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第64話

男の子は、いつも外を走っていたり、楽しそうにしていることが多い。

それは、遠い記憶の中にある、転生前の世界でさえ、そうだった。

男の子っていいな、といつも思ってしまう。

私は、あの時からずっと家に縛られて、ずっと本を開くことだけが楽しみだった。

学校に行くのは言われたから仕方なくであって、私が望むような時間はない。

家から帰れば、家の手伝い。

誰も私に関心を向けない家族。

祖母は私を打ってでも、老舗旅館のしきたりを守らせる。

私にとって、かつての家族は家族ではなかった。

でも、今は単純に羨ましい。

この世界で、女の子はドレスを着て、可愛らしく過ごすことが常だ。

日常的に美しく、お嬢様らしくしていれば、いつかどこかの誰かがお嫁にもらってくれる、という仕組み。

でも、私はその仕組みの中で生きるのが嫌だった。

とても嫌で、学園に通う時もほとんどを図書室で過ごし、寮には入らず、馬車で通った。

朝早くに馬車に乗って家を出て、日が落ちてから帰る。

遊ぶこともなく、恋をすることもなかった。

楽しそうに過ごす同級生たちや、中には見初められて学園にいる間に結婚相手が決まる子ばかり。

縁談の話など、1つも来なかった私。

でも、今はそうではないはずなのに、どこか寂しいのだ。


男性陣は固まって楽しそうに話をしているし、剣や馬なんて、いつものこと。

私はこっそり馬に乗る練習をして乗れるようになったけれど、女の子が堂々と馬に乗るなんて、有り得ない世界なのだ。


いいな、と思った時に、何かに囁かれたような気がした。

とても懐かしい声、懐かしい雰囲気の何か。

それが何なのか分からず、私はその声を探してしまう。

誰とか、何とか、よく分からないまま、私はその声を探してしまったのだ。


いつだったか、幼い頃。

確か、それはウォーレンスの家にもらわれてきて、すぐの頃。

母が知らない人について行っては駄目よ、と言っていた。

ずっとその約束を守ってきたはずなのに、それを今になって破っている。

でも気になるのだ。

その声が。

私を呼ぶ、その声はどこから来るのか。


幼い日、孤児院にいた私。

あの頃は、自分が転生者であることなど、知らなかった。

アリシアが生まれた時に、すべてを思い出したけれど、それに意味があったとは思えない。

転生前と今では、世界観に違いが多すぎて、転生前の記憶はあまり役に立っていないと感じるから。

でも、もしも何か意味があるとしたら?

意味があるなら、それはいつ分かるの?

どうやったら、分かるの?


私は、気づいた時には馬小屋にいた。

馬小屋にはユキがいて、ユキを撫でる人がいる。

誰だろう、見たことがない人だ。

女性か、いや、少年。

ユキが幸せそうにその人に撫でられていた。


「誰……」


私が声をかけると、その人はこちらを見る。

短い赤い髪、緑の瞳、小柄な人。

ユキが撫でられている。

それから考えられる人は、ただ1人。


「お義母様……?」


呼びかけると、その人は微笑んで私の脇を抜けていく。

捕まえようとしたけれど、できなかった。

消えてしまった先を見て、私はどうしてここに来たのだろうか、と思う。

自分が何をしていたのか、分からなかったのだ。

でも、目の前にいたあの人は、想像とは違って小柄で清々しい義母だった。

もしも生きている間に会えたなら。

私は、義母の本当の娘のように見えたんじゃないか。


「ユキ、今のが、お義母様?でも、亡霊?それとも、私の頭が見せた幻覚?」


ユキに問いかけても、知らん顔だ。

それよりももっと撫でろと、顔を寄せてくる。

私が撫でてやると、変わらずユキは幸せそうだった。


でも、この家に亡霊がいたっておかしくはない。

ルイは魔術のようなものも使えるし、色々不思議な目を持っているらしい。

それなら、幽霊なのか、亡霊なのか、幻覚が見えたって、変な話ではないのだ。

ただ、その人が義母であったらいいな、と私が勝手に思ってしまっただけ。

もしかしたら、ただの通りすがりの亡霊なのかもしれない。


「セシリア!」


ルイの声がして、私は振り返った。

そこには、私を探していたのであろうルイがいる。


「ルイ、どうしたんですか?」

「お前の方こそ、急にいなくなったんだ!」

「急って……ここにいるじゃないですか」

「お前……また呼ばれたのか?」

「また、とは……」

「ついに現実の世界でも、魔女が干渉してきたんだ」


ルイは私の手を取った。

私の手には握られた跡が残っている。

自分でもびっくりするくらいに、はっきりと残っていた。


「な、なな、なにこれ!」

「気づいていなかったんだな」

「これって……」

「呼ばれたんだろう、何かに」

「あ、はい……でも、ここにいたのは魔女ではありませんでした」


義母によく似た人だった、と言ってもルイは怒らないだろうか。

ルイは義母をとても信頼しているし、愛している。

いや、家族のことをとても想っている人なのだ。

でも、確か、魔女の側には赤い髪と緑の瞳を持った人間が生まれるって……。


「ルイ、私は今まで、あまりあなたの話を聞いて来ませんでした。その、魔女の話です。あなたの家族に何があったのか、よくよく考えてみると、何も知らなかったと思って……」

「そうだな。もうお前に出会った時の話はしてしまったことだし、そろそろ頃合いか」

「やっぱり、聞いておいた方がいいお話でしょうか」

「……話はきっと長くなるぞ。母のことから話さねばならないからな」


ルイは、私の手を取って馬小屋から出た。

私は、彼とともにゆっくりと歩く。

庭は侵入者によって踏み荒らされ、芝生が汚くなっていた。

明日には庭師が綺麗にしてくれる、とルイは話す。

2人で手をつなぎながら歩き、ルイはグラース家の話をしてくれた。


「魔女は、転生を繰り返している。その周期は、どの時代でどれくらい長く生きたかによって違うので、規則性はないようだ。しかし、それに対処するには魔女のことを伝えていかねばならなかった」

「伝える……」

「多くの資料や口伝、歌、絵、さまざまな形を試してきたが、一番長く続いたのは血族。つまり、グラース家を誕生させることだった。魔女を討つ為の一族として、グラース家を作り、やがてそれは騎士団となったんだ」

「では、騎士団は皆さん、グラース家の出身なのですか?」

「いや。やはり魔女の力は強大で、グラース家は呪われている。魔女に呪われたグラース家は不幸が多いんだ。だから」


だから―――

ルイフィリアは、自分が父から聞いた話を、妻となる女性に聞かせた。

それはこれから彼女の命や、家族にも関係してくることだからだ。


かつて、グラース家は国を守った勇者とその妻からなる一族の末裔であった。

勇者は魔女を倒し、国を守ったと伝説では言われているが、実のところは魔女に呪いをかけられた一族でもある。

グラース家は、必ず不幸になる一族。

騎士団長になった家長が短命であったり、時には後継ぎの男児が生まれず、仕方なく娘を国で一番強い男と結婚させたり、エルデのようによその国から嫁を貰うなど、さまざまなことがあった。

騎士団長は、不幸と紙一重で生きており、妻となる女性には細心の注意を払わねばならない。

なぜなら、不幸になると分かっているのに、嫁ぎたいと思う女性はいないからだ。


そして、長年の記録の中から、魔女は常に赤毛で緑の瞳を持った女性の側に存在することを突き止めた。

理由ははっきりしていないが、特に魔女と姉妹として生まれることが多く、それをグラース家では魂の因果と呼ぶ。

引かれ合う魂は、転生しても、また近くに引き合うというのだ。


その時に、グラース家は妻となる女性に赤毛で緑の瞳を持った女性を迎え入れることにしていた。

時には、その女性の近くではないこともあった。

しかし、少しでも魔女を討ち取ることができるように、と願いを込めて、グラース家は常に赤い髪と緑の瞳の女性を、側に置いていたのだった。


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