「マリアさん、ど、どうしましょう、今の、今の音!」
「奥様!!下がってください!」
「え、さ、下がるって……」
マリアさんに言われて、私は困ってしまう。
この人は何を言っているの、と思った時に、窓が割れて、何かが飛び込んできた。
何!?
何なの!?
そこにいたのは、黒い服を着た人間?だ。
しかも、何人も入ってくる。
まさか、そんな。
ルイもハンスもいないのに!
お兄様もいないのに!
私はパニックを起こしていた。
マリアさんは私を背中に隠し、周囲から守ろうとしてくれる。
でも、貴族の娘とメイドじゃなにもできないのは、分かり切っている!
「奥様、私が合図をしたら、坊ちゃまの部屋に走ってください!」
「え、ルイの、部屋?」
「そうです!いいですか!」
「マリアさんは!」
「マリアは、奥様をお守りすると坊ちゃまと約束しております!!」
え、と思った時にはすでにマリアさんの声が響き、私は走った。
ルイの部屋のドアを開けた。
「マリアさん!!」
振り返った時、私は唖然とした。
え、うそ。
うそだ。
そこには、侵入者を華麗に切り倒すメイド服のマリアさんがいる。
え、ええ、え?
「奥様!!部屋へ!!」
「マリアさん!!」
「奴らは魔女の手先です!」
魔女。
つまり、アリシア?
妹の笑顔が浮かんで、消えていく。
どうして。
覚醒、してしまったの?
私はマリアさんとルイの部屋に飛び込んだ。
ドアを閉めると、ドアと部屋中に結界が張り巡らされる。
ルイはこの時の為に、すでに準備をしていたのね……。
「マリアさん、あなた……」
「奥様、ご無事ですか?」
「私は、大丈夫です。でも、あなた……どうして、剣を」
「私は、騎士団初の女騎士、マリア・フレールと申します。ハンスと同じく、グラース家をお守りする為に、参りました」
「き、きし……?」
「前線は引退しておりますが、奥様をお守りする為にここにおります」
細い剣1本。
たったそれだけで、侵入者を倒した。
そこに、彼女の実力を疑うことは何もない。
「まさか、この家って……」
「そうでございます。全員騎士団、もしくは騎士団を引退した者です。すべては、奥様をお守りする為」
「み、皆さん、騎士団……」
「住み込みの者はすべて。たまに来る馬小屋番や庭師も、騎士団の者です」
ルイがこの家にいれば大丈夫だと思っていたのは、そういうことだったのだ。
私がどこかに行くと困るのは、騎士団が守れなくなるから。
あの人は、私の為だけに、この家の守りを徹底的に強化してくれていたのである。
「この部屋の結界が発動しましたので、坊ちゃまはすでに気づかれています。後はここでお待ちくださいませ」
「マリアさん、わたし……」
「いいんですよ、奥様。マリアはもう前線に出られませんでした。それを坊ちゃまが拾ってくださったんです。この拾われた命、奥様の為に使います」
「そ、そんなこと言わないでください!!」
「奥様、夫のことをお話したじゃないですか。夫が死んだのは、私を庇って死にました。でもその時に私も怪我を。引退するしかなかった私に、坊ちゃまが道をくださったんです」
微笑むマリアさんは、輝いていた。
ルイの妻を守るという大役を、彼女はその命を懸けて果たそうとしてくれていたのだ。
知らなかったのは、私だけ。
何も知らず、楽しい家だと、ぬくぬく生きていた。
「奥様、どうかマリアを使ってください」
「そんなこと、言わないで……!!」
「いいえ、奥様。私は夫と約束をしたんです。最後まで、騎士団であり続けると。その願いを叶えてくれたのは坊ちゃまと奥様です」
「ちがいます、違うんです……!!」
マリアさんは、血の飛び散った手で、私の手を握った。
ああ、この人の手は。
騎士の手だ。
ずっと、ただ水仕事で荒れた手だと思っていた。
違ったのよ。
この手は、長い間剣を握り続けてきた固い手。
「奥様。坊ちゃまが奥様と結婚したいと言った時、マリアがどれだけ嬉しかったと思いますか?」
「え……」
「坊ちゃまは孤独を決めておられました。自分が最後に魔女を討ち取り、魔女とそしてグラース家を終わらせる、と」
「じゃあ、どうして、わたしを、私と、けっこんを……」
ドアがドンッと殴られる。
侵入者がまだいるのだろう。
私は恐かったけれど、マリアさんの手を握っていれば大丈夫だと思えた。
「ふふ、坊ちゃまも人の心があったんですね」
「え?」
「奥様に、恋しちゃったんですよぉ!」
いつもの口調と笑顔で、マリアさんは言う。
この家を終わらせると、魔女を討ち取ると決めていた騎士団長が。
私に、恋をしてくれた?
「ど、ど、どうして……。ルイは、教えてくれないんです……」
「そうですねぇ、恥ずかしくって教えられないんでしょうねぇ、坊ちゃまは!」
ニコニコしながらマリアさんは言う。
彼女は、その固い指で私の涙を拭ってくれた。
「泣かないで。マリアがいます」
「はい……でも、マリアさん」
「大丈夫」
マリアさんの腹部から流れる血を、私はどうすることもできなかった。
いいえ、どうにかするのよ、セシリア!
甘えてばかりじゃダメよ!!
なんの為に転生したの!
なんの為の知識なの!
剣を握り続けるマリアさんの腹部に、自分のスカートを破って巻き付けた。
とにかく止血よ!
スカートを破らないで、とマリアさんは言ったけれど、知ったこっちゃない!
「止血をしなさい!!」
泣きながら、怒鳴っていた。
この人を失いたくなくて。
「は、はい……」
「止血して!ルイが来るまで、あなたはちゃんと私を守ってくれるんでしょう!?ここで倒れるのは、騎士団長の妻である私が許しません!!」
「……承知、いたしました、奥様!!!」
マリアさんも涙をこぼして、剣を握り直す。
外ではドンドンと音が響き、侵入者が何かをしようとしているのが分かる。
何をしたのか、理解ができない。
どうすればいい?
何が目的?
もしかして。
「この、ネックレス……?」
アリシアが私にくれたネックレス。
これが目当てなんじゃないか。
魔女が作ったネックレスだから?
よく分からないけれど、私はそのネックレスを引きちぎった!
そして踏みつけ、粉々にする。
ドアを激しく叩く音は静かになったけれど、まだ気配はあった。
やっぱり、このネックレスが目当てだったんだ……。
「魔女の魔力に、反応していたのかもしれませんね……」
「マリアさん……」
「……奥様、これから先、何があっても驚かれないでください」
「え?」
「……坊ちゃまです」
「え?」
ドンと、まるで何かが爆発するような音がした。
そして、信じられないような怒号。
聞いたことがないような、怒り。
ドアが吹き飛んで、入ってきたのは、返り血を浴びたルイだった。
「セシリア!!!」
「ルイ……?」
「無事か!」
「は、」
返事をする前に抱きしめられた。
血と汗の臭いがして、彼だと思えないくらいだ。
強く強く抱きしめられて、苦しい。
「マリア、よくやった!」
「いえ、坊ちゃまのご指示通りにしたまでです……」
「ハンス!マリアの怪我の手当てをしろ!!」
バタバタとみんなが帰ってくる。
ルイは私を抱きしめ、怪我はないか、と聞いてくるが私の肩に顔を押し付けていた。
泣いている?
そんなに、心配してくれた?
「ルイ……」
「すまん、恐い思いをさせたな」
「お、おかえり、なさい……」
「ああ、ただいま」
またギュッと抱きしめられた。
この人は、本当に私のことを。
彼に抱き着いて、呼吸をすると、やっと生き返った気がする。
遠くではまだ声がして、誰かが戦っているようだ。
そんなに侵入者はいたのだろうか。
「ユーマを連れてきて正解だったな」
「ユーマを連れてきたんですか!?」
「ああ。仕事ついでに結婚式を見たいといい出してな」
部屋の外は、とんでもないことになっていた。
そこにいたのは、なんと狂人のようなユーマと、次々に侵入者を斬っていくお兄様。
2人で侵入者を一掃し、やがてその場は治まった。
でも私は、思い出す。
大切なものが、ある!
「ドレスが……!!!」
私は、走り出していた。