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第58話

「マリアさん、ど、どうしましょう、今の、今の音!」

「奥様!!下がってください!」

「え、さ、下がるって……」


マリアさんに言われて、私は困ってしまう。

この人は何を言っているの、と思った時に、窓が割れて、何かが飛び込んできた。

何!?

何なの!?


そこにいたのは、黒い服を着た人間?だ。

しかも、何人も入ってくる。

まさか、そんな。

ルイもハンスもいないのに!

お兄様もいないのに!

私はパニックを起こしていた。

マリアさんは私を背中に隠し、周囲から守ろうとしてくれる。

でも、貴族の娘とメイドじゃなにもできないのは、分かり切っている!


「奥様、私が合図をしたら、坊ちゃまの部屋に走ってください!」

「え、ルイの、部屋?」

「そうです!いいですか!」

「マリアさんは!」

「マリアは、奥様をお守りすると坊ちゃまと約束しております!!」


え、と思った時にはすでにマリアさんの声が響き、私は走った。

ルイの部屋のドアを開けた。


「マリアさん!!」


振り返った時、私は唖然とした。

え、うそ。

うそだ。

そこには、侵入者を華麗に切り倒すメイド服のマリアさんがいる。

え、ええ、え?


「奥様!!部屋へ!!」

「マリアさん!!」

「奴らは魔女の手先です!」


魔女。

つまり、アリシア?

妹の笑顔が浮かんで、消えていく。

どうして。

覚醒、してしまったの?


私はマリアさんとルイの部屋に飛び込んだ。

ドアを閉めると、ドアと部屋中に結界が張り巡らされる。

ルイはこの時の為に、すでに準備をしていたのね……。


「マリアさん、あなた……」

「奥様、ご無事ですか?」

「私は、大丈夫です。でも、あなた……どうして、剣を」

「私は、騎士団初の女騎士、マリア・フレールと申します。ハンスと同じく、グラース家をお守りする為に、参りました」

「き、きし……?」

「前線は引退しておりますが、奥様をお守りする為にここにおります」


細い剣1本。

たったそれだけで、侵入者を倒した。

そこに、彼女の実力を疑うことは何もない。


「まさか、この家って……」

「そうでございます。全員騎士団、もしくは騎士団を引退した者です。すべては、奥様をお守りする為」

「み、皆さん、騎士団……」

「住み込みの者はすべて。たまに来る馬小屋番や庭師も、騎士団の者です」


ルイがこの家にいれば大丈夫だと思っていたのは、そういうことだったのだ。

私がどこかに行くと困るのは、騎士団が守れなくなるから。

あの人は、私の為だけに、この家の守りを徹底的に強化してくれていたのである。


「この部屋の結界が発動しましたので、坊ちゃまはすでに気づかれています。後はここでお待ちくださいませ」

「マリアさん、わたし……」

「いいんですよ、奥様。マリアはもう前線に出られませんでした。それを坊ちゃまが拾ってくださったんです。この拾われた命、奥様の為に使います」

「そ、そんなこと言わないでください!!」

「奥様、夫のことをお話したじゃないですか。夫が死んだのは、私を庇って死にました。でもその時に私も怪我を。引退するしかなかった私に、坊ちゃまが道をくださったんです」


微笑むマリアさんは、輝いていた。

ルイの妻を守るという大役を、彼女はその命を懸けて果たそうとしてくれていたのだ。

知らなかったのは、私だけ。

何も知らず、楽しい家だと、ぬくぬく生きていた。


「奥様、どうかマリアを使ってください」

「そんなこと、言わないで……!!」

「いいえ、奥様。私は夫と約束をしたんです。最後まで、騎士団であり続けると。その願いを叶えてくれたのは坊ちゃまと奥様です」

「ちがいます、違うんです……!!」


マリアさんは、血の飛び散った手で、私の手を握った。

ああ、この人の手は。

騎士の手だ。

ずっと、ただ水仕事で荒れた手だと思っていた。

違ったのよ。

この手は、長い間剣を握り続けてきた固い手。


「奥様。坊ちゃまが奥様と結婚したいと言った時、マリアがどれだけ嬉しかったと思いますか?」

「え……」

「坊ちゃまは孤独を決めておられました。自分が最後に魔女を討ち取り、魔女とそしてグラース家を終わらせる、と」

「じゃあ、どうして、わたしを、私と、けっこんを……」


ドアがドンッと殴られる。

侵入者がまだいるのだろう。

私は恐かったけれど、マリアさんの手を握っていれば大丈夫だと思えた。


「ふふ、坊ちゃまも人の心があったんですね」

「え?」

「奥様に、恋しちゃったんですよぉ!」


いつもの口調と笑顔で、マリアさんは言う。

この家を終わらせると、魔女を討ち取ると決めていた騎士団長が。

私に、恋をしてくれた?


「ど、ど、どうして……。ルイは、教えてくれないんです……」

「そうですねぇ、恥ずかしくって教えられないんでしょうねぇ、坊ちゃまは!」


ニコニコしながらマリアさんは言う。

彼女は、その固い指で私の涙を拭ってくれた。


「泣かないで。マリアがいます」

「はい……でも、マリアさん」

「大丈夫」


マリアさんの腹部から流れる血を、私はどうすることもできなかった。

いいえ、どうにかするのよ、セシリア!

甘えてばかりじゃダメよ!!

なんの為に転生したの!

なんの為の知識なの!


剣を握り続けるマリアさんの腹部に、自分のスカートを破って巻き付けた。

とにかく止血よ!

スカートを破らないで、とマリアさんは言ったけれど、知ったこっちゃない!


「止血をしなさい!!」


泣きながら、怒鳴っていた。

この人を失いたくなくて。


「は、はい……」

「止血して!ルイが来るまで、あなたはちゃんと私を守ってくれるんでしょう!?ここで倒れるのは、騎士団長の妻である私が許しません!!」

「……承知、いたしました、奥様!!!」


マリアさんも涙をこぼして、剣を握り直す。

外ではドンドンと音が響き、侵入者が何かをしようとしているのが分かる。

何をしたのか、理解ができない。

どうすればいい?

何が目的?

もしかして。


「この、ネックレス……?」


アリシアが私にくれたネックレス。

これが目当てなんじゃないか。

魔女が作ったネックレスだから?

よく分からないけれど、私はそのネックレスを引きちぎった!

そして踏みつけ、粉々にする。

ドアを激しく叩く音は静かになったけれど、まだ気配はあった。

やっぱり、このネックレスが目当てだったんだ……。


「魔女の魔力に、反応していたのかもしれませんね……」

「マリアさん……」

「……奥様、これから先、何があっても驚かれないでください」

「え?」

「……坊ちゃまです」

「え?」


ドンと、まるで何かが爆発するような音がした。

そして、信じられないような怒号。

聞いたことがないような、怒り。

ドアが吹き飛んで、入ってきたのは、返り血を浴びたルイだった。


「セシリア!!!」

「ルイ……?」

「無事か!」

「は、」


返事をする前に抱きしめられた。

血と汗の臭いがして、彼だと思えないくらいだ。

強く強く抱きしめられて、苦しい。


「マリア、よくやった!」

「いえ、坊ちゃまのご指示通りにしたまでです……」

「ハンス!マリアの怪我の手当てをしろ!!」


バタバタとみんなが帰ってくる。

ルイは私を抱きしめ、怪我はないか、と聞いてくるが私の肩に顔を押し付けていた。

泣いている?

そんなに、心配してくれた?


「ルイ……」

「すまん、恐い思いをさせたな」

「お、おかえり、なさい……」

「ああ、ただいま」


またギュッと抱きしめられた。

この人は、本当に私のことを。

彼に抱き着いて、呼吸をすると、やっと生き返った気がする。


遠くではまだ声がして、誰かが戦っているようだ。

そんなに侵入者はいたのだろうか。


「ユーマを連れてきて正解だったな」

「ユーマを連れてきたんですか!?」

「ああ。仕事ついでに結婚式を見たいといい出してな」


部屋の外は、とんでもないことになっていた。

そこにいたのは、なんと狂人のようなユーマと、次々に侵入者を斬っていくお兄様。

2人で侵入者を一掃し、やがてその場は治まった。


でも私は、思い出す。

大切なものが、ある!


「ドレスが……!!!」


私は、走り出していた。


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