目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第71話

アリシアのドレスは、淡いピンク色を中心とした可愛らしいデザインだった。

広がるスカートがとても可愛くて、見惚れてしまう!

素敵だわ、アリシア。

可愛い、妹。


「お姉様、お姉様のドレスはどんな感じなんですか?」

「えーっと、とても質素に……」

「え、せっかくの結婚式なのに?」

「だって、私にはフワフワもキラキラも似合わなかったんだもの……」


ガックリ。

全部試したのよ、試したの!

それでもダメだったんだから!

私はアリシアをドレスの保管している部屋に案内した。

純白のドレスを初めて見たアリシアは、一息ついて、見とれている。

やっぱりウェディングドレスは女の子みんなの憧れなのだ。


「とてもお美しいです……こういうのを洗練されている、というのでしょうか」

「そ、そうかしら……アリシアに褒められて、嬉しいわ」

「お姉様らしいというか、とても素敵……」


妹に褒められて、私はとても嬉しかった。

明日、これを着て、結婚式に出る。

ついに私はグラース家の一員になるのだ。

ルイの妻になり、騎士団長の妻になる。

やっていけるのかなって不安もたくさんあるけれど、やるっきゃない。

アリシアの為でもある。

この子を魔女の覚醒から守らなきゃ。

私がグラース家で色々なことを学んだら、もしかしたら何か変わるかもしれない!

お兄様だって変わっているんだもの!

何か起きるはず、と私は期待するしかなかった。


ドレスを見た後は、部屋でアリシアとお茶を楽しんだ。

大好きな紅茶とケーキを出して、2人で話をする。

アリシアの話は、ほとんどが学園のことだった。


「お姉様と同じように、通学にしようと思うんです」

「あら、寮に入ってもいいのよ。代金はあまり変化がなかったはずだし」

「いいえ、その、やっぱり寮での生活は不安で……。途中から変えてもいいとのことだったから、それならまずは通学して、慣れたら寮も検討しようかなと思ってます」

「お父様やお母様には相談した?」


私が問いかけると、アリシアは首を振った。

そうよね、お母様なんて、結婚式があるから戻ってきたようなものだものね。

そんな人に相談ができるほど、アリシアの心は大人ではない。

まだまだ可愛い私のアリシアでいて欲しい。


「いいのよ、無理しなくて。家のことも心配要らないわ。きっとお兄様がよくしてくださると思うの」

「お兄様……とても生き生きしておられましたね。素敵でした」

「そう、私もそう思ったのよ。適材適所、やっぱり自分の得意なことをしていくことが一番大事だと思うわ」


その言葉を聞いて、アリシアが微笑んだ。

きっと悩みや不安がたくさんあったのだろう。

それを誰にも言えずにいたはずだ。

私が先にお嫁に行くなんて思ってなかったから……。


「私、騎士団になりたいと思っているわけではないんですけれど、お兄様のように生き生きとなりたいです」

「そうね。アリシアはまだまだ若いし、これから学園で学ぶんだから平気よ!何かやってみたいことがある?」

「えっと、まずはお姉様が話しておられた、図書館に行きたいです」


ルイのお母様の本がたくさん寄贈されている図書館。

あの図書館でルイは私を見つけたのだ。

だから、今はちょっと以前と意味が違うかも。

恥ずかしいわぁ。


「それから、文学の先生から学んで、何か物語を……書いてみたくて」

「いいじゃない!できあがったら、ぜひ読ませてほしいわ」

「そんな、恥ずかしい……」


縮こまる妹は可愛らしかった。

妹との話はとても楽しくて、私はやっぱりお姉ちゃんであることを思い出す。

この子が幸せでありますように、と思う。

どうか、この子の中にある魔女が目覚めませんように、と。


「アリシア、あなたは自分のしたいことをするべきよ」

「はい」

「そして、それにはたくさんの努力をするの。簡単にできることもあるかもしれないわ。でも、そうではないこともある。だから頑張るの、何事もね」


私は、家の中で自分だけが違う存在だった。

もらわれてきた娘。

見た目もまったく違うし、浮いている。

かろうじて学園を卒業させてもらえたから、格好はついているけれど、それがなかったらどうなっていたか、恐ろしい。


「お姉様」

「どうしたの、アリシア」

「ご結婚、おめでとうございます」


初めて、アリシアはその言葉を紡いだと思う。

ずっと私が嫁に行くことに反対だったのだ。

相手がルイだからとか、騎士団の家だからとか、そんなことではない。

ただ姉が側を離れることが、この子にとっての苦痛だったのだ。

でも今は、違う。

アリシアは1つ大人になったのだ。


「ありがとう、 アリシア」

「お姉様の結婚式に参加、できてぇ……」

「泣かないの、本番は明日よ?」

「でもぉ!涙がぁ!」


泣いている妹を見て、私は苦笑した。

でも同時にとても嬉しく思う。

妹の成長と私の結婚。

それが同時に進んでよかった。

いつの日か、アリシアも王子の元へ行くのだろう。

でも、私はずっとあなたのお姉ちゃん。

アリシアのたった1人のお姉ちゃんだからね。

妹を抱きしめて頭を撫でて、それからまた2人で笑いあった。


それから夕食の時間になったので、私はアリシアと共に食堂へ行く。

でもそこに集まったのは、なんとも言えない面々だ。

特にユーマはお兄様の横に陣取って、チラチラと父を見ている。

父は始終冷や汗をかき、落ち着かない様子。

目の前に商談相手がいるのだから、落ち着けるわけがなかった。

お母様は静かに丁寧に食事を進め、アリシアも私も同じである。

ルイは誰も話をしないので、自分も話をしないと決め込んでいる様子を感じた。

結婚式前夜だというのに、まるで最後の晩餐のようだわ。


でも私が少し驚いたのは、ユーマが丁寧に食事のマナーを守っていたこと。

彼にそんな能力があったとは思わなかった。

普段はただの屈強な傭兵にしか見えないけれど、それなりに教養があったのね。


食事は静かに進み、最後のデザートまで出る。

木苺のソースがかかったミルクプリンだ。

それを食べて、アリシアが感動するほど美味しがっている様子が微笑ましい。


「お姉様、これ、凄く美味しいです!」

「木苺のソースがいいでしょう?」

「はい、甘酸っぱくて、とても美味しい!」


その甘さはマリアさんお手製だ。

あまりにもアリシアが喜んで食べるので、私は自分の分をアリシアに与えた。

妹とのやり取りをして、ふと視線に気づく。

ルイがこちらをジッと見つめているではないか。

どうしたのかしら。

あ、きっとデザートの量が足りなかったのね?

いつもならおかわりをするけれど、今日はお客様の前だからできないんだわ。

私は、ハンスに頼んでルイにもう1つミルクプリンを持ってきてもらった。


「坊ちゃま、奥様からです」

「は?」

「食べたりないのでしょう、と」

「ち、違うぞ!俺はそういう意味で見ていたのではない!」


そう言いながらもルイはもう1つミルクプリンを食べた。

食べながらブツブツ言っていたけれど、まあいいだろう。

お兄様を見たら、笑っているし、ユーマも笑いをこらえていた。


「グラース様は、娘との仲もよろしいようで、嬉しいですわ」


不意に口を開いたのは母だった。

お母様はルイを見ながらそう言って、微笑む。


「……まあ、助かっている。聡明な娘だ」

「うふふ、そう言っていただけて嬉しい限りです。育ててきた甲斐があります」


いや、あなたにたくさん育てられた記憶はないんだけど。

そんなことを思いながら、私はルイを見た。

何も言うな、と無言の圧力を感じ、私はそれに従う。


「明日は伝統的な結婚式でしょう?楽しみですわ。国王もいらっしゃるだなんて、なんて豪華な結婚式かしら」

「国王は俺の結婚式に参列されるだけだ。セシリアは関係ない。よってウォーレンス家の者も気にすることはない。ただ王の前では礼儀を守ってくれ」


母が話すのを久しぶりに聞いた気がする。

こんな風に話す人だったかな、とおぼろげな記憶しか私にはないのだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?