間もいる!」



 彼女が頷いて、青年に付いてくるよう身振りで伝えた。


 二人が移動基地に入ると、シェリーは思い出せる限り、ここ数分内の建物の並びを暗号に試す。

 だがロボット達は、おそらく地層のコンピューターにも干渉している。暗号そのものを葬ろうとしているのか。


 事実、呼び出せていたHTMLまで、再びロックがかかっていく。暗号を打ち直しても、さっきと同じ通りにいかない。


 シェリーは、これまでの旅を振り返る。トヌンプェ由来のロボットらは、生みの親達の存続のために行動している。プログラムされた主な役目こそ地上の資源の収集でも、それが妨げられた時、ロボット達は村を壊して、人命も奪う。つまり今、移民プログラムの危機を感知して、ハッキングの予防に踏み出したのだ。移民プログラムには傷ひとつ付けず、おそらく暗号を管理する機器にだけ、器用にバグを起こさせている。



 ブレーカーを落とすしかない──…。



 シェリーは、村長に銃を向ける。



「どきなさい」



 その時、光のドームが彼を覆った。爆発音が轟いて、ドーム内を火煙が満たす。


 移動基地を出てきたドローンが、彼の頭上を浮遊していた。モモカが機転を利かせたのだ。



「おのれ……!」



 ドームと火煙が薄れていくと、顔色を変えた村長が出てきた。


 軽傷を負っただけの彼が、懐から銃を抜く。そして、翡翠に顔を向けた。



「お嬢ちゃん、詰所の警備員を連れてきてくれ!」


「っ、……分かりました」



「翡翠……!」



 シェリーの行く手に、村長が立ち塞がってきた。シェリーも銃で応戦する。



 バキュッ!バキューーン!!



 彼の肩越しに、翡翠を目で追う。


 翡翠は、本当にトヌンプェ族らに感情移入したのか。失くしたものと、まだ守れるもの──…後者が家族や友人の仇でも、彼女には、他者の未来を呪えなかった。彼女にも未来を得る権利はある。だが家族という存在は、もう諦めきっていたのだ。



「翡翠……翡翠っ!」



 変わらないものはない。そんな風にシェリーが割りきっていたのは、虚勢だ。翡翠の叔父が彼女を引き取ろうとした時も、シェリーはただ強がっていた。彼女を手放せば自分には孤独が残るだけだと恐れながら。


 今も同じだ。


 彼女の意思など尊重出来ない。



「どきなさい!」



 バキューーン!!



 シェリーの銃弾が、村長の脛に命中した。彼が、顔を歪めて膝をつく。


* * * * * *


 翡翠は詰所を通り過ぎて、別館へ向かった。


 シェリーが追ってくるまでに、急がなければいけない。彼女にブレーカーは落とさせない。


 その一心で、翡翠は彼女を通報した。あまりに大きなリスクを伴う手段だったが、そうでもしなければ、彼女は大勢の村人達の命と引き換えに、移民プログラムを止めていただろう。


 ショウ達が行方をくらませるところまで、計画通りだった。彼らの行方を追うために、トヌンプェ族らは彼女を生かしておくはずで、実際、翡翠の読んだ通りになった。ただし、モモカの救出が思いのほか早かった。よって、トヌンプェ族らが彼女を拘束している間に翡翠が移民プログラムを停止させるという筋書きは、破綻した。


 シェリーと行動していた青年は、どこの誰だったのか。トヌンプェ族ではなさそうだった。村長の手前、翡翠には、あの場で詮索出来なかった。


 翡翠はモモカと通信を繋いで、彼女に経路を確認しながら、回廊を歩き進んでいく。



 ようやく、翡翠は厳重に施錠された扉の前に到着した。


 この向こうに、悪魔の心臓ともなるブレーカーがあるはずだ。



「モモカちゃん、ロック解除どうするの?」


『ショウ達の盗み見ていたパスワードがあるです、伝えるのです!』



 それから翡翠は、モモカの伝えてきた通りの文字の組み合わせを液晶画面上に打ち込む。一枚目の扉が開く。


 通信機の向こうにいる彼女の背後が、ざわついている。シェリーが暗号を見付けたのは、思いがけない幸運だった。だのに先手を打たれたばかりに、この有り様だ。



「モモカちゃん、次、パスワードお願い」


『──……。で、──…なのです』



 翡翠は、また扉を開く。あと一枚だ。


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