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第63話

お兄様ははっきりとした答えが出ないまま、ソファーで伸びている。

もう、何をさせても駄目な兄。

どうして。

好きな女性の1人くらい、守れないの?


そう考えた時、私は自分がどれだけルイから愛されているのかを感じた。

彼は、私を守る為に何重もの守りを準備してくれていた。

それを易々と抜けてきた魔女の存在も、恐ろしいけれど。

アリシアのくれたネックレスに反応していた、なんて、思いたくない。


「お茶の準備をしてきますね」

「ああ、頼む」


私は、空気を換えようと思い、お茶の準備に移動した。

マリアさんは怪我の治療をしているから、休んでいるだろう。

当分は私が……と思って厨房に飛び込むと、そこにいたのはマリアさんだ。


「マリアさん??」

「あらぁ、奥様!すみません、お見苦しいところをお見せしてしまってぇ」

「そんな!私、マリアさんのおかげで助かったんですよ!寝ててください!」

「いいえ、奥様!マリアの最前線は今はここですよ?」


厨房を指して、マリアさんは言った。

マリアさんは、まだ傷が痛むだろうけれど笑顔だ。

こんなことがあっても、彼女は私のことを心配してくれる。

まるで、本当のお母さんみたいだ。

私はつい涙をこぼしてしまって、マリアさんはそれを優しく拭ってくれた。


「奥様が無事でよかったです」

「マリアさんがいてくれて、よかった……」

「奥様、マリアは必ず奥様を守りますよ。それも坊ちゃまの幸せです」


この家にいる人たちは、みんな私を守るために居てくれる。

ルイと私の幸せを願って。

私の新しい家は、こんなに幸せな場所なのだ。


「うふふ、奥様、お茶にしましょうね。高級な茶葉はちゃーんと隠してましたから!」


マリアさんは棚の中から茶葉を出し、ニコニコ笑った。

私もつられて笑い、2人で厨房を片付ける。

まるで本当の母娘のように、笑ったり、泣いたりしながら。

温かい紅茶の準備ができると、マリアさんはまた棚の中を探し出す。


「マリアさん、今度は何を探しているんですか?」

「確か、ここにクッキーが……!ありましたぁ!」


棚から出てきたのは、私が手作りしたクッキーだ。

そのクッキーはアリシアが大好きで、ルイも好きになってくれたレシピ。


「ふふ、これであの食いしん坊を静かにさせることができますよ!」

「あ、みんな朝食がまだですよね?」

「はい!これを出している間に、何か準備しましょう!」

「こ、子どもたちは……!」


この時間なら、本来ならいつも子どもたちが集まってきているはず。

私は自分のことでいっぱいになっていて、すっかり忘れてしまっていた。

どうしよう、と思っていると後ろから現れたのはハンスだった。


「ご心配は要りませんよ、奥様」

「ハンス!」

「子どもたちには、屋敷にある食べ物を持たせて帰らせました。結婚式の準備をしている、と伝えております」

「よ、よかったぁ……」


安心した私は、ハンスの手際のよさにとても感謝した。

私はハンスに話したいことがあったので、彼と一緒にお茶を持っていくことを提案する。


「あの、ハンス」

「はい、奥様」

「あの、お兄様のこと、ありがとうございました。その、一緒に行ってくださって……」

「問題はございません、奥様。カリブス様のことはよく知っておりますし、久しぶりに昔を思い出しました」


少しだけハンスの目に輝きがあったように思う。

まるで、戦場に戻ったかのような、いきいきとした目。

これが本当のハンスなんじゃないか、と思うと、不思議な気持ちになる。

彼はいつも落ち着いていて、しっかりとグラース家を守ってくれる人だ。

でも、本当は戦場に戻りたいと思っているなら……。


いいえ、彼はそんな人じゃない。

そんな人ではないから、ルイが信頼している。

若手ならたくさんいるはずなのに、それでもハンスに副団長を頼んでいるのだ。

それは、まさに信頼しかない。


「それから、あの、お兄様が決闘に……」

「今のカリブス様では、難しいでしょう」

「や、やっぱり、そうなのですか……」

「私が見た部族の者たちは、大変屈強な殿方ばかりでした。カリブス様の剣は、全盛期とは言えませんので、難しいと思います」


はっきりと言われてしまい、私は少し落ち込んだ。

兄の恋を実らせてあげたい。

私の知っているお兄様の中で、今回が一番しっかりしていた。

それだけ彼の想いが強かったのだと、妹の私にも感じ取れたのだ。

だから。

だからこそ。

私は、兄の想いを叶えてあげたい!


「ハンス、お願いです。大変だと思いますが、どうか、お兄様に稽古をつけてもらえませんか!」

「奥様……」

「お兄様は馬鹿で、商才もなくって、家の事業を傾かせてしまった張本人です。でも、そんな兄でも、幸せになってもらいたいんです!」


お兄様だって、騎士団として命を懸けてきた時間があったはず。

馬鹿馬鹿と言われてきたけれど、それでも幸せになって欲しい!

それが私の気持ちなのだ。


「なんでセシリアが言っちゃうの~?」


いつもの呑気な声がしたので、驚いて見ると、そこには兄がいた。

いつもの笑顔、いつもの声。

でも、さっきまでソファーで呆けていた姿ではない。

そこにいたのは、私の知らない、カリブス・ウォーレンスだ。


お兄様は、ハンスの前へ来て、頭を下げた。

その綺麗な金色の髪が、垂れている。


「ハンス副団長。今までの非礼をお詫びします。このカリブス・ウォーレンスに、今一度、ご指導いただけませんでしょうか」


お兄様が、頭を下げている!

お兄様が、ちゃんと他人にお願いをしている!

私はそれだけで、大きな感動を受けた。


「……私が副団長を引き受けたのは、騎士団長、ルイフィリア・レオパール・グラースの命があったからです。騎士団の為ではなく、このグラース家の為」


ハンスの声はとても落ち着いていて、いつもの彼のままだ。

でも、少しだけその目の奥に、光るものがある。


「グラース家に奥様が来てくださいました。奥様は、新しい我が主。奥様の願いを、ハンス・ペダゴーグは叶えましょう。指導が終わるまで、カリブス・ウォーレンスはかつての愛弟子とみなします」

「よろしくお願いいたします」


兄は頭を下げたまま、そう言った。

初めて聞いた、兄の礼儀正しい言葉。

私はそれだけで、感動してしまう!


「カリブス、頭を上げなさい。当面は指導の為に、グラース家へ滞在してください。途中、坊ちゃまの結婚式があります」

「お兄様、決闘はいつなんですか!?」


私が兄に飛び掛かるようにして、尋ねると、答えはルイが言う。

ルイは、少し嬉しそうな表情をしているように感じた。

きっと、お兄様が前に進んだのを彼も分かったのだろう。


「来月の頭だな。まあ、結婚式の後、2週間ほど時間がある。カリブスの稽古に俺も付き合おう」


あれ、楽しんでいる?

ルイは楽しそうな、そんな感じを受けた。

やっぱり、馴染みの人がいると嬉しいのかな。

私は、それが嬉しいと思うのと、少しだけそれが私ではないことに、不思議な苛立ちを感じた。

ああ、それって、恋なの?

愛なの?

私は、ルイをちゃんと愛しているのだ。

だから、彼の気持ちが兄に向いている今、苛立ちを感じるのだ。


「じゃあ、俺も手伝うかなぁ?」

「お前、国に帰らなくてもいいのか?」

「おう、へーきだわ!ちゃんと雇い主には話してっから!」


ユーマまでそんなことを言い出して、私の出る幕はちっともない!

でも、初めてお兄様が認められたのを目の前で見て、嬉しい気持ちもある。

でも、私はどうしたらいいの、と思う気持ちもある。


いいなぁ、男の子は。

剣を振るって、馬に乗って。

突き合っても、泥だらけになっても、許される。


彼らの絆に対して、私はとても羨ましさを募らせるのだった。



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