赤毛をまとめて、綺麗に結い上げ、男のような格好をしている妹を見るのは初めてだった。
カリブスは妹が男のような格好で、上手に馬に乗っている姿を見て、少々驚いていた。
昔から何かとお嬢様としてのことよりも、体を動かすことが好きで、しかし傍と見れば本ばかり読んでいたり、勝手に厨房に入り込んでいたりする。
分かった妹だ、血が繋がらないのだから致し方ないのか、と思っていたが、実のところ羨ましくもあった。
血の繋がらない妹は、妹なりに優秀で、思ったよりもいい成績を学園で残している。
上から数えた方が早いくらいの成績、真面目さ、優秀さ、勤勉、と頭のよさは品性のよさ、と思われるくらいの様子はあった。
優秀な妹を紹介してくれ、と何度か言われたこともある。
しかし、一度も妹を紹介することはなかった。
なぜなら、あの騎士団長―――ルイフィリア・レオパール・グラースから妹は誰にもやるな、と忠告を受けていたからである。
それを言われていた当時は、自分の妹だから何かと面倒事を起こすな、という意味だと思っていたが、実は違ったのだ。
ルイフィリアという真面目な男が、妹に片恋していた。
しかも、図書館で見かけた妹に一目惚れだ。
あのルイフィリアが、とカリブスは何度も思ったものである。
カリブスにとってルイフィリアは、兄弟のようなものだ。
学園では勉強を教えてくれるよき兄であり、騎士団では的確な指示を出してくれる先輩のような存在。
あの背中についていけば、間違えはないだろうな、と思わせてくれる。
ルイフィリアも、カリブスを実の弟と同じように可愛がってくれた。
優しくもあり、厳しくもある。
丁寧でもあり、程よく緩やか。
いい男だ、とカリブスは何度も思った。
彼にとって、ルイフィリアはすでに家族のようなもの。
彼の父、前騎士団長とその妻からも、カリブスは大変可愛がられた記憶がある。
実の両親は、カリブスを嫡男とは見ていたが、大して手をかけることもなく、大して愛情と呼べるものを与えてくれることもなかった。
むしろ、妹たちの方が愛されていたように思う。
見目は似たようなものだろうが、男児よりも女児を可愛がるのは、貴族では珍しい。
本来なら、嫡男を可愛がって、娘はいい家柄に嫁げれば御の字と思うのが普通なのだ。
しかし、カリブスの両親は違った。
妹たちの方に関心が強く、カリブスが家を空けても大して問題視しない。
だからこそ、黙って騎士団へ入団した。
父には適当に世間を見て回る、勉強の続きがある、と誤魔化した。
騎士団からはちゃんとした配当があり、金や生活に困ることはない。
だから、両親の手を煩わせることもなかった。
それが大きかったのかもしれない。
カリブスは、騎士団でも五指の指に入るほどに強い剣士として育つ。
入団当初より、騎士団長の目に留まるほどの実力はあったが、それをさらに伸ばしてくれたのはハンスだ。
鬼のよう厳しく鍛え上げられ、何度も膝をつきながら、カリブスは剣を磨いた。
彼自身分かっているのだ。
自分には、家業を継げるほどの才能や頭の回転はない。
むしろ、剣を振るう方が体に馴染むし、やりやすい。
だから、勝手に騎士団で過ごして、勝手に騎士団と行動し、勝手に戦争にも行った。
もしも死んだら、哀しむのは妹たちだけだろう。
そんな儚い思いを抱きながら、カリブスは功績を挙げて行った。
仲間やルイフィリアと過ごした日々は、とても楽しくて、とても充実していた。
かつては綺麗だった金色の髪が、毛先から痛んできても、そこだけを切ってしまえば気にならない。
それくらいに、貴族の生活から遠のいていたのだ。
そして、そんなカリブスは彼女と出会った。
魔女との戦いは、騎士団の本来の目的だ。
騎士団は国を守るのではなく、魔女を討伐する為に存在している。
それが現在は形を変えて、国を守る、国民を守ると言われているだけであった。
それを知るのは、騎士団の中でも一部だけ。
カリブスはルイフィリアに近かったので、知ることになる。
東の山岳地帯で、内戦が起こっているのを止めに行くために騎士団は動き出し、その中にカリブスもいた。
その内戦の中で、彼女と出会う。
野性的な瞳や肌を持った、その娘は、初めからカリブスを相手になどしておらず、カリブスもそんな娘を気にも留めなかった。
だが、慣れない山道で怪我をしたカリブスを彼女は助けてくれたのである。
初めて助けられ、女性の優しさを受けたカリブスは、瞬く間に恋に落ちた。
彼女は部族の長の娘であり、そんな恋が許されるわけもない。
カリブスが彼女へ愛を伝えても、許されることはなかった。
魔女の情報を得る為に、部族の話を聞きたかった騎士団であるが、それは叶わなかった。
むしろ、カリブスは追い出され、騎士団も部族から拒絶される。
それでも娘を忘れられなかったカリブスは、何度も懇願したが、ついにそれは実ることなく、それは同時に彼の気持ちさえも潰してしまっていた。
愛が実らなかったことにより、カリブスは剣士としてのやる気も亡くなってしまう。
剣を握ってもまともに振れず、ついには剣から離れ、騎士団を脱退した。
その時はすでに、ルイフィリアが騎士団長になっており、多くのことが変わっていく最中のこと。
止めるルイフィリアを振り切って、カリブスは逃げるように実家に戻ったのだ。
騎士団のことも、娘のことも忘れよう。
すっかり綺麗に忘れて、後は家業に専念しよう。
そう思ってやってみたが、案の定上手くいかなかった。
みるみる私財は減っていく。
どうしてこんなに速く金がなくなっていくのか、理解できない。
何が間違っているのか、カリブスには見当もつかなかった。
娘を忘れようと、どこぞの貴族の令嬢に声をかけても相手にされず。
そんなことの繰り返し。
ついには声をかける令嬢からも、冷たくあしらわれる始末。
そんな折、急にルイフィリアから実家に連絡があった。
それがセシリアへの結婚の申し込みだ。
セシリアは実家を再建する為に、嫁に出た。
なんと清々しい妹だろう、と思う。
そう思うと、更に自分が情けなく思えてしまうのだった。
カリブスの想像するルイフィリアは、真面目で気品あふれる、まさに騎士団長になる為に生まれてきたような存在だ。
だから、我が家のようなところから嫁をもらっても上手くは行かないのではないか、と思っていた。
特にあのセシリアだ。
真面目で無口、やることなすこと、少し貴族の令嬢としては離れている。
そんな妹がルイフィリアに受け入れられるのか、と思っていると、気づけば2人は初対面なのに仲が良く、結婚式の前までに仲が良くなっていた。
夫婦とはそうやってできあがるのか、と初めて知った瞬間である。
同時に、カリブスは自分が家に戻ったのは、自分の情けなさだけではないことも分かっていた。
なぜなら、末の妹であるアリシアは、覚醒すれば世界を滅ぼす魔女だと分かっていたからだ。
騎士団が長きに渡っても、その魂の根絶ができず、転生を繰り返す魔女。
幼いアリシアは、金色の髪に青い瞳をした美しい少女なのに、その中には魔女のすべてを持って生まれてきている。
我が家から魔女を出せば、ウォーレンス家は一気に没落するだろう。
その前に、セシリアが嫁いだのはいいことだったと思う。
先の戦争で、カリブスは魔女のことを理解していた。
魔女という悪女は、世界を滅ぼす為ならば手段を選ばない。
妻を守れなかったと、ハンスが落ち込む姿も何度も見た。
カリブスの中には、家族としてアリシアを守るということよりも、世界と家族を守る為にアリシアを殺すことの方が、意義のあることに思えてならなかった。
さまざまなことを考えるうちに、馬は東の国の山岳地帯を目指してさらに進んで行く。