「馬の足音が多いよね」
「そうか」
「いいや、絶対に馬の足音が多い」
「そうか」
「絶対に!多い!」
「そうか」
カリブスは嫌な予感がした。
自分がわがままを言って、グラース家の当主であり、騎士団長を連れ出したのだ。
きっと、あの人がお怒りだ、と分かっている。
でも、同行するなんて聞いていない!と思って振り返った。
「はわああ!!!」
「どうされました、カリブス様?」
「ど、ど、どうし、し、しえ!!??」
「前を向いてくださいませ、カリブス様!時間が足りませんぞ!」
ハンスは騎士団きっての馬の使い手でもあった。
彼の出生は詳しく知られていないが、あまり地位の高い出身ではないらしい。
それもあってか、馬の扱いは、馬の世話から上手かった。
ルイフィリアは、今回の出立にハンスの同行がなければ行かせない、と本人から脅しを受けたのだ。
もしもの時、ルイフィリアに何かあってはいけない、というハンスの判断である。
彼の判断力は信じているが、まさか何年も現役引退し、名目上の副団長であるハンスが駿馬に乗って同行してくるとは思わなかった。
「ハンスさんがついてきてるよぉ、ルイ!!」
「そうか」
「なんでさっきからそうか、しか言わないんだよォ!!」
「深く考えるな。俺はお前とハンスに挟まれているんだぞ」
「最高じゃん!!」
「最高なわけがあるかー!!」
ルイフィリアは叫び、3頭の駿馬は夜の森を駆け抜けた。
一方、残されたセシリアは……。
「奥様、坊ちゃまたちは4日ほどで戻られますよぉ」
「そんな予定ですか?」
「はい。ハンスが計画を立てていましたから、安心してください!」
ハンスの計画なら大丈夫かなぁ、と私は思う。
あの人は分からないところもあるけれど、しっかりしているし。
「あら奥様、そのネックレス、素敵ですね」
「はい、妹からもらったんです」
「そうなんですねぇ。坊ちゃまから頂いたものと交互にしてますか?」
「ええ、そのつもりです」
私は、マリアさんにネックレスの話をしながら紅茶を飲み、その後休んだ。
迫ってくる結婚式。
それに彼らは間に合うのだろうか。
ちょっと心配。
朝が来て、私は集まった子供たちにルイもハンスも不在であることを伝えた。
そして。
「今日は、全員でお勉強です!」
「うげぇ!」
「いいですか、騎士団に入りたい人は学びも必要です!手柄を立てる時に、計算ができなければ、間違えていた時その手柄を逃すことになってしまいます!」
それだけではない!
計算という技術は、今後のコスト削減や見直しにも大いに役立つのだ!と思って、私は子どもに何を教えようとしているのだ……?と思ってしまう。
とにかく、今日は青空教室である。
青空の下にテーブルを広げ、子どもたちに計算や文字を教えていく。
女の子たちは慣れたことだけれど、いつも剣の稽古ばかりしていた男の子たちは、頭を抱えている。
笑ったり、悩んだり、そんな時間が過ぎれば、朝食の時間だ。
子どもたちは家でなかなかお腹いっぱい食べられないこともある。
だから、ここで毎日食べさせる、というルイの考えは有効だった。
子どもたちと食事をしていたら、もしもルイと私に子どもができたらこんな感じなのかな、と思う。
きっと楽しくて、明るい家庭。
ルイは子どもを大事にしてくれるだろうし、お兄様は毎日のように遊びに来てくれるかも。
そして、アリシアは。
アリシアは。
その時、ちゃんとアリシアでいてくれるんだろうか。
そんなことを考えてしまって、私は片付けに集中できなかった。
マリアさんは相変わらず働き者で、次々に作業をこなしていく。
彼女は旦那様を亡くした身だ。
騎士団で一番の斧使い。
マリアさんにも人生があったんだよなぁ、と思うと、私は少し穏やかになれた。
彼女のように、旦那様を一途に愛せる存在になりたい。
「奥様、坊ちゃまとハンスがいないうちに、とっておきのお菓子を2人で食べませんかぁ?」
「あ、あれですね!?」
「はい!」
「あれをルイに出したら、すぐに全部食べられちゃいますもんね!」
「そうですよぉ!」
まるで女子会のように、2人で楽しい時間だ。
とっておきのお菓子とは、パン屋のご主人が試作品で作ったケーキのこと。
生地がしっとりしていて、卵、バター、そしてマロングラッセが入っている。
実はこのマロングラッセのレシピは、私がパン屋のご主人に教えたのだ。
だから、マロングラッセだけでも十分に美味しい!
それがケーキになったのだから、もっと美味しいに決まっている!
「あのイガイガの中身が食べられるなんて、知りませんでしたよぉ」
「そうですよね、普通は気づかないかな?」
「収穫するのも大変でしたし!」
「でもたくさん収穫できましたもんね!」
「もう、山のように!」
2人でこっそり栗拾いをしたのですよ!
女はそういう楽しみを見つけて、生きていく。
これもありかなって思う。
そして、2人でマロングラッセの入ったケーキをカットした。
マロングラッセの断面がとても綺麗だ。
そして漂うラム酒の香り。
「ラム酒が効いてますね」
「はあ、この香り、マリアは好きです~!」
「いただきましょう、マリアさん!」
2人でマロングラッセの入ったケーキを食べた。
お、美味しい……!
ルイに心の中で謝りたくなるくらいに、美味しいのだ。
これなら、今度作ってあげようと思う。
そんな日々を数日過ごした。
子どもたちの面倒は私が見て、勉強を教え、食事を食べさせる。
グラース家のことをしつつ、レシピの考案や妹への手紙。
残された馬たちの世話。
毎日割と充実していたと思う。
でも、お兄様の恋物語を目の前で、見られない悔しさはなかなか消えなかった。
「ああ、お兄様の想い人ってどんな人なのかしら。可愛らしい女の子か、綺麗なお姉様か。でも、私にとってもお義姉様になるかもしれないし……。想像が止まらないわね」
作業室で本を読んだり、文章を書く合間に、私は兄の恋物語を紙に記した。
あら、私って恋愛小説を書くのもいいかもしれない?
うふふ、と笑っていたところに、マリアさんがやってくる。
「奥様ぁ!坊ちゃまたちがお帰りになるそうですよぉ!鷹が来ましたぁ!」
「本当ですか!」
「はい!明日の朝には到着のご様子ですねぇ!よかったです!」
笑顔のマリアさんはとても喜んでくれた。
みんな、無事みたい。
よかった、と思うと少し涙腺が緩んだ。
「奥様……泣かないでくださいませ。奥様は騎士団長の妻、これからもっと辛いことがありますよ」
「そうですよね……ごめんなさい」
「でも、マリアがいますからね。安心してください。この家も、奥様もお守りしますから!」
「マリアさんったら!まるでハンスみたいなこと言って!」
「ふふ、言ってみたかったんですぅ!」
ふんわり笑うマリアさんは、まるで可愛らしいお母さん、というところだ。
料理は上手だし、掃除洗濯のスピードも速い。
とっても優秀な人なのだ。
そんなマリアさんと今日は一緒に結婚式のドレスを確認した。
綺麗に仕上がったドレス。
グラース家の刺繍も美しく入っていた。
「綺麗……」
「本当ですねぇ。刺繍が立派だわ」
「本当、私や妹が入れる刺繍より、ずっと綺麗。やっぱり仕立屋は違いますね」
「いえ、奥様もお上手ですよ!」
綺麗な花嫁衣装にうっとりしながら、私はマリアさんと厨房へ行く。
今日の食事は、男性たちが帰る前だから、2人で食べよう!と提案した。
マリアさんはとても喜んでくれて、特製のシチューを作ってくれる。
「奥様が教えてくださった、ニンジンを甘くしたシチューですよぉ」
「あれ、美味しいですもんね!」
ちょっと子ども向けだけれど。
そう、妹の為に作っていたものだ。
夕食が終わり、2人でお茶を飲む。
温かくて、美味しいお茶を飲みながら、花嫁衣裳の話をしていた。
その時。
屋敷のどこかでガチャン、と嫌な音がする。
「え……、今の、音は……」
「奥様!!」
マリアさんはすぐに私に駆け寄ってきてくれるのだった。