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第56話

広げられた地図から見た東の山岳は、確かに駿馬ならば往復しても1週間で戻れる範囲内ではあった。

しかし、事が上手く進むとは限らない。

特に、騎士団長のルイが一緒に行くと行っても、多勢に無勢となれば難しいはずだ。


「ユーマとすぐに連絡が取れればいいのですが……」


私がそう言うと、ルイはハンスへ口を開く。

ハンスは頷き、また部屋を出て行った。


「馬さえ貸してもらえればいい。うちの馬はここに来るまでに、疲労してしまっているからね」

「お兄様……」

「ルイも来なくていい。君は結婚式に出ればいいさ」


儚げに言うその横顔は、とてつもないイケメンなのだけれど、中身を知っている妹は、あなたを素敵だとは一括りに言えないのです。

私はそう思いながら、話を聞いていく。


「山岳は山岳の部族がその土地を仕切っている。騎士団とは友好的だ。だが騎士団を辞めたお前が行っても、無駄だぞ」

「それは……」


お兄様の渋い顔は、初めて見たかもしれない。

こんな顔で騎士団にいたんだ、と思う。


「坊ちゃま。準備が整いました」

「すまんな、ハンス」


その時、戻ってきたハンスは……。

なんと!


「た、鷹!?」

「騎士団の伝令用だ。最速の鷹だぞ」


立派な鷹をハンスは腕に乗せ、やってくる。

ルイは少し自慢気だった。

確かに、これだけ立派な鷹がいるなら、自慢もしたくなるだろう。


「あ、あの、触っても?」

「構わんが、噛みつかれるなよ」

「は、はい!」


私は鷹へ手を伸ばす。

温かい頭部を撫でると、鷹はこちらをジッと見つめていた。

綺麗な目だわ、と思う。


「伝令用であり、隠密行動用だ。本来の伝令用ならば騎士団の紋章を持たせるのだが、それを持たせるとコイツの命も危険だからな」

「確かにそうですね。では、この子にユーマへの伝言を持たせるのですか?」

「ああ」


いつの間に手紙を書いたのか、ルイはすでに書き終わったものを鷹の足についている筒へ入れていた。


「でも、知らない相手でも、分かるものなのですか?」

「通常は分からない。しかしコイツの目と俺の目は、重なっているんだ。ユーマほどの魔力があれば、途中からは任せてもいいだろう」

「す、すす、すごいです!!格好いい!!!」


ふわふわキラキラも大好きだけれど!

それを守る強い騎士団も格好いい!!

国王を守る為に暗躍する彼ら!!

はああ、ラブロマンスの美味しい要素だわ……!!


「そ、そうでも、ないぞ……」

「坊ちゃま、お急ぎください」

「あ、ああ」


ルイは鷹を飛ばした。

これでユーマと現地合流ができるだろう。


その後、ルイと兄はハンスの見守り(監視…?)の中、話を進めた。

出発は夕刻、駿馬で森を抜け、東を目指す。

朝方には東の国の山岳一歩手前まで行く、という強行手段だ。

私は出発する2人の準備を手伝う。

荷物の中には食事や地図など、必要なものを詰めた。


「セシリア」

「はい、お兄様。どうされました?」

「これを。アリシアからだよ」

「あら、綺麗なネックレス……」

「あの子が集めたバラのエキスを抽出して作ったみたいだよ。凄いね」

「ええ、綺麗で、ほんのりバラの香りがします」


兄が私にくれたのは、アリシアが作ったというネックレスだ。

私は、あの子に少しだけ貴族の令嬢以外のことを教えていた。

もしも何かあった時、どこでも生きていけるくらいにはなって欲しかったからだ。

だから、裁縫や手作りなどの基礎は教え込んでいる。


「あの子がこんなことできる年になってたんだね」

「そうですね。もうすぐ学園に行きますし」

「そうだよねぇ。僕さ、ずっとお前のこともアリシアのことも、そんなに考えてこなかったからさ。なんか、ごめんね」

「お、お兄様……」

「騎士団にいた頃は、楽しかったんだよ。剣を振れば、大抵のことは解決できた。ハンスは恐かったし、団長も厳しかったけれど、家族みたいに思っていたんだ」


お兄様が、あの、馬鹿なお兄様が!

人に感謝して、謝罪まで!!


「お兄様、セシリアは大変感動しております……!」

「なんで感動するの?」

「ああ、馬鹿なお兄様が!」

「お前も僕のこと馬鹿って思ってたのぉ?酷いなぁ」


そう言いながら、兄は笑っていた。

少しずつ、兄との距離が縮んでいく。

私にとって、それがとても嬉しい。

この結婚で、お兄様と私と、アリシアの絆が深まるといいのに。


「……お兄様は、アリシアのことを聞いていますか?」

「あ、魔女っての?知ってるよ」

「ご、ご存じだったんですね!」

「だから家に帰ったんじゃないか」

「え……?」


お兄様は馬に乗る服を選びながら、私にそんなことをサラッと言った。

え、どういうこと?


「稀代の悪女。時の魔女。呼び方は様々だけれどね。僕はルイの手助けをしたくて、家に戻った。まあ、これはルイには言っていないけれど」

「で、でも、お兄様、そ、それでは……いつか……」

「いつか、僕は妹を手にかけなければいけないかもね……」

「そんなこと!!」

「セシリア、ハンスから聞かなかったの?騎士団は、武力や知力だけじゃない。信念を持って生きていくんだ。だから僕はそれに従っている」

「じゃあ、お兄様は、いつか……アリシアを!!」


兄は、気に入った上着を羽織り、私に微笑む。


「その時は、アリシアじゃないよ」

「そんなことありません、お兄様!!アリシアはアリシアです!!」

「……お前は、先の戦争を知らないからね。いや、それでいいんだよ。お前はずっと、アリシアのお姉ちゃんであればいい。それがきっと、お前に与えられた役割なんだから」

「お兄様……」


お兄様は、私の肩を優しく叩いてくれた。

優しくて、優しくて、この人が本当に兄だったのだろうか、と思ってしまう。


「アリシアを愛してあげること。それが今の僕らにできることさ」


待って、と私は言えなかった。

兄はまるで戦地に出向くかのように、颯爽と、でも力強く部屋を出て行く。

私は、何も知らなかったのだ。

お兄様がどうやって生きてきたのか。

何を学び、何を見てきたのか。

本当は、家族の為、妹の為に、生きて来てくれていたのに。


私が部屋を出た時、そこにルイがいた。

きっと、彼も聞いていたのだろう。


「ルイ……」

「お前の兄は、馬鹿だな!」

「知っております、我が家で一番の大馬鹿者で……一番優しい人です」

「俺はそんな大馬鹿で優しい男を義弟にするぞ!俺は二度と弟を失わん!」


私は、黙ってルイに抱き着いた。

ルイは少し緊張した手で私を抱き返してくれる。


「お兄様を、どうかお願いいたします」

「俺の弟だ。結婚式の最前列に座らせてやる!」

「ふふ、そうですね」


兄が喜んで結婚式の最前列に座っている姿。

それを私は簡単に想像できて、笑ってしまう。

そして、その隣には。

きっと、愛しい人がいてくれるはず。


私は、ルイとお兄様が出立するのを見送った。

ふと、屋敷の中で人が少ないことに気づき、マリアさんを呼び止める。


「マリアさん、あの、ハンスは?」

「あらぁ、奥様、お聞きにならなかったんですかぁ?」

「え?」

「ハンスは坊ちゃまとカリブス様と一緒に、行きましたよぉ!」

「ええええ!!!???」

「だって、カリブス様に馬の扱いを教えたのはハンスなんですからぁ!」


そ、そうかぁ!!

私は確かに幼少期、兄が馬を上手に扱えないことを覚えていたから、今回の兄の行動に驚いたのだ。

兄が駿馬の扱いができるなんて、と。

駿馬は足は速いが気性の荒い子が多い。

特に頭はよくて、乗り手が馬鹿だと分かれば、すぐに振り落としたり、暴れたりする。

だからユキが私に懐いているのを見て、ハンスは驚いたのだ。

でも、私からすると世話をしてくれているハンスのことをユキは気に入っている。


でも、ハンスはこんな時に現役復帰して、大丈夫なのかしら。

ちょっとだけ心配だった。


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