マリアさんは、引退を考えたものの何をしようか迷っていた時に、グラース家に呼ばれたという。
グラース家ではメイドと警備を両立できる存在がいると、とても助かるという話だったのだ。
そして、ルイが私を連れてくるとなった時、私の警護を全面的に頼まれたという。
「坊ちゃま、本当はカリブス様ともっと一緒にいたかったんですよ」
「今でも、戻って欲しいような話をしていましたね」
「ええ。坊ちゃまにとって、カリブス様は弟のようなものなのでしょうねぇ。子どもの頃から坊ちゃまを見ていますけど、坊ちゃまは家族がとっても大事なんですよ」
「……マリアさんも、ルイの伯母様を知っているんでしょう?」
そう問いかけた時、マリアさんは初めて黙った。
少し視線を逸らしてしまう。
「……いい人でした」
「そう、聞いています」
「とっても、いい人だったんです。私みたいな荒くれ者じゃなくって、とっても優しくて穏やかで、美しい人で。たくさん、たくさん料理を教えてもらって。悪いのは魔女なんです」
「マリアさん……」
「悪いのは魔女です。奥様は、こんな想いをしてほしくないわ……」
家族を失う哀しみ。
近しい人が魔女となってしまう苦しみ。
魔女の覚醒は、きっと多くの苦痛を生んでしまうのだ。
「私の妹は、魔女だと……言われて」
「はい、存じています」
「そんな子じゃ、ないんです」
「はい、皆様そうなんです」
「止める方法はないんでしょうか……」
覚醒を止める方法があるならば。
それがあるならば、私はそれをしたい。
どうにかして、妹の覚醒を止めたいのだ。
「……止めることは、難しいようです」
「そんな……」
「大奥様もそう言って、泣いておられました」
「お義母様も……」
「はい……」
やはり、みんなこんな想いをするのだろうか。
もし今、お義母様が生きていたなら、私の気持ちを理解してくれていたのかな。
私は、このまま暗くしていてはいけない、と思い、マリアさんに昼食の準備をお願いした。
私は結婚式の準備をしてくる、と笑顔を見せる。
厨房を離れ、作業部屋に入った。
ドレスは綺麗に飾られ、それを見ると私は結婚するのだ、というのがよく分かる。
私は、結婚して、いつ妹が魔女になるのを見るのか。
大切なアリシア。
大切な妹。
転生前から私を支えてくれていた存在なのに。
そんな大切な存在なのに、そのアリシアが魔女になってしまうなんて、この世界はどうなってしまったの?
「セシリア、いるか?」
「は、はい」
「忙しかったか?すまない」
「いえ、ドレスの仕上げを確認しておりました」
「そうか」
彼は部屋に入ってきて、一緒にドレスを見てくれた。
静かな穏やかな時間。
この時間、好きだな、と思った。
「いい出来だ。仕立屋には高く支払いを出そう」
「そうしていただけると、私も嬉しいです」
「結婚式の流れを説明するが、いいか」
「はい」
結婚式は、まず当日に騎士団が護衛で各箇所に配置される。
また配置されるだけでなく、国王の護衛にもつくので、数名は国王の送迎に同行するとの話だ。
来客は、遠方の人に関しては結婚式前後を宿泊してもらう。
料理はマリアさんを中心に、当日のみ複数人を雇う。
メニューは国王と一部の人はコースに近い形で出して、それ以外は立食パーティーに近い形にする。
「お前の家族には少し長めにとどまってもらうことにしている。ユーマもお前の父と話がしたいと言っていたからな」
「ありがとうございます」
「後、結婚式の後は騎士団の一部が国王を王城へ送迎する。俺は残るが、ハンスと一緒に指示を出す必要性がある」
「分かりました」
「その後はカリブスの稽古に付き合う。ユーマには、カリブスの決闘が落ち着くまで雇うとのことで話がついた」
「もしかして、ユーマの雇い賃まで出していただいたのでは……」
「構わん。その代わり、稽古から護衛、荷物持ちまでなんでもするという契約にさせたからな」
あらぁ、それでユーマが納得したのなら、とても高いお金で雇われたのかもしれない。
私はそんなことを考えながら、ルイに感謝を述べた。
「すみません、家にお金がなくて……」
「普通はこんなことはないからな。だが、これをきっかけにカリブスにまた話をする」
「話、とは?」
「騎士団だ。騎士団に戻るように、話をしてみる。場合によってはハンスにもな。最終手段は国王だが……」
「国王にまでお手数をおかけしては、申し訳ないです」
「国王は、カリブスを気に入っていてな。何度か王子の護衛にしてもいいと言っていたんだ」
「え!?ほ、本当、ですか!?」
「今朝と同じ理由だ」
今朝と同じ理由?
何を言っているのか、と思った瞬間に私は理解した。
「も、もしかして、見た目ですか?」
「そうだな。アイツの騎士団姿は様になる。他の団員は屈強な奴が多すぎてな。筋肉隆々の護衛よりも、貴族の風格が見えるカリブスの方が、王子の護衛には似合うんだ」
「それならお兄様もそっちを選んだらいいのに!お給料もいいんでしょう?」
「当たり前じゃないか。きっと、お前の父が月に稼ぐ額を楽に超えるぞ」
「そ、そんなに!」
お兄様、やっぱり騎士団に戻るべきでは。
でも、お兄様が家に戻ったのも、魔女との戦争を経験して、アリシアが魔女だと気づいたから。
でも、アリシアが魔女として覚醒しなければ、お兄様だって自由に生きていけるはず。
「でも、アイツはそういう柄じゃなくてな」
「まあ、性格的にあまり護衛だけ、というのはお好きではないかもしれませんね」
「見た目はああだが、中身は燃えるような男だ」
「それはちょっと分からないんですけれど」
「妹たちには見せて来なかったんだろうな。戦場でのアイツは、とにかく凄まじい速さなんだ。その姿は見せてやりたいが」
兄は、見せたくないのかもしれない。
だから、見せて来なかった。
貴族の息子として、帽子に杖を持ち、悠々自適な顔をして、馬鹿な商売ばかりする。
そちらを選んでしまったことに、兄は何か意味を持っているのだろうか。
戦場での姿を嫌っているわけではないのだろうけれど、見せたくないものなのだろうか。
「妹の部屋だが」
「は、はい!」
「結界を張っておく」
「けっかい……」
「魔女としての覚醒はないだろうが、何かあってからでは遅いからな。屋敷中の警備も強化はしているが、実際どのようになるか当日まで分からん」
「はい……」
「親戚筋は少ないから、国王の護衛がしっかりとできればそれでいいと思う」
「あの、王子は」
私が問いかけると、ルイは思い出したようだ。
アリシアと出会うはずの王子。
その存在はどう登場するのだろうか。
「王子は今、国外だ」
「え?」
「王子は留学という名目で国外に出ているようだ。詳しいことは言えないが。結婚式には来ないだろう」
「こ、こ、来ないんですか!?」
「ああ。祝辞はもらっているから、それだけでもありがたいことだぞ。なんだ、王子に会ってみたかったのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「彼はまだ子どもだ。そうだな、お前の妹と同じくらいか」
そう、だから学園で出会うのだ!
でも、今回会わずに学園で出会うなら、本の通り。
できることなら、その方がいいと私は思う。
もしも騎士団長の義理とは言え、妹だと分かって出会うより、学園で自然に出会った方がいいはず!
「変なことを考えるなよ、セシリア?」
「変なことじゃありません!妹の将来です!」
大事な大事なアリシアの未来。
あの子が王子と出会う時。
お姉ちゃん、頑張る。
頑張って、あの子が魔女にならないようにする!
やっぱり、覚醒しない方法を見つけ出したい!
でも、どうすれば……。
分からないことが多すぎて、私は結婚式以外のことでも悩み続けるしかないのだろう。