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第72話

食事が終わり、私はルイの部屋に呼ばれた。

結婚式の前夜だ、何か話があるのだろう。

そう思って部屋に入ると、みんな集まっている。

そのみんな、というのはマリアさんまでだ。


「明日の話をする」


そう言った彼の目は、とても真剣で恐いくらいだ。

私たちの結婚式は、ただの結婚式ではない。

国王も来るほどの結婚式なのである。

その結婚式で何か事件でも起きては、今後のさまざまなことに関わってしまうだろう。

ルイにだって立場がある。

理解しなければいけない。


お兄様は少し疲れた顔をしていた。

ここ数日、時間さえあればとにかく鍛錬に励んでいたからだ。

相手はハンスとユーマ、時々、ルイ。

特にユーマからの鍛錬は体に堪えているようだ。

あの筋肉質なユーマを相手にしていうのだから、当たり前と言えば、当たり前かもしれない。

ハンスも容赦なくお兄様を蹴ったりしていたし。

でも大きな怪我をしていないところを見ると、お兄様の実力が上がっているのか、彼らがそうならないようにしてくれているのか。

今まで貴族のお坊ちゃまとしての時間を過ごしていたのだから、今の鍛錬はとても厳しいだろう。

でも、お兄様はその前から立派な剣術だった。

隠れて鍛錬をしていたとは考えにくいから、もしかしたら本当にそういう才能が強いのかも。


「国王が到着したらすぐに式を開始する。国王は多忙であると同時に、国王の警備に時間を多くはかけられない」

「警備は騎士団でするんだろ?」


ユーマの問いかけにルイは頷いた。

そしてまた口を開く。


「国王の警備は騎士団のみで行う。カリブスやユーマは手出しをするな」

「手出しなんかしたくないよ~、こんなに疲れているのにさぁ」


お兄様はそんなことを言っているけれど、きっと何かあれば助けてくれる。

もちろんユーマもだ。

いざという時に2人なら、騎士団とは別の意味で活躍してくれるだろう。


「マリアとハンスで食事の確認を必ず行え」

「分かりました。ですが配られた後のことは難しいかもしれません」

「一度完成した後に何かが混入されたのならば、入れた者の特定は可能だ。それ以前になると、俺でも見つけるのが難しくなる」

「しっかり確認いたします」


マリアさんは騎士団の目をしていた。

しっかりとルイを見据えて、とても信頼できる。

そうか、今回は食事の心配もしなくちゃいけないか。

それは食事の質ではなくて、暗殺の心配だろう。

私には難しい世界かも。

でも実際にそういうことが起きるから、ルイは心配しているのだ。


「ハンス、屋敷の修繕は完了しているか」

「一部後方の壁の塗装が完了しておりません。こればかりは時間がかかりますが、国王など来賓の目に触れる部分は完了しました」

「分かった。後方ならば、後日進めよう。屋敷の警備自体に問題は起きないか?」

「それはないかと思います。今回の事件で破損した部分の修繕は完了し、結界も再度施行されております」


結界、と聞くとあの日のことを思い出してしまう。

恐ろしい夜だった。

でもあれが、アリシアのネックレスが原因だったのか、はっきり分からない。

魔女に誘われたのか、指示をされたのか、理由ははっきりとしていないのだ。

魔女とはそういう存在だとルイが言っていた。


「結界は各自の部屋にもしている。例外はユーマの部屋だけだ」

「どうしてユーマの部屋だけ結果がないのですか?」


私の問いかけには、ルイではなくユーマが答えた。


「俺の魔眼まで封じちまうからさ」

「そうなんですか?」

「ああ。それだけ立派な結界だってことだよなぁ。俺にはまず無理だわ」


ルイはそんなことまですることができるんだ。

ただの騎士団長ではない。

歴代の騎士団長は、それぞれ得意な部分が違ったと聞く。

騎士団長は剣と魔術は基本で、それ以外に何か特技があるんだろう。

貴族の娘である私にはその程度の知識しかなかった。


「お前の部屋に結界をして、何かあった時に動けなくなると困るからな」

「動けないことはねぇんだけどさぁ、やっぱりちょっと鈍るよなぁ。なんつーの、野生の血が眠っちまうみたいな?」

「お前の魔眼は俺よりも能力の方向性が違うだけだ」


そ、そんなものなのかな?

私はよく分からなくて、頷くくらいしかできなかった。


「それから、本題だ」

「本題……?」


まだ本題じゃなかったのか。

その言葉に、私はドキリと心臓がなった。

この場で話題に上がるとなれば、きっとアリシアのことだ。


「魔女についてだ」


やっぱり。

私はその話をされるのが、とても嫌だった。

私の結婚をやっと喜んでくれるようになった、アリシア。

あの子がやっと、やっと笑顔で見送ってくれるのに。


「魔女はまだ覚醒していない。だが、油断はするな」

「ルイ、アリシアには僕がつくよ」


そう言い出したのはお兄様だ。

何を言い出すのか、と思えば、お兄様は自分がアリシアの警護という名目で監視するという。


「どちらにせよ、家族席だ。側にいてくれ」

「何かあった時は、僕が全力で止める」

「……分かった」


ルイは兄の目をしっかりと見ていた。

それは信頼している証だ。

でも、兄だって本当は恋人のことを思っているに違いない。

愛する人の為、愛する人を勝ち取る為に、毎日鍛錬しているのだ。

それを無碍にしたくはないだろう。


「お、お兄様……」

「セシリアは心配しなくていいよ。何かあったら、ルイと一緒にいて」

「でも」

「いーから。ユーマもいることだし、護衛は万全さ」


護衛代はルイが支払うけどね~と兄は笑って見せる。

金額がいくらか分からないけれど、ユーマを雇うのは安くはないだろう。

彼ほどの傭兵ならば、幾らほどなのか。

私の想像の範囲ではない。

でも、守られてばかりでは……と思った時に、ハンスと目があった。


「奥様、奥様は守られるべき存在です。お気になさらず、結婚式に参加してください」

「でも」

「そうですよぉ~!花嫁にとって大事な日なんですから、護衛なんて騎士団に任せておけばいいんですぅ!」


マリアさんまでそんなことを言ってくれる。

嬉しい気持ちはあった。

でも本当にそれでいいのか、とも思う。

私はいつも守られて、何も返すことができていないような。

そんな気分になってしまうのだ。

いいえ、それが事実なんだけど。


「セシリア」

「はい」

「明日の主役はお前だぞ」

「え……?」


ルイが優しく言ってくれた。

明日の主役は、私。

私の結婚式。

いいえ、違う。


「いいえ、明日はルイと私の結婚式です。主役は2人です」


そう言った時、彼の目がとても優しく緩んだのを見た。

その赤い瞳が、まるでステンドグラスのように輝いて、私を見つめてくる。

恥ずかしくなって顔が赤くなった。


「のろけすぎじゃない、結婚式前夜に」

「お、お兄様!」

「まあ、明日は幸せで楽しい結婚式にしたいよね。家族が集まったんだし」


お兄様は、そう言ってルイを見た。

2人は義理ではあるけれど、本当に家族になれるのだ。

信頼していた仲間と家族になる。

それは、ルイにとってとても嬉しいことであり、お兄様にとっても嬉しいことなんじゃなかろうか。


「じゃあ、お兄様にとっても大事な結婚式ですね……」

「いやあ、僕が結婚するわけじゃないんだよ?変な誤解を生むような言い方は、よしてくれよ、セシリア!」


兄はそんな反応だったけれど、楽しそうだった。

毎日毎日鍛錬に励みながら、お兄様は恋焦がれている。

愛した人を手に入れる為、前を向いている。

人が変わる時を見て、私は驚きもあったけれど、感動も覚えた。


「でも、お兄様も嬉しそうです」

「まあ、喜ばしいことだよね、ウォーレンス家の娘がさ、騎士団長の妻になるなんて。いやあ、まあ、ウォーレンス家から騎士団になったのは僕が初めてだけどさぁ」


語尾はモジョモジョとしていたけれど、お兄様は幸せそうだった。

ついに、結婚式だ。

国王もやってくる。


大きなことが起きなければいいのに、と願うしかできなかった。



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