妹の将来は、この世界の将来でもある。
この世界、つまり本の世界だ。
本のことを考えるととても複雑。
すでに私がいる時点でおかしな話になっているし、騎士団長であるルイが私と結婚するだけでもおかしいんだから。
「妹のことは、少し忘れろ、セシリア」
「わ、忘れるなんて」
「結婚式は明日だぞ。明日の朝には国王もくるんだ」
「は、はい……」
私は騎士団長の妻なのだ。
国王に悪い印象を持たれてもいけないし、ルイに迷惑をかけてもいけない。
我慢しなくちゃ。
今は、今は。
妹のことが心配だけれど、それでも、今は目の前の彼が大事なのだ。
「セシリア、今日の夕食は少し豪華なものをマリアに頼んだぞ」
「え、マリアさんは何も言っていませんでしたが」
「お前には秘密にしたんだろうな。肉や魚は明日出すものだが、少しは今日も出そうと思ってな。まあ、俺とユーマでほとんど食べてしまうだろうが」
食べ物の話をしている時のルイは、とても可愛らしかった。
変だな、私よりも10歳年上なのに。
それなのに、彼は時々とても子どものようなのだ。
「ルイとユーマはまるで兄弟みたいですね」
「む、あんなのと俺が兄弟だと?」
「あら、お兄様と兄弟がよかったですか?」
「カリブスとは、もう……兄弟になるな」
そう言った時のルイの表情は、とても嬉しそうだった。
馬鹿だ馬鹿だと、兄のことをずっと思っていたし、実際にそうだったのだけれど。
でも、それでも彼にとって兄は、とても大事な友人なのだ。
そして、それが家族になること。
家族を失ったルイにとって、また家族をてにすることは、とても嬉しいことなのだ。
「あら、ルイは弟になるんですよ、お兄様の」
「む……」
「うふふ、年上で、騎士団長で、弟になるんて、素敵ですね」
「お、俺が、弟か……」
今まで、ルイはずっと兄だった。
失った弟やお兄様の前に立ち、背中を見せてきた。
だから、彼は初めての体験だろう。
「嬉しいんでしょ?」
「そ、そういう、意味では……まあ、少しは」
「うふふ、お兄様の弟になったら大変ですよ~。何をさせても下手ですし」
「それは昔からよく知っている!」
私は、ルイとそんな話をしながら穏やかな時間を過ごした。
明日には結婚式で、私は彼の妻となる。
妻だと、すべての人が認めてくれる日だ。
国王も騎士団も、みんなやってくる。
ちょっと緊張しちゃうな。
「セシリア」
「はい」
「俺には家族がいない。皆、戦争で失ってしまったからだ」
「はい、存じております」
「だから、お前の家族が俺の家族になるし、これから家族が増えていけばいいと思っている。その、そうだな、やっぱり男の子は欲しいな」
「男の子?」
「グラース家を継いでくれる子なら、まあ、嬉しいな。いや、でも、女の子も」
「女の子?」
「え、あ、こ、これからの話だ!」
ルイは顔を真っ赤にさせて言う。
ああ、彼は私との未来を語ってくれっていたのか。
「あの、その……私は、もらわれてきた子なので」
「む、ああ、そ、それは気にするな!もしもお前に何かあれば、それでもいい。俺にとって一番大事なのは、セシリア、お前だからな!」
しっかりと手を握られて、私は嬉しくなった。
私はもらわれてきた子、養女だ。
もしも何かあったなら、そういう子をもらうのもありだとルイには思っていてほしい。
これから先、どんな出会いがあるか、分からないから。
でも、ルイから私が一番大事だと言われて、嬉しい。
「お前に無体をするわけにはいかない。だが、俺も年だからな。少し、心配して……」
「ルイはまだ若いですよ、気にしすぎです」
そんなに気にしていたのか、と思ったけれど、ルイにしてみれば大問題なのかもしれない。
大事な妻に何かあっては困るし、もしも将来、子どもが生まれたなら。
このグラース家を守る子になるのだから、大事に決まっている。
「でも、女の子は欲しいですね……ルイに似て、金色の髪をした子です!」
「……金色の髪で緑の瞳か」
「あ、それ、かわいいですね!」
まるでお人形さんのような。
可愛らしい子。
え、そんな子を私が産めるのかな!?
ちょっと心配だけれど、すごく楽しみだ。
そんな話をしているところへ、ハンスがやってくる。
ハンスはいつものように穏やかだったが、その瞳に少しだけ暗さを感じた。
「坊ちゃま、ウォーレンス家より皆様ご到着されました」
「そうか」
私の家から、みんな来た。
つまり、アリシアも来たのだろう!
「アリシアもいますか、ハンス!」
「はい。お茶をお出ししております」
妹に会いたくてたまらなくなったけど、ルイの手前言い出せなくて。
でも彼には分っているようだった。
「行ってこい、セシリア」
「ありがとうございます!」
私は走って、妹のもとへ向かった。
ああ、アリシア。
私の大事なアリシア!
手紙はいつももらっていたけれど、会えるとなると、話は違う!
応接室へ来ると、そこには妹と父、そして母がいた。
かなり久しぶりに会う母だ。
いつも旅行や習い事だと言って、家を空けていた人。
「お、お母様」
「あら、セシリア!久しぶりねぇ」
母はそう言って、ニコニコしている。
この人は、私をウォーレンス家に連れてきた張本人だ。
実のところ、私もかなり久しぶりに会う。
母は、仕事ではないのだが常にどこかへ出かけているような人。
特に旅行が好きで、そういった奥様方と一緒に旅行倶楽部のようなことをしているのだ。
「うふふ、セシリアがお嫁に行くなんてぇ」
「お母様……」
「嬉しいわぁ」
この人は、お兄様とアリシアとまったく同じ容姿をしている。
金色の髪に青い瞳。
まさにお人形。
今、何歳だったかしら。
でも母親とは思えないくらいに美しい人である。
「そ、それは、よかった……」
「あなたったら、やらせたらなんでもできる癖にちゃんとしないんだものぉ。本当はもっと早くにお嫁に行ってもよかったのよ?」
「いえ、私は、なかなか……」
「まあ、アリシアは学園に入ってからゆーっくり考えればいいからね!あら、そういえばカリブスがもうお世話になっているでしょ?」
母はずっとこうなのだ。
そう、いつも私とアリシアの比較。
自分でもらってきた娘なのに、といつも思ってしまう。
「お兄様は、こちらで鍛錬をしておられます」
「鍛錬?何の?」
「………お兄様は、騎士団だったのです、お母様。ご事情があって、今はまた鍛錬を」
「騎士団?あのカリブスが?」
「そうです。とても実力があられたご様子ですけど、家の為に戻ってくださったのです……」
あらぁ、と母は言った。
同時にあまり関心がないような声でもあった。
この人は、子どもにはあまり関心がないのだろう。
それは、もらってきた私だけでなく、自分の子どもでも。
「カリブスが騎士団だと!?」
「お、お父様?」
「嘘を言え!騎士団は私が何度試験を受けても落ちたんだぞ!カリブスのような馬鹿が入れるわけがない!」
それは父に才能がなかったからでは?と思ったけれど、言うこともできず。
私はため息をつきつつ、両親を見た。
「お父様、お母様、お兄様は騎士団の1人でした。我が家の為に騎士団をお辞めになって戻られたんです。今はご事情があって、副団長様のもとで再度鍛錬しておられます」
「あのカリブスだぞ!」
「そうです!あのお兄様です!」
父の大声に、私も大きな声を出してしまった。
するとドアが開いてルイが入ってくる。
「我が屋敷では、あまり大声を出さないでもらえるか?」
「ルイ……」
「グラース様!?す、すみません。このようなことを言う娘でして」
頭を下げる父を見て、私はイライラした。
しかしそれはルイも同じだったのだろう。
「カリブス・ウォーレンスは騎士団でも上位クラスの剣士として、活躍してもらった。戦後、実家を立て直すと言って退団したのだ。我が妻は間違ったことなど、何1つ言っていない」
その言葉を聞いて、父は驚きひっくり返ってしまった。