貴族の家にとって、男の子と女の子の差はとても大きなものだ。
時に女の子は別の家との関係性を作る為に、大事な材料として利用することもある。
嫁に出すことで、他の家とのつながりができるからだ。
中には、娘をしっかりと教育し、結婚後に上手くやる貴族の家もあるくらいだ。
そうなれば、女の子も重要な存在として育てられることもある。
我が家の場合、正直な話、すべてが中途半端だったと思う。
兄は学園を卒業するとともに、家を出て行った。
それは本当は騎士団に入団していたのだけれど、家族からすれば、どこかに遊びに行ったかのようにとらえていたのである。
そして、残されたのは養女と幼い実の娘。
私は、学園での成績だけは落とせない、と思っていたので、とにかく勤勉に生き続け、評価が下がるようなことは一切しない。
どんなことがあっても、家の評判が下がったり、傷が入るようなことをしてはならない、と思っていたから。
兄が命を張って騎士団にいた頃、私は必死に学園で勉強を続けていたわけだ。
その唯一の生き抜きが読書だった。
学園の図書館にある本は、私を助けてくれる存在。
課題について調べることもあれば、楽しい本もある、さまざまな知識を得ることもあれば、感動して泣くことも。
そんな私をルイが見ていたなんて、知りもしなかったけれど。
本来、貴族の家は学園にいる間からとても教育熱心だ。
寮に入れていても、通学させていても、教育として大きな変化はない。
むしろ、学園に行っているのだから、とより教育熱心になる。
家族の期待を背負う子たちが多い中、我が家はそうでもなかった。
父は、事業の安定のために家を空けていることが多く、母も趣味のために外に出ていることが多かったから。
だから、アリシアを守り抜いたのは私である。
学園に通学する日々の中でも、妹だけは大事にしていた。
どうして両親はこんなに、子どもたちに興味がなかったのだろうか。
今思えば、それは興味が別のところにあったからだろう。
私が孤児院からもらわれてきた時は、私に関心があった。
でも時間が経てば、そういう気持ちも薄れてしまうもの。
兄は兄で。
私は私で。
両親からの関心を受けていない、と感じていたのだ。
しかしそんな私たちも前に進んだ。
兄は愛する人を求め、決闘の場に立つ。
私はルイと結婚し、グラース家の人間となった。
2人とも大人になったのである。
両親からすれば、私たちは子どもでありながら、もう別の存在として歩んでいた。
「……お兄様、やはり寂しかったのでしょうか」
「私はそうかと思っておりました、奥様。カリブス様は常に人と一緒におられましたし、貴族の嫡男の割には、騎士団の団体行動も平気なようでした」
「そうなんですね……」
「貴族出身の者は、騎士団に入団してまず苦労するのは団体行動です。旦那様は幼少期より教え込まれておられましたが、それでも苦労しておられました」
「き、騎士団ってそんなに大変なんですか?」
「そうですね……」
ハンスは片づけをしながら、過去の話をしてくれる。
騎士団として一度戦地に赴けば、その後すぐに団体行動だ。
寝食すべてが騎士団の仲間と一緒になる。
個人的な時間は基本的になく、寝る場所でさえ誰かと一緒になってしまう。
「遠征の地域によっては冷えますから、団員は寄せ集まって寝るんです。それでも寒さの厳しい場所では、朝になれば死んでいる者もおりました」
「そ、そんなに……」
「旦那様は、そういったことをご存じなので、奥様をお連れになることに反対なさったのですよ。東の国方面は、寒さの厳しい山々もありますので」
「寒いんですか?私、寒いのは平気です」
老舗温泉旅館の跡取り娘でしたから!と言いそうになって、止めた。
かつての私の家は、冬は厳しい寒さだった。
私の部屋なんて、暖房もない寒さで、震えながら布団にくるまって寝ていたのを思い出す。
「そうなのですか?ですが、奥様のご実家方面は、暖冬の地域ではございませんか?」
「え、あ、はい、そうですね、まあ冬はあったかい方といいますか!あはは!」
笑って誤魔化した。
誤魔化すしかない、と思ったのである。
今から大変な決闘があるというのに、私のことでおかしな話になっては困るのだ。
何とかハンスを誤魔化し、私は、話を兄のことに戻した。
「ハンスは、お兄様と恋人のことをどう思っていますか?」
「それは……」
「あ、気にしないでください。率直な意見を聞きたかっただけなんです」
「そうですね……お2人は運命の相手と言いますか」
「運命!?」
きゃ!?
運命だなんて!?
なんてキラキラ輝くような恋物語なの!?
私は1人でとても喜んでいた。
「奥様?」
「あ、はい!運命の相手だなんて、最高ですよね!?」
「奥様は、恋愛話がお好きのようですねぇ」
優しい目でハンスは私を見てくれた。
そうなのである。
恋物語は、女の子にとって原動力なのだ!
本を開いて、そこに紡がれる多くのことが、私にとって輝く力のようなもの!
「旦那様も奥様と運命の出会いでしたし」
「そ、それは」
「私も妻と出会ったのは偶然でした。旦那様のご両親もです。運命とは不思議なものですね」
ハンスは、そう言って昔を思い出しているのではないか、と思う。
彼にとって、愛する人との思い出は美しいものばかりではなかったはず。
魔女になってしまった妻。
その妻を討った騎士団。
そこにいたハンス。
辛く、苦しい日々や思い出。
その中で、ほんの少しだけでも明るく、楽しい、幸せな思いでを頼りに、彼は生きているのだ。
その時、茂みの方で音がした。
その瞬間、ハンスが私を背中に隠し、剣を抜く。
年齢からは考えられないような、速さだった。
「奥様、お下がりください!」
「ハンス!?」
茂みから出てきたのは、少年だ。
腕に傷を負った彼を睨み、ハンスは剣を下ろさない。
「ハンス、怪我をしている子どもです!」
「奥様、油断してはなりません。この森に子どもなどいるはずがありません!」
ただの子どもでないなら……山岳地帯の部族?
その子ども?
でも怪我をしているなら、助けてあげなきゃいけない、と私は思ってしまう。
ハンスは私を守りながら、指で音を鳴らした。
それは騎士団だけに伝わる音で、危険と位置を知らせるものである。
つまり、ルイが呼ばれたのだ。
「奥様、旦那様が来られましたら、すぐにこの場を離れてください!」
「でもハンス、相手は子どもで、怪我を!」
「油断してはなりません。この森では、すべてが敵だと思ってください!」
そんな、と思った瞬間。
私は後ろに引かれ、倒れるようにして誰かに引っ張られた。
ルイ?と思ったけれど、違う。
その存在は私を抱きかかえ、走り出した。
口を押えられ、声も出せない。
うそ、まさか、こんなことって!?
私は今にも泣きそうになりながら、自分を捕まえた存在を見る。
長く毛深い髭を生やした、屈強な男だ。
めまいがするくらいの、恐怖。
このまま連れていかれる、と思った瞬間、その男に蹴りが入った。
私は放されたが、吹き飛ばされて地面に倒れる。
「セシリア!?」
蹴りを入れた存在は、すぐに私を抱きしめてくれた。
ルイだ。
私の夫。
安心して彼に抱き着いていると、私を捕まえた男をユーマが殴って倒していた。
「すまん、離れてしまって」
「え、あ、あ、はい」
「大丈夫か?」
「はい……」
油断していた自分が悪い、と分かっている。
でも、それ以上に、これから進もうとしている場所が危険であることも理解できた。
こんなに危険だなんて、想像していなかったの。
もしかしたら、話し合えばなんとかなるんじゃないか、嫌な言い方だけど、お金や何か物と引き換えに、交渉が成立するんじゃないかって思っていた。
そんなの、甘すぎた。
甘すぎて、どうしようもないくらい、馬鹿な考えだった。