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第59話

ドレスだけは、守りたい!

私の結婚式の為のドレス。

やっとの思いで、気に入ったドレスができたのよ!

だから私は、止めるルイの声など気にせず、走って行った。


部屋に飛び込むと、そこには純白のドレスが無事に残っている。

ホッとして抱き着き、よかった、と涙がこぼれた。

その時、背後で気配がしたかと思えば、それはそのまま床に倒れるじゃないか!?

そしてそこに現れたのはユーマだった。


「大丈夫だったかい、嬢ちゃん?」

「ユーマ!」

「いやはや、アンタの旦那はスゲェな。魔術も使いこなすわ、馬もはえーわ、アンタの危険を知った途端にまさに鬼だったわ」


ユーマは倒れた輩を引きずって外に出してくれる。

私は安堵しつつ、この人たちは何なのだろう、と思った。


「しかもこの家は要塞みたいだ。侵入者が入り込めば各所で魔術が発動するし、あのおばさん?あれって伝説の肉の壁だろ?」

「に、にに、肉の壁!?」

「お、知らねえのか?戦場の女騎士、鉄壁の肉の壁。あの女騎士の先には一歩も進むことはできないって伝説があるんだぜ?」

「な、なんですか、それ~!」

「この国の騎士団はめっぽう強くて有名だ。まあ、あの騎士団長を見りゃ、士気も上がるだろうよ」


血飛沫の飛んだ顔で、ユーマはなんてことを言うのか。

彼はそんなことを言いながら、私のことをジロジロ見ていた。


「あんたさ」

「は、はあ」

「魔女の残り香があるなぁ。魔力のヤツさ」

「それって、やっぱり……」


ドレスの無事を確認した私は、ルイの元へ戻った。

ルイはすでに私が砕いたネックレスを見ている最中である。


「誰からもらった」


その問いかけに、返事は必要であっただろうか。

私は、静かに妹であることを告げる。

ルイもそれは分かっていたようだ。


「やはり」

「それが目印になって、お前のところへ来たのだろう」

「そ、そんなことが……可能なのですか」

「魔女には可能だ。お前の命を狙い始めたか」

「そんな!アリシアはそんな子じゃありません!」


砕かれたネックレス。

でも私は、それを見ながらもう分かっているのではないか、と思う。

アリシアは魔女として覚醒しつつある。

もしかしたら、覚醒してしまっているのかも。


「アリシアは私の妹です!どうにかします!」

「どうにもならないだろ~、セシリア~」


そんなことを言ったのは兄だった。

お兄様も返り血を浴びていて、そんな兄を見るのは初めてだ。


「アリシアは今でこそ幼いけれど、そのうち、成人する。成人すれば、すぐに魔力が強くなっちゃうよ」

「でも……!」

「そうなれば、討ち取るしかない。今まで繰り返されてきたことさ。魔女を討ち取る為に、騎士団はあるんだから」


ニコニコとしながら、兄はそんなことを言った。

でも私は引き下がれない!

大事な妹が、大事なアリシアが、目の前で悪女になっていくのを、見過ごせるようなお姉ちゃんじゃない!!


「どうにかします!」

「は~ほんと、セシリアって頑固だよね~。解決策ないくせに~」

「そ、それはそうですけれど!」


何も解決していないのに、解決する術も糸口もないのに。

私は突っ走ってしまうのだ。


「坊ちゃま、敵襲はすべて倒しました。マリアの傷も手当てを完了しております。一度室内を片付けますので、奥様はお部屋へ」

「ハンス……」

「寝ておられませんでしょう?マリアが心配しておりましたよ」

「そ、そう、ね……」


安心した途端、私は足の力が抜けるのが分かった。


「セシリア!」


ルイが抱きしめてくれて、私はそのまま気を失う。

とても疲れていて、急に眠くなってしまった。

私、どうなっちゃうの?


夢の中で、私は必死に働いていた。

着物を着て、帯をしっかり締めて。

春夏秋冬、いつでもお客様をお迎えして、汗水流す。

誰も褒めてくれなくて、誰も私をただの従業員。

この家の娘のはずなのに。

私は、何だったのだろう。


瞬きをすると、今度はセシリアとして生まれ変わった私になっていた。

赤い髪、緑の瞳。

どこかで見た、お人形のような私。

私は人形なのかもしれない。

『また』人形なの?


そう思った瞬間、誰かが私を呼んだ。

誰、私を呼ぶのは。


「ルイ?」

「セシリア……!大丈夫か!」

「はい……」


ベッドの中で、私はルイを見た。

彼はずっと側にいてくれたのか、私の手を握ってくれる。


「辛い思いをさせた、すまない」

「いえ、私は……」

「あの部屋が発動したとなれば、大変なことだ。俺の目が活躍してくれたがな」

「見えていたんですか……?」

「ああ。泣かせてしまったな、すまない」


ルイが優しく頬を撫でてくれた。

誰かがこうやって、撫でてくれたことがあるような気がするんだけれど。

誰がそうしてくれたのかは、思い出せない。


「みんな、騎士団、だったんですね……」

「マリアから聞いたのか?」

「はい……その、マリアさんは騎士団で初めての女騎士だって」

「そうだ。あの頃のマリアは荒くれ者で、幼かった私も恐ろしかったほどだよ。それが夫を失い、子どもを失って、今のようなマリアになったんだ」

「そう、だったんです、ね……」

「最初は、この屋敷はただ騎士団の引退者が行き場をなくさない為に雇えればいいかと思っていた。もしも有事の際は、農民よりも動けるしな。でもお前が来てくれることになって、みんな新しい役目を持てたんだ」


新しい役目?

私が首を傾げると、ルイは笑った。

少し、困ったように。


「お前だよ。みんな、俺の妻になってくれるセシリアを守りたいんだ」

「私を……」

「俺は本当は、俺の代でグラース家を終わらせるつもりだった。父も母もいない中で、一族を続けていてもな……。俺の代で魔女を討ち取り、終わらせたかった」


赤い目が寂しそうだった。

本当は両親と弟に囲まれて、幸せな結婚をしたかったんだろう。

家族に愛されることは、幸せなこと。

温かな家庭は、生きる糧になる。

でもルイは、それを、失くした―――だから。


「でも、お前と出会って気持ちが変わった」

「……ルイ、私たち、どこで出会ったんですか?会った覚えがなくて」

「う。それは」

「どうして話してくれないんですか?そんなに変な場所で会ったのかしら……」


本当に私は会った記憶がない。

ルイと出会い、会話した記憶がないのだ。

だから、彼から一方的に結婚を申し込まれている、と思っていた。


「……学園だ」

「それはないでしょう、あなたは私よりも10も年上なんですよ?」

「それは言うな!俺だって、好きでお前より年上なんじゃないぞ」

「でも」

「が、学園に……」


ルイは顔を真っ赤にさせていた。

可愛らしい思春期の少年のように。

金色の髪と赤い目が美しいのに、そこにいるのはただの少年なのだ。


「母の本を学園に寄贈して……たまに、会いたくなる」

「え?」

「母の本に。母が残した物はほとんどなくて、あるのは本くらいだ。学園に寄贈していいとは言ったが、その1冊1冊に母の思い出があるような気がして……」

「たまに学園にいらしてたんですか?」


そうだ、とルイは顔を下げて言う。

恥ずかしくて恥ずかしくて、顔を見られるのが嫌だったのだろう。


「でも、あなたに会ったことはないと思うんですけど」

「お前は学園の図書館で、丁寧に本の整理をしていた。いつもいつも。何度行っても、お前は母の本を丁寧に扱ってくれて、他の本もきちんと整理をしていて」

「確かに、本の整理を頼まれていたことはありますが……」

「さ、最初はただ、見ていただけだ。俺も変人だと思われたかったわけではない。学園の図書館は国で一番大きいからな、仕事がてら、母の本が恋しくなって行っていたんだ……」


私の知らない、私の恋物語。

それを始めたのは私ではなくて。


彼だった。



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