警備員達が駆けつけてきた。彼らが負傷した主人を介抱して、シェリーを見るなり銃を構えた。
シェリーはさっきのドローンに指示して、電気バリアを展開した。武器庫から戻ったモモカ達の村への経路を確保して、村長らの追撃を撒く。
それからシェリーは、トヌンプェ族らを迎撃していく。
片手間に、モモカが去り際、投げ寄越してきた予備の通信機を操作して、遠隔で空中プロジェクターを閉じる。簡易バリアで自身を保護して、シェリーはドローンにレーザーガンを撃った。
火薬を載せたドローンが、村長達に墜落する。
シェリーは、彼らを包んだ火煙をよけて役所へ向かう。爆発を逃れた警備員らが追ってきた。
いや、彼らもすかさず防御したのだ。直撃したはずの村長も、脛の他に不具合はなく、部下達の助けを借りて足を引きずっている。
バンバンバンッ!ダンッ!!
トヌンプェ族らの発砲を逃れながら館内に入ると、シェリーは死角に滑り込んだ。ショーケースから大型の銃を拝借して、彼らに放つ。
ドゴォォォン……!!
「貴様、必ず後悔させてやるっ!」
目の色を変えた警備員らが、一斉に引き金を引く。横降りの雨のような弾丸を簡易バリアで防いで、シェリーは通信機を操作する。
呼んだのは、ショウ達のロボットだ。至近の壁を砕いたばかりの弾丸を一つ拾わせて、移動基地へ戻らせる。
「分解システムとやらを使う気か?無謀だな、今行かせたロボットでは知能が及ばん……おまけにあのパンダは、村へ向かって不在だろう!」
村長は、自身の優位を確信した物言いだ。彼に従う警備員らも勝ち誇った顔を見せるが、シェリーは答えず、再び駆け出す。
追撃をしのいでいる内に、弾丸の脅威はなくなった。
カチャッ。カチャ。カチャ。
トヌンプェ族らの、使い物にならなくなった銃の引き金を引く音が続く。
銃口が鉄粉をこぼしていた。分解システムが起動した証だ。
「何故だ!」
その疑問を解く義理はない。
シェリーは彼らに発砲する。
バキューーン!!
今度こそブレーカーを落とす覚悟で、シェリーは別館へ急ぐ。
必死に走って、村長達との間隔を空けた。だが彼らも執念深く、また遅れを取り戻すと、銃を投げ捨てて力任せの行動に出た。シェリーの弾丸をトヌンプェ由来のバリアで受けて、拳を繰り出したのだ。
「うりゃァアアア!!」
シェリーも、簡易バリアで彼らをかわす。身を屈めたシェリーの頭上で、彼らのパンチが空振りした。勢い余って仲間を殴り合った彼らが、共倒れする。別の方角から突進してきた警備員らに銃口を向けて、シェリーも力技を出す。
「グハァッ!!」
「おのれぇ!!」
怪我の程度とは別に、おそらくシェリーの消耗は、彼ら以上だ。
息が切れかけた時、耳の尖った青年達のどこかから、電子音が聞こえた。
「何だ、こんな時に」
応答した警備員の顔が、見ている内に不機嫌さを増す。
「……あの小娘がグルだった」
彼が通信を切ったあと、今度はシェリーの通信機が鳴り出した。
村に降りたモモカからだ。良い知らせと悪い知らせがあるらしい。
まず前者は、館内に隠し経路が見付かったことだ。彼女は青年を連れて村の被害に対応しながら、役所を調べ直したらしい。それは別館への近道でもある。
そして後者は、どうやら目前の警備員らの顔を歪ませた原因でもある。
「初めから翡翠は芝居を打っていて、それが……バレた?」
村長の指示を受けた彼女は、宿直など呼びに行かなかった。監視の目がなくなった隙に、計画通り、西の悪魔を止めに向かったのだ。そこで警備員らに見咎められて、今は一人で、彼らと撃ち合っている。
「こいつを始末しろ!オレは小娘を片付けに行く!」
バキューーーン!!
仲間に指示した警備員に発砲して、拳を繰り出してきた数人を、シェリーは簡易バリアで防ぐ。背中を向けた警備員らに照準を合わせて、彼らの足首に弾丸を放つ。
そしてシェリーは、モモカに聞いたばかりの狭い通路に駆け込んだ。
* * * * * *
隠し経路をしばらく進むと、行き止まりに扉が見えた。
開くと、その先にいたのは、耳の尖った警備員らと、そして翡翠だ。
シェリーは、広間を見渡す。本当に別館の内部に出られたらしい。ショウ達の話していた通り、研究施設にも見える。ここのどこかにブレーカーがあるのか。
「翡翠っ!」
シェリーは彼女を狙っていた警備員に発砲して、彼の手から銃を飛ばす。それから簡易バリアを広げて、両者を隔てた。
彼女の腕を掴んで、その場を離れる。通ってきた隠し経路に飛び込むと、内側から施錠した。
大きな目が瞬いて、シェリーに複雑な感情を訴えている。何が起きたか分かっていない風でもある。
シェリーは、モモカに全て聞いた旨を話す。
あの通報は、彼女がシェリーを止めるための策だった。ショウ達が行方をくらませれば、トヌンプェ族らが捜索のためにシェリーを生かしておくのも想定内で、あとは彼女が移民プログラムを止める頃合い、モモカが救助に入るという筋書きだった。
「だけどショウ達のロボットは、すぐに私の居場所を見付けた。そこでモモカ達は、無理に時間稼ぎをすれば却って私が不審がると判断して、ひとまず助けてくれたそう」
その通りだ、と翡翠が頷く。
暗闇ではっきりしないが、未だかつてなかったほど気まずそうな顔の彼女が、小さく謝罪を繰り返している。
「シェリー、ごめん……どうしても……だって、私は思い残すこともなくて、こんなことしか出来なくて……」
翡翠の想いをそっくりそのまま返しても、シェリーと彼女のいたちごっこは、収拾つかないのだろう。
彼女がどれだけの感情を向けてくれているか、自惚れなど抜きにしても、シェリーは実感している。側にいてくれるだけで十分だと伝えても、彼女がそれでは納得しない。シェリーが彼女を守りたいのと同じくらい、彼女もきっと切実だ。
全ての痛みや悲しみから守るだけが、相手のためになるとは限らない。自身が傷付けば良いという考えは、独り善がりだ。
シェリーは、翡翠の腕を引き寄せる。暗くても顔の見える距離になると、冗談を言い合う時の調子で、彼女にこの話はやめないかと提案した。
「捕まったお陰で、心強い戦力も増えた。ダメになっちゃったけど、暗号のこともスッキリしたわ。翡翠が勝算を掴ませてくれた。モモカだって共犯なんだし」
「シェリー……」
何故、こうも愛おしいのか。
濡れた黒曜石を想わせる彼女の目に吸い込まれそうな思いがしながら、シェリーは続ける。
「ここからは、一緒に行こう。翡翠がおとなしくなってくれないのは分かったから、一緒に……背負ってくれる?」
怖いのは、後悔だ。何も返せず伝えられず、大切な家族と会えなくなるのは、千年前で最後にしたい。彼女とは、命尽きる日まで共にいたい。罪も共有すれば良い。
半ば無意識に抱き締めていた腕をほどくと、シェリーは翡翠が頷くのを見た。