アリシアのドレスは、淡いピンク色を中心とした可愛らしいデザインだった。
広がるスカートがとても可愛くて、見惚れてしまう!
素敵だわ、アリシア。
可愛い、妹。
「お姉様、お姉様のドレスはどんな感じなんですか?」
「えーっと、とても質素に……」
「え、せっかくの結婚式なのに?」
「だって、私にはフワフワもキラキラも似合わなかったんだもの……」
ガックリ。
全部試したのよ、試したの!
それでもダメだったんだから!
私はアリシアをドレスの保管している部屋に案内した。
純白のドレスを初めて見たアリシアは、一息ついて、見とれている。
やっぱりウェディングドレスは女の子みんなの憧れなのだ。
「とてもお美しいです……こういうのを洗練されている、というのでしょうか」
「そ、そうかしら……アリシアに褒められて、嬉しいわ」
「お姉様らしいというか、とても素敵……」
妹に褒められて、私はとても嬉しかった。
明日、これを着て、結婚式に出る。
ついに私はグラース家の一員になるのだ。
ルイの妻になり、騎士団長の妻になる。
やっていけるのかなって不安もたくさんあるけれど、やるっきゃない。
アリシアの為でもある。
この子を魔女の覚醒から守らなきゃ。
私がグラース家で色々なことを学んだら、もしかしたら何か変わるかもしれない!
お兄様だって変わっているんだもの!
何か起きるはず、と私は期待するしかなかった。
ドレスを見た後は、部屋でアリシアとお茶を楽しんだ。
大好きな紅茶とケーキを出して、2人で話をする。
アリシアの話は、ほとんどが学園のことだった。
「お姉様と同じように、通学にしようと思うんです」
「あら、寮に入ってもいいのよ。代金はあまり変化がなかったはずだし」
「いいえ、その、やっぱり寮での生活は不安で……。途中から変えてもいいとのことだったから、それならまずは通学して、慣れたら寮も検討しようかなと思ってます」
「お父様やお母様には相談した?」
私が問いかけると、アリシアは首を振った。
そうよね、お母様なんて、結婚式があるから戻ってきたようなものだものね。
そんな人に相談ができるほど、アリシアの心は大人ではない。
まだまだ可愛い私のアリシアでいて欲しい。
「いいのよ、無理しなくて。家のことも心配要らないわ。きっとお兄様がよくしてくださると思うの」
「お兄様……とても生き生きしておられましたね。素敵でした」
「そう、私もそう思ったのよ。適材適所、やっぱり自分の得意なことをしていくことが一番大事だと思うわ」
その言葉を聞いて、アリシアが微笑んだ。
きっと悩みや不安がたくさんあったのだろう。
それを誰にも言えずにいたはずだ。
私が先にお嫁に行くなんて思ってなかったから……。
「私、騎士団になりたいと思っているわけではないんですけれど、お兄様のように生き生きとなりたいです」
「そうね。アリシアはまだまだ若いし、これから学園で学ぶんだから平気よ!何かやってみたいことがある?」
「えっと、まずはお姉様が話しておられた、図書館に行きたいです」
ルイのお母様の本がたくさん寄贈されている図書館。
あの図書館でルイは私を見つけたのだ。
だから、今はちょっと以前と意味が違うかも。
恥ずかしいわぁ。
「それから、文学の先生から学んで、何か物語を……書いてみたくて」
「いいじゃない!できあがったら、ぜひ読ませてほしいわ」
「そんな、恥ずかしい……」
縮こまる妹は可愛らしかった。
妹との話はとても楽しくて、私はやっぱりお姉ちゃんであることを思い出す。
この子が幸せでありますように、と思う。
どうか、この子の中にある魔女が目覚めませんように、と。
「アリシア、あなたは自分のしたいことをするべきよ」
「はい」
「そして、それにはたくさんの努力をするの。簡単にできることもあるかもしれないわ。でも、そうではないこともある。だから頑張るの、何事もね」
私は、家の中で自分だけが違う存在だった。
もらわれてきた娘。
見た目もまったく違うし、浮いている。
かろうじて学園を卒業させてもらえたから、格好はついているけれど、それがなかったらどうなっていたか、恐ろしい。
「お姉様」
「どうしたの、アリシア」
「ご結婚、おめでとうございます」
初めて、アリシアはその言葉を紡いだと思う。
ずっと私が嫁に行くことに反対だったのだ。
相手がルイだからとか、騎士団の家だからとか、そんなことではない。
ただ姉が側を離れることが、この子にとっての苦痛だったのだ。
でも今は、違う。
アリシアは1つ大人になったのだ。
「ありがとう、 アリシア」
「お姉様の結婚式に参加、できてぇ……」
「泣かないの、本番は明日よ?」
「でもぉ!涙がぁ!」
泣いている妹を見て、私は苦笑した。
でも同時にとても嬉しく思う。
妹の成長と私の結婚。
それが同時に進んでよかった。
いつの日か、アリシアも王子の元へ行くのだろう。
でも、私はずっとあなたのお姉ちゃん。
アリシアのたった1人のお姉ちゃんだからね。
妹を抱きしめて頭を撫でて、それからまた2人で笑いあった。
それから夕食の時間になったので、私はアリシアと共に食堂へ行く。
でもそこに集まったのは、なんとも言えない面々だ。
特にユーマはお兄様の横に陣取って、チラチラと父を見ている。
父は始終冷や汗をかき、落ち着かない様子。
目の前に商談相手がいるのだから、落ち着けるわけがなかった。
お母様は静かに丁寧に食事を進め、アリシアも私も同じである。
ルイは誰も話をしないので、自分も話をしないと決め込んでいる様子を感じた。
結婚式前夜だというのに、まるで最後の晩餐のようだわ。
でも私が少し驚いたのは、ユーマが丁寧に食事のマナーを守っていたこと。
彼にそんな能力があったとは思わなかった。
普段はただの屈強な傭兵にしか見えないけれど、それなりに教養があったのね。
食事は静かに進み、最後のデザートまで出る。
木苺のソースがかかったミルクプリンだ。
それを食べて、アリシアが感動するほど美味しがっている様子が微笑ましい。
「お姉様、これ、凄く美味しいです!」
「木苺のソースがいいでしょう?」
「はい、甘酸っぱくて、とても美味しい!」
その甘さはマリアさんお手製だ。
あまりにもアリシアが喜んで食べるので、私は自分の分をアリシアに与えた。
妹とのやり取りをして、ふと視線に気づく。
ルイがこちらをジッと見つめているではないか。
どうしたのかしら。
あ、きっとデザートの量が足りなかったのね?
いつもならおかわりをするけれど、今日はお客様の前だからできないんだわ。
私は、ハンスに頼んでルイにもう1つミルクプリンを持ってきてもらった。
「坊ちゃま、奥様からです」
「は?」
「食べたりないのでしょう、と」
「ち、違うぞ!俺はそういう意味で見ていたのではない!」
そう言いながらもルイはもう1つミルクプリンを食べた。
食べながらブツブツ言っていたけれど、まあいいだろう。
お兄様を見たら、笑っているし、ユーマも笑いをこらえていた。
「グラース様は、娘との仲もよろしいようで、嬉しいですわ」
不意に口を開いたのは母だった。
お母様はルイを見ながらそう言って、微笑む。
「……まあ、助かっている。聡明な娘だ」
「うふふ、そう言っていただけて嬉しい限りです。育ててきた甲斐があります」
いや、あなたにたくさん育てられた記憶はないんだけど。
そんなことを思いながら、私はルイを見た。
何も言うな、と無言の圧力を感じ、私はそれに従う。
「明日は伝統的な結婚式でしょう?楽しみですわ。国王もいらっしゃるだなんて、なんて豪華な結婚式かしら」
「国王は俺の結婚式に参列されるだけだ。セシリアは関係ない。よってウォーレンス家の者も気にすることはない。ただ王の前では礼儀を守ってくれ」
母が話すのを久しぶりに聞いた気がする。
こんな風に話す人だったかな、とおぼろげな記憶しか私にはないのだった。