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第61話

アリシア・ウォーレンス。

金色の髪に、青い瞳。

そして産まれた時期。

すべてが、魔女に一致した。

まだ覚醒してはいないだろうが、魔女の覚醒はほとんどが思春期だ。

その時が来るまでは、目覚めないだろう。


気に入った娘と魔女。

その存在が、ルイフィリアを悩ませる。

しかし、悩んだ彼は何度も学園の図書館に足を運んだ。

そして、声もかけずにひっそりと、本棚の隅からセシリアを見た。

彼女はいつも寄贈された本を握っている。

いつも彼女は母の本と共にいてくれた。


何度も、何度も、ルイフィリアは図書館へ通う。

それはもう、母の本を欲していたからではない。

セシリアに恋していたからだ。


「坊ちゃま!また図書館ですか!」

「そ、そうだが、悪いのか、ハンス!」

「何をそんなに図書館にばかり通っているのですか!」

「そ、そ、それは……」


好きな娘がいると、彼は言えなかったのだ。

恥ずかしくて、言えなかった。

恋愛などしたことがなくて、言えなかった。

顔を真っ赤にさせるルイフィリアは、まるで少年のようだとハンスは思う。


「坊ちゃま、お察しいたしますが、はっきり申されませんとハンスやマリアは動けません」

「う、そ、それは」


主からの命令がなければ、雇われ人は動けないのだ。

ハンスはルイフィリアの目的や気持ちを理解した。

しかし、理解することはできても、命令はない。

それでは、動きたくても、動けない。


「……ハンス、気に入った娘を嫁にもらうには、どうしたら、いい?」

「お連れくださいませ、坊ちゃま」

「その……相手は、俺のことを、その、何も……知らないんだ」

「まさか、ずっと物陰から潜んで見る為だけに、学園の図書館に通っておられたのですか!?」


その通りだ。

ルイフィリアは、セシリアに話しかけることもできず、物陰から見つめることで自分だけの恋を育てていたにすぎない。

あまりにも奥手すぎる主人に、ハンスは呆れた。

パーティーでは近寄る令嬢たちを、泣かせんばかりの冷たさで追い払っているのに、いざ自分が好きな相手には何もできない。

しかも学園と言えば、まだ若い娘だ。

年下が好みだったのか、とハンスは思いながら、息を整える。


「坊ちゃま、お相手は」

「……カリブスの妹だ」

「は!?」

「……セシリア・ウォーレンス」


奥手すぎてどうしようもない上に、元部下の妹に恋をしたのか、ハンスは一瞬思考が停止した。

しかしすぐに気を取り戻す。


「坊ちゃま、まずはウォーレンス家にご挨拶をされるのが先決かと」

「……そうか、結婚を申し込んで、金を払うと言えば早いか!」

「は!?」

「金は幾らある、ハンス!!」


ルイフィリアは幼い時から真面目な子だった。

父と母の穏やかな部分を受け継いで、でも少し悪戯の好きなところもある。

しかし、本当に真面目でいい子だ。

だから、恋愛など何も知らない。

知らないから、分からない。

分からないから、適切な答えが出ない。

愛する娘を金で買うという暴挙に出ている。

しかし、やる気満々だ。

ここまで来ると、ルイフィリアは止まらない。


「坊ちゃま、その、結婚資金に関しましては問題なく……」

「では、ウォーレンス家に縁談の話を送れ!」

「坊ちゃま、その、本当によろしいのですか?」

「ああ、構わん!金なら好きなだけやってしまえ!」


違う、とハンスは思ったが、ルイフィリアは娘が妻になると思って喜んでいた。

戦争が終わってから、あんなに落ち込んでいた彼が、みるみる元気になっていく。

その姿を見て、ハンスは嬉しく思いつつもこれから、この家がどうなっていくのか不安でもあった。

ルイフィリアは、真面目過ぎてちょっと困ったところのある男性だ。

恋愛などまともにしたこともなく、それを飛ばして結婚するという。

騎士団に入ったばかりの頃は、基礎をおろそかにするな、と何度も教えたはずなのに。


しかしハンスは、喜んで妻を迎えるというルイフィリアに従い、資金の準備とウォーレンス家へ縁談の話を届けた。

事業が傾いているというウォーレンス家は、学園を出たばかりの長女をすぐに嫁に出せる上に、相手が騎士団長となれば万々歳だろう。

娘の答えなど知る由もなく、父親はさっさと縁談話を決めてしまった。


セシリアがやってくるという時まで、ルイフィリアは落ち着かず、イライラして、とても困った調子である。

恋愛というものを飛ばして妻を娶ることは、珍しい話しではないものの、彼の性分に合ってはいない。

本来ならば、時間をかけて愛を育み、手を取り合って結婚するのがルイフィリアの流れなのだが、それを打ち破ったのは彼自身だ。

とにかく、セシリアを家に迎えたい。

彼女が愛しくて、たまらない。

そんなルイフィリアの姿を見ると、前騎士団長のかつての姿を思い出す。

遠征に行けば行った先で、娘が彼に恋をする。

彼は悪気なくまんざらでもない態度なのだ。

時にはそれが、男性や少年という同性であることもあった。

まさに人誑し、その鱗片をハンスは初めて、ルイフィリアに対して見る。


(まさか、こんなことで恋に落ちるなんて)


騎士団の男は、元々野心家や情熱的な男が多い。

家族を愛することが基本ではあるが、所帯を持つまでは恋多き男と呼ばれる者もいるくらいだ。

しかし真っすぐな騎士団員であれば、誰もが真っすぐな恋をすることが多い。

一度相手を見つけると、一途にその人を愛する。

それは女騎士であるマリアも同じで、死んだ夫を今でも愛し続けていた。

だから、ルイフィリアの一途さも間違えではない。

しかし、まさか彼がこんな手段をとるなんて、と思ったのが本音だった。


(しかし、夫婦生活が上手くいかなかったら……落ち込むのではないか?ちゃんとそのあたりは分かっておられるのだろうか、坊ちゃまは)


両親を亡くした彼を止める者はいない。

心配してくれるハンスやマリアは側にいても、諫めて止めてくれる人はいないのだ。

その為、ハンスの目にはルイフィリアが暴走しているかのように見えた。


セシリアを迎え入れることはいい。

近くに赤髪で緑の瞳の乙女を置いておくことで、魔女との対峙がしやすくなるのは、騎士団ならば分かっている話だ。

しかし、そのセシリア・ウォーレンスという娘が、どんな娘なのか、誰も知らない。

学園を出たばかり、嫁の貰い手も決まっておらず、実家に戻っただけの娘。

特別才女であるとの噂もなく、そもそも貿易業が傾いた家の娘だ。

偶然にも容姿がエルデに似ているだけで、それ以外何も持ち合わせていなかったなら。

気も利かず、知識も知恵もなく、ただパーティーで華やかに立っているだけが仕事のような娘だったなら。

そんな娘だったなら、ルイフィリアが落胆してしまう。

ハンスは、セシリアを迎えに行く馬車でそう思った。

その時のルイフィリアの落胆を考えると、次はもう立ち直れないだろう、とも思ってしまう。

家族を失い、やっと立ち上がったのに。

それがまた挫かれたなら。

立ち上がれるというのだろうか。


大きな心配を胸に、ハンスはセシリアと初めて会う。

しかし、その心配など一切無用であった。

セシリア・ウォーレンスは、そのあたりの貴族の令嬢とは段違いの才女だ。

ドレスや髪型、化粧に至るまで、質素で清楚で、自然。

それはまるで、エルデの面影さえ感じてしまうくらい。

赤い髪を伸ばして、軽く結っただけの姿は、自分でしたのではないかと思う。

質素なドレスは、妹とは大違いだ。

妹は上等な生地で華やかなドレスを着ているのに、彼女は茶色に近い落ち着いた赤のドレス。

リボンも飾りもほとんどなく、貴族の令嬢とは思えない格好。

しかし、話し方も礼儀作法も、空気の読み方も間の取り方も、すべて『自然に思わせることができる』という凄さ。


だからハンスは、彼女が他の令嬢とは段違いだと感じたのである。



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