「お前ならできるさ。やり方は父と俺から聞けば十分だろう」
「な、何言ってるんですか!私は、まあ、その、確かに学園は卒業しましたけれど、その程度で……」
「子どもに読み書きを教えているんだぞ。自信を持て。他にも色々したいと言っていたではないか」
「そうですけど、そんな話って結婚式の直後にする話ですか!?」
ちょっとルイに噛みつくと、彼は少し笑った。
その笑顔はまるで少年のようで、私の好きな笑顔だ。
「だから立て込んでいる、と言ったではないか。言ったのに更に説明させる気か?」
「いえ、そういう意味では」
「じゃあどんな意味だ?まったく。お前はできることをせず、怠けるつもりか!」
そんな意味じゃない!
どうして、私の旦那様は分かってくれないの?
そう思った時、そうか騎士団って実力主義だから……と思う。
実力主義だから、それに見合うことをしない者を怠惰であり、怠け者だと認識してしまうのだ。
「私のことを過剰に、評価しておられるのではありませんでしょうか」
「丁寧に話せばいいというものではないぞ、セシリア」
「は、はあ……」
変な話になってきた。
ルイは私に父の事業をさせる気満々だ。
きっとユーマという太いつながりができたから、これから先の貿易業に兆しを見つけているのだろう。
「俺はお前を妻にすることだけが、夢ではない」
「夢!?」
「お前と家庭を築くこと、家族を増やすことも夢なんだ。そして、お前が自由に伸び伸びと生きていくことも、考えている」
「は、はい……」
「お前には商才がある。度胸もな。成長すべきところはあっても、それはすべて伸びしろでしかない。ならば、それを伸ばすのも夫の役目だ」
なんという夫の役目!
私は結婚式をしたばかりだというのに、今度は事業をしなければいけない身になるというの?
うわぁ、と思っているとルイは少年の笑顔で話を続ける。
「俺はお前の家に金を入れている」
「すみません」
「結婚する為には必要な金だ。気にするな。だが、事実は変えられない。金は作らねば生まれないものだと、お前は理解しているはずだ」
それは。
その通りだ。
父の事業が傾いて、私はお金で売られた娘だと思っていた。
でも、そうではなくて。
本当に心の底から愛してくれる人と、巡り会えたのだ。
その人は、ただ会えただけではなく、私の才能さえも見抜いてくれている。
「で、ですが、もしも、これ以上の負債を増やすなら……」
「許さん」
「う、やっぱり」
「そうなるようなことを、お前は最初から視野に入れているのか?潰れる事業だと?潰す為に金を使うつもりなのか?そこに人の人生があることを、お前は知らないのか?」
「し、知っております!父は、屋敷のメイドさえ解雇したんです!そんなこと、私は望んでいません!」
「ならば、そうならないように動くことができるはずだ」
長い足を組んで、ルイは言う。
でも、それが私にできるとは到底思えない。
私は、転生前の知識を使って事業のことを考えているに過ぎない。
机上の空論のようなものだ。
それで、実際に人の人生を支えられるはずがない。
「でも」
「不安か?」
「当たり前です」
「不安を糧に知ろ。お前は考えすぎだ。まあそう言った冷静な部分が、ユーマの心を動かしたのかもしれないがな」
「あの、ユーマと何かお話になったのですか?」
あの謎多き筋肉質の男。
旅をしながら、依頼主の欲しているものを探し当てる男だ。
彼は他国と太い関係があるようで、ルイはそれに気づいて、ユーマを近くに置いているに違いない。
「アイツの雇い主は、なかなかに高級なものを求めているようだ」
「それは、確かに。希少なものなど、とても求めておられます。今後も海の花だけでなく、各地で珍しいものや、希少なものなど、うちから買ってくださるとの話でした」
「ああ。ユーマはかなりの目利きでもある。アイツの目を騙すことはできないが、その分、正当な価値を伝えることはできる」
「正当な価値……」
「正当な価値を伝える為には、正直者がいる」
「正直者?」
正直者とは、と私が首を傾げると、ルイは目玉が飛び出らんばかりの勢いで、こちらを見てきた。
何の話か、と私は首を傾げたままである。
「お前、本当に自覚がないのか?」
「自覚、とは」
「お前ほどの正直者は類を見ないぞ」
「はあ……?え、そうですか!?」
無自覚だった、と言えば聞こえはいいが、私は自分のことをそんな風に感じたことはない。
何かと嘘はついてはいけない、とか、悪いことはしてはいけない、と思っていたけれど。
まあそれは、妹の存在があったから。
アリシアの前で、私はいいお姉ちゃんでいたかった。
「正直者のお前の話は、納得できる。ユーマもお前を信用しているしな」
「父や兄が頼りないからかと……」
「お前の父は少々甘い貿易商ではあるが、悪い仕事はしていない。カリブスも馬鹿ではあるが、別に悪い人間ではない。騎士団にいた男が、悪い男なわけがないだろう。国王でさえ、気に入っているんだぞ」
「た、確かに、それは」
「だが、そんな2人よりもお前の方がユーマの信用を得た。いや、実際に得ている状況が継続している。ならば、それをしっかりと活用してほしい」
ルイは、優しい目をして私を見た。
そ、その目は反則じゃないかしら?
綺麗な赤い瞳が、私を捉えて離さないのだ。
そして、彼は私のもっとも弱い部分をよく知っている。
「お前が事業をしっかりと行えた暁には、妹の学費の面倒も見よう」
「分かりました!頑張ります!」
そう、妹。
大切なアリシア。
どんなに家族がいても、兄が騎士団であっても、私は妹が一番大事なのだ!
妹が学園に行くのは嬉しい。
しかし、正直なところ学費の工面は、非常に心配で不安なところだった。
父は、長年勤めてくれていた、信頼できるメイド長さえ、解雇してしまっている。
家のことを理解している私にとって、それは暴挙としか言えない行いだった。
メイド長がいなければ、家の中のことが回らないというのに。
同時に、信頼を寄せていたはずの相手を見捨てられるなんて、信じられないという気持ちもあった。
それくらいに我が家の経済が困窮していることに、驚きもした。
そうなれば、妹のことはどうなるのか。
家にいる間の世話や護衛さえ、不安になるはず。
しかし、父は目の前の金にしか見ていない。
そうなれば、アリシアが卒業するまで学費を払えるのか?十分な資金を持って、あの子の学園生活を支えてあげられるのか?不安だった。
でも、そこをルイが解消してくれるなら嬉しい!
しかも、私の頑張りさえあればいいのなら、尚のこと嬉しい。
頑張ることと、妹のことが重なれば、お姉ちゃんはとても頑張れる!
「さすがに嫁に行く先までは面倒を見らんぞ」
「いえ、それはご心配なく!」
「まあ、器量がよければ嫁に行く先は自然と見つかるだろう」
ルイはそんなことを言うけれど、アリシアは王子との将来が約束されているの!
だからいいのよ!
私は自分の努力と、アリシアの未来が結びついて、とても嬉しかった。
これから先、私の頑張りがあの子の将来になるのだ!
「ちょっと!!ルイ!!」
急にドアが開かれて、入ってきたのはお兄様だった。
お兄様は、手紙のようなものを握り締めて、ルイの目の前に立っている。
異様な光景だ。
騎士団長の目の前に立つ、金髪の色男。
それ、私の兄なんです。
「勝手に入ってくるな、カリブス!」
「ちょっと、この手紙を見てよ!」
「他人の話を聞け!」
「いいから見てよ!!」
兄が開いた手紙には、決闘日時の変更が記されている。
指定の日時は数日後。
つまり、移動の日時を考えると、明日にでも出発しなければ間に合わない。
「変更されてる!!」
「見れば分かる!」
「間に合わないよ!」
手紙を突き付ける兄を、ルイは睨んだ。
その手紙を取り上げて、言う。
「覚悟は決まったのか?」