食事が終わり、私はルイの部屋に呼ばれた。
結婚式の前夜だ、何か話があるのだろう。
そう思って部屋に入ると、みんな集まっている。
そのみんな、というのはマリアさんまでだ。
「明日の話をする」
そう言った彼の目は、とても真剣で恐いくらいだ。
私たちの結婚式は、ただの結婚式ではない。
国王も来るほどの結婚式なのである。
その結婚式で何か事件でも起きては、今後のさまざまなことに関わってしまうだろう。
ルイにだって立場がある。
理解しなければいけない。
お兄様は少し疲れた顔をしていた。
ここ数日、時間さえあればとにかく鍛錬に励んでいたからだ。
相手はハンスとユーマ、時々、ルイ。
特にユーマからの鍛錬は体に堪えているようだ。
あの筋肉質なユーマを相手にしていうのだから、当たり前と言えば、当たり前かもしれない。
ハンスも容赦なくお兄様を蹴ったりしていたし。
でも大きな怪我をしていないところを見ると、お兄様の実力が上がっているのか、彼らがそうならないようにしてくれているのか。
今まで貴族のお坊ちゃまとしての時間を過ごしていたのだから、今の鍛錬はとても厳しいだろう。
でも、お兄様はその前から立派な剣術だった。
隠れて鍛錬をしていたとは考えにくいから、もしかしたら本当にそういう才能が強いのかも。
「国王が到着したらすぐに式を開始する。国王は多忙であると同時に、国王の警備に時間を多くはかけられない」
「警備は騎士団でするんだろ?」
ユーマの問いかけにルイは頷いた。
そしてまた口を開く。
「国王の警備は騎士団のみで行う。カリブスやユーマは手出しをするな」
「手出しなんかしたくないよ~、こんなに疲れているのにさぁ」
お兄様はそんなことを言っているけれど、きっと何かあれば助けてくれる。
もちろんユーマもだ。
いざという時に2人なら、騎士団とは別の意味で活躍してくれるだろう。
「マリアとハンスで食事の確認を必ず行え」
「分かりました。ですが配られた後のことは難しいかもしれません」
「一度完成した後に何かが混入されたのならば、入れた者の特定は可能だ。それ以前になると、俺でも見つけるのが難しくなる」
「しっかり確認いたします」
マリアさんは騎士団の目をしていた。
しっかりとルイを見据えて、とても信頼できる。
そうか、今回は食事の心配もしなくちゃいけないか。
それは食事の質ではなくて、暗殺の心配だろう。
私には難しい世界かも。
でも実際にそういうことが起きるから、ルイは心配しているのだ。
「ハンス、屋敷の修繕は完了しているか」
「一部後方の壁の塗装が完了しておりません。こればかりは時間がかかりますが、国王など来賓の目に触れる部分は完了しました」
「分かった。後方ならば、後日進めよう。屋敷の警備自体に問題は起きないか?」
「それはないかと思います。今回の事件で破損した部分の修繕は完了し、結界も再度施行されております」
結界、と聞くとあの日のことを思い出してしまう。
恐ろしい夜だった。
でもあれが、アリシアのネックレスが原因だったのか、はっきり分からない。
魔女に誘われたのか、指示をされたのか、理由ははっきりとしていないのだ。
魔女とはそういう存在だとルイが言っていた。
「結界は各自の部屋にもしている。例外はユーマの部屋だけだ」
「どうしてユーマの部屋だけ結果がないのですか?」
私の問いかけには、ルイではなくユーマが答えた。
「俺の魔眼まで封じちまうからさ」
「そうなんですか?」
「ああ。それだけ立派な結界だってことだよなぁ。俺にはまず無理だわ」
ルイはそんなことまですることができるんだ。
ただの騎士団長ではない。
歴代の騎士団長は、それぞれ得意な部分が違ったと聞く。
騎士団長は剣と魔術は基本で、それ以外に何か特技があるんだろう。
貴族の娘である私にはその程度の知識しかなかった。
「お前の部屋に結界をして、何かあった時に動けなくなると困るからな」
「動けないことはねぇんだけどさぁ、やっぱりちょっと鈍るよなぁ。なんつーの、野生の血が眠っちまうみたいな?」
「お前の魔眼は俺よりも能力の方向性が違うだけだ」
そ、そんなものなのかな?
私はよく分からなくて、頷くくらいしかできなかった。
「それから、本題だ」
「本題……?」
まだ本題じゃなかったのか。
その言葉に、私はドキリと心臓がなった。
この場で話題に上がるとなれば、きっとアリシアのことだ。
「魔女についてだ」
やっぱり。
私はその話をされるのが、とても嫌だった。
私の結婚をやっと喜んでくれるようになった、アリシア。
あの子がやっと、やっと笑顔で見送ってくれるのに。
「魔女はまだ覚醒していない。だが、油断はするな」
「ルイ、アリシアには僕がつくよ」
そう言い出したのはお兄様だ。
何を言い出すのか、と思えば、お兄様は自分がアリシアの警護という名目で監視するという。
「どちらにせよ、家族席だ。側にいてくれ」
「何かあった時は、僕が全力で止める」
「……分かった」
ルイは兄の目をしっかりと見ていた。
それは信頼している証だ。
でも、兄だって本当は恋人のことを思っているに違いない。
愛する人の為、愛する人を勝ち取る為に、毎日鍛錬しているのだ。
それを無碍にしたくはないだろう。
「お、お兄様……」
「セシリアは心配しなくていいよ。何かあったら、ルイと一緒にいて」
「でも」
「いーから。ユーマもいることだし、護衛は万全さ」
護衛代はルイが支払うけどね~と兄は笑って見せる。
金額がいくらか分からないけれど、ユーマを雇うのは安くはないだろう。
彼ほどの傭兵ならば、幾らほどなのか。
私の想像の範囲ではない。
でも、守られてばかりでは……と思った時に、ハンスと目があった。
「奥様、奥様は守られるべき存在です。お気になさらず、結婚式に参加してください」
「でも」
「そうですよぉ~!花嫁にとって大事な日なんですから、護衛なんて騎士団に任せておけばいいんですぅ!」
マリアさんまでそんなことを言ってくれる。
嬉しい気持ちはあった。
でも本当にそれでいいのか、とも思う。
私はいつも守られて、何も返すことができていないような。
そんな気分になってしまうのだ。
いいえ、それが事実なんだけど。
「セシリア」
「はい」
「明日の主役はお前だぞ」
「え……?」
ルイが優しく言ってくれた。
明日の主役は、私。
私の結婚式。
いいえ、違う。
「いいえ、明日はルイと私の結婚式です。主役は2人です」
そう言った時、彼の目がとても優しく緩んだのを見た。
その赤い瞳が、まるでステンドグラスのように輝いて、私を見つめてくる。
恥ずかしくなって顔が赤くなった。
「のろけすぎじゃない、結婚式前夜に」
「お、お兄様!」
「まあ、明日は幸せで楽しい結婚式にしたいよね。家族が集まったんだし」
お兄様は、そう言ってルイを見た。
2人は義理ではあるけれど、本当に家族になれるのだ。
信頼していた仲間と家族になる。
それは、ルイにとってとても嬉しいことであり、お兄様にとっても嬉しいことなんじゃなかろうか。
「じゃあ、お兄様にとっても大事な結婚式ですね……」
「いやあ、僕が結婚するわけじゃないんだよ?変な誤解を生むような言い方は、よしてくれよ、セシリア!」
兄はそんな反応だったけれど、楽しそうだった。
毎日毎日鍛錬に励みながら、お兄様は恋焦がれている。
愛した人を手に入れる為、前を向いている。
人が変わる時を見て、私は驚きもあったけれど、感動も覚えた。
「でも、お兄様も嬉しそうです」
「まあ、喜ばしいことだよね、ウォーレンス家の娘がさ、騎士団長の妻になるなんて。いやあ、まあ、ウォーレンス家から騎士団になったのは僕が初めてだけどさぁ」
語尾はモジョモジョとしていたけれど、お兄様は幸せそうだった。
ついに、結婚式だ。
国王もやってくる。
大きなことが起きなければいいのに、と願うしかできなかった。