「カリブスはさぁ、体重が軽いから速いわけ!つまりそれは筋肉が足りねぇってこと!ってことはさぁ!」
ユーマッシュの拳がカリブスのシャツを少しだけひっかける。
しかしシャツは見事に破れた。
拳は当たっていないのに、ひどい有様だ。
「ってことは、カリブスには圧倒的に体力がねぇってこと」
「はぁ、はぁ、そう、かもね……」
「執事のじいさんの直後に俺。じいさんとは決着もついてない。それでこの有様じゃ、ちょっと体力不足すぎんな」
「それは、うん、はあ、はあ……昔からの、課題でね……」
カリブスは地面に膝をついていた。
彼の剣技は立派なものであったが、実のところ体質的に体力が低いのだ。
太れない体質といえば聞こえはいいかもしれないが、筋肉がつきにくく、食も細くて、体力がない。
貧弱、と言われてもおかしくないのがカリブスの特徴だった。
カリブスはそれを騎士団員時代から自分の課題としていた。
しかし改善する方法が分からなかったのだ。
「何を食べても、駄目……酒も大して飲めないし、食べても、すぐに腹が膨れる……膨れれば、更に動きにくくて、食欲が失せるんだ……」
「それを隠す為に、浮ついた態度だったんだろ?」
「いやぁ、それは、どうかな?はは」
笑うカリブスには余裕がない。
子どもの頃から、病弱と貧弱の間で過ごしてきたような体質だった。父も母も普通なのに、彼はなぜか体力がない。
大病はしないけれど、何度も風邪を引いたり、歩きに支障はないのに長くは歩けない。
何が自分に起きているのか、分からない。
何か運動をしても、できないわけではないのだが、決まった時間継続させることができなかった。
「剣は、楽だった……」
「へぇ?」
「剣は、凄く楽だったんだよ……球技や水泳は時間がある。運動は決まりがあって、試合には時間がある。僕はどれもその時間までできなかった……」
「だから短期決戦型か」
「超とつくんだよ……。僕は戦場でも、超短期決戦が得意だった。次々に倒して、次々に進まないと自分がもたない……騎士団のお荷物にはなりたくなかった」
「……五指の指に入るくせに、よく言うぜ」
ユーマッシュがカリブスに手を差し伸べると、彼は非常に軽かった。
まるで女か、と思うくらいに軽いのだ。
この軽さは異常じゃないか、とまでユーマッシュは思う。
「アンタ……もしかして、呪いを受けてんじゃないのか?」
「え?」
「うーん、俺でもよく見えねぇな?騎士団長さんでも見えないモンかね?」
「いや、僕は……ただの貧弱者だよ」
また乾いた笑いをするカリブスだが、ユーマッシュはジロジロ見ている。
そこへルイフィリアがやってきた。
「呪いではないぞ」
「あ、じゃあ、なに?」
「呪いの残骸……そんなものか」
「じゃあ、呪いじゃん?」
「いや、正確には呪いではないのだ」
カリブスは、ルイフィリアが何を言っているのか理解できなかった。
今まで自分はただの体力がない人間、としか思ってこなかったからだ。
「……稀にそういう子が生まれる。才能と何かを駆け引きして生まれてきた子だ」
「駆け引き……面倒だな」
「カリブスはいい例だ。類稀なる剣技を持ちながら、体力がない。そういう子が生まれるんだ」
「その言い方は、他にもそういう奴がいるってことだよな」
ユーマッシュがニヤニヤしながら聞いてくる。
ルイフィリアは隠せないと思ったのか、隠すことに意味がないと思ったのか、口を開いた。
「王子だ。この国の王子は今、他国に留学しているという話にしているが、実際は治療に行っている」
「治療って、治せないって言ったじゃないか、ルイ!」
「ああ。通常は治せない。だから魔術を取り入れての治療をしているんだ」
魔術を取り入れたものとなれば、それはかなり大掛かりなものになる。
つまり、失敗は許されないのだ。
他国の王子の命を預けられるような魔術師が、他国にいるというのか。
カリブスはもしも自分が普通になれるのなら、なりたいと思う。
しかし自分のような人間が魔術師などにそんなことを依頼はできない。
それが身分というものであり、この世界で重要視されることだ。
「あー、だからうちの薬ってわけか」
「お前のところで王子は世話になっているようだな」
「まあまだチビだろ、あの王子さんはよ」
ユーマッシュはそう言って、自国にお忍びでやってきた王子のことを理解していた。
王子は性根が優しく、王政に向かないかもしれない、と周囲が心配するほどの存在だ。
だからこそ、騎士団長であるルイフィリアが支えている。
「俺らからすりゃ、魔術なんだろうが、あれは努力と根性と言うか、なんていうかなぁ」
「なんだい、それは?」
「いや、こっちの話だ。でもカリブスの体力は魔術が関係していても、少しは改善すると思うがな」
紫の髪を揺らしたユーマッシュが、カリブスの顔を覗き込む。
そんなものなのだろうか、とカリブスは思ったが、こういったことには他国を渡り歩いているユーマッシュの方が知識がある。
「ユーマ、そもそもカリブスは体力の問題だけではない」
「ん?そうなのか?」
「カリブスは魔力に対する耐性が、とても低いんだ。分かるか?」
「魔力に対する耐性……もしかして、一般人よりも低いのか。それなら俺なんかが側にいると余計に駄目だなぁ」
何の話をしているのか、カリブスにはほとんど分からなかった。
ルイフィリアは丁寧に説明をしてくれる。
まず、カリブスは生まれ持って通常の人間が持つべき魔力への抵抗力が低いらしい。
それは生まれつきなので、どうしてそうなったのか、経緯などははっきりしていない。
この場合、魔力を扱う者、魔術師、魔力の高い者などが考えなしに側によると、不調を来す。
「俺、魔眼の制御はできねぇんだわ」
「え!?」
「勝手に見えるっつーか。騎士団長さんのように訓練や制御なんて学んで来なかったからなぁ」
考えなし、というのはユーマッシュのような存在のことも入る。
人の中には自分が魔力を持って生きていることを知らぬ者も多い。
なんとなく、生活しているだけなのだ。
大抵の場合は、大きな問題にはならない。
しかし、カリブスや王子の場合はとても大きな問題になる。
近くにそんな者がいると、抵抗力が低いので被害を受けるのだ。
体力を奪われる、体調を崩す。
変化は様々だが、影響が出てしまう。
「グラース家は先祖代々、訓練の仕方がある。だから父上や俺の側にいても、カリブスは平気だったんだ」
「じゃあ、僕よりユーマが訓練した方がいいんじゃないの?」
「それは一理あるぞ、ユーマ!」
2人から詰め寄られて、ユーマッシュは苦笑するしかない。
このように、世の中にはさまざまな『体質』を持った人間が存在している。
その『体質』は改善することもあるようだが、大抵の場合はそのままだ。
「上手く共存するしかない」
「そ、そうなのかぁ……」
「だが、本来はここまでないはずなんだがな……」
ルイフィリアの言葉に、カリブスが苦しそうな目をした。
「魔女のことだろ。要は……アリシア」
「そうだな」
「まだ覚醒はしていない。でもその鱗片が見えているのかもしれないね」
「お前を測定器のように使ってしまって悪いが、俺もそう思う。あの妹はまだ覚醒はしていないが、魔女としての流れが見える」
見える、という言葉を聞いて、ユーマッシュはさすが鍛えられた魔眼は違うな、と思った。
知り合いにも彼と似たような魔眼使いがいるが、それと同等か、それ以上。
魔眼を持つ人間がそんなにどこにでもいるのか、と言われると、実際はそうではない。
本来ならば、魔眼を持つ者は血族者に限る。
鍛錬や修練などで得られる代物ではないのだ。
「まあ、とりあえずは嬢ちゃんに頼んで食い物を変えてもらうことだな。食いやすくて、体力がつくようなもんだ」
「おい、人の嫁に何をさせるつもりだ」
「いや、アンタの嫁さんだけど、コイツの妹だろ!」
男たちは3人も集まると、何やら些細なことで揉めるようであった。