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第90話

貴族の家にとって、男の子と女の子の差はとても大きなものだ。

時に女の子は別の家との関係性を作る為に、大事な材料として利用することもある。

嫁に出すことで、他の家とのつながりができるからだ。

中には、娘をしっかりと教育し、結婚後に上手くやる貴族の家もあるくらいだ。

そうなれば、女の子も重要な存在として育てられることもある。


我が家の場合、正直な話、すべてが中途半端だったと思う。

兄は学園を卒業するとともに、家を出て行った。

それは本当は騎士団に入団していたのだけれど、家族からすれば、どこかに遊びに行ったかのようにとらえていたのである。

そして、残されたのは養女と幼い実の娘。

私は、学園での成績だけは落とせない、と思っていたので、とにかく勤勉に生き続け、評価が下がるようなことは一切しない。

どんなことがあっても、家の評判が下がったり、傷が入るようなことをしてはならない、と思っていたから。


兄が命を張って騎士団にいた頃、私は必死に学園で勉強を続けていたわけだ。

その唯一の生き抜きが読書だった。

学園の図書館にある本は、私を助けてくれる存在。

課題について調べることもあれば、楽しい本もある、さまざまな知識を得ることもあれば、感動して泣くことも。

そんな私をルイが見ていたなんて、知りもしなかったけれど。


本来、貴族の家は学園にいる間からとても教育熱心だ。

寮に入れていても、通学させていても、教育として大きな変化はない。

むしろ、学園に行っているのだから、とより教育熱心になる。

家族の期待を背負う子たちが多い中、我が家はそうでもなかった。

父は、事業の安定のために家を空けていることが多く、母も趣味のために外に出ていることが多かったから。

だから、アリシアを守り抜いたのは私である。

学園に通学する日々の中でも、妹だけは大事にしていた。


どうして両親はこんなに、子どもたちに興味がなかったのだろうか。

今思えば、それは興味が別のところにあったからだろう。

私が孤児院からもらわれてきた時は、私に関心があった。

でも時間が経てば、そういう気持ちも薄れてしまうもの。


兄は兄で。

私は私で。

両親からの関心を受けていない、と感じていたのだ。


しかしそんな私たちも前に進んだ。

兄は愛する人を求め、決闘の場に立つ。

私はルイと結婚し、グラース家の人間となった。

2人とも大人になったのである。

両親からすれば、私たちは子どもでありながら、もう別の存在として歩んでいた。


「……お兄様、やはり寂しかったのでしょうか」

「私はそうかと思っておりました、奥様。カリブス様は常に人と一緒におられましたし、貴族の嫡男の割には、騎士団の団体行動も平気なようでした」

「そうなんですね……」

「貴族出身の者は、騎士団に入団してまず苦労するのは団体行動です。旦那様は幼少期より教え込まれておられましたが、それでも苦労しておられました」

「き、騎士団ってそんなに大変なんですか?」

「そうですね……」


ハンスは片づけをしながら、過去の話をしてくれる。

騎士団として一度戦地に赴けば、その後すぐに団体行動だ。

寝食すべてが騎士団の仲間と一緒になる。

個人的な時間は基本的になく、寝る場所でさえ誰かと一緒になってしまう。


「遠征の地域によっては冷えますから、団員は寄せ集まって寝るんです。それでも寒さの厳しい場所では、朝になれば死んでいる者もおりました」

「そ、そんなに……」

「旦那様は、そういったことをご存じなので、奥様をお連れになることに反対なさったのですよ。東の国方面は、寒さの厳しい山々もありますので」

「寒いんですか?私、寒いのは平気です」


老舗温泉旅館の跡取り娘でしたから!と言いそうになって、止めた。

かつての私の家は、冬は厳しい寒さだった。

私の部屋なんて、暖房もない寒さで、震えながら布団にくるまって寝ていたのを思い出す。


「そうなのですか?ですが、奥様のご実家方面は、暖冬の地域ではございませんか?」

「え、あ、はい、そうですね、まあ冬はあったかい方といいますか!あはは!」


笑って誤魔化した。

誤魔化すしかない、と思ったのである。

今から大変な決闘があるというのに、私のことでおかしな話になっては困るのだ。

何とかハンスを誤魔化し、私は、話を兄のことに戻した。


「ハンスは、お兄様と恋人のことをどう思っていますか?」

「それは……」

「あ、気にしないでください。率直な意見を聞きたかっただけなんです」

「そうですね……お2人は運命の相手と言いますか」

「運命!?」


きゃ!?

運命だなんて!?

なんてキラキラ輝くような恋物語なの!?

私は1人でとても喜んでいた。


「奥様?」

「あ、はい!運命の相手だなんて、最高ですよね!?」

「奥様は、恋愛話がお好きのようですねぇ」


優しい目でハンスは私を見てくれた。

そうなのである。

恋物語は、女の子にとって原動力なのだ!

本を開いて、そこに紡がれる多くのことが、私にとって輝く力のようなもの!


「旦那様も奥様と運命の出会いでしたし」

「そ、それは」

「私も妻と出会ったのは偶然でした。旦那様のご両親もです。運命とは不思議なものですね」


ハンスは、そう言って昔を思い出しているのではないか、と思う。

彼にとって、愛する人との思い出は美しいものばかりではなかったはず。

魔女になってしまった妻。

その妻を討った騎士団。

そこにいたハンス。

辛く、苦しい日々や思い出。

その中で、ほんの少しだけでも明るく、楽しい、幸せな思いでを頼りに、彼は生きているのだ。


その時、茂みの方で音がした。

その瞬間、ハンスが私を背中に隠し、剣を抜く。

年齢からは考えられないような、速さだった。


「奥様、お下がりください!」

「ハンス!?」


茂みから出てきたのは、少年だ。

腕に傷を負った彼を睨み、ハンスは剣を下ろさない。


「ハンス、怪我をしている子どもです!」

「奥様、油断してはなりません。この森に子どもなどいるはずがありません!」


ただの子どもでないなら……山岳地帯の部族?

その子ども?

でも怪我をしているなら、助けてあげなきゃいけない、と私は思ってしまう。

ハンスは私を守りながら、指で音を鳴らした。

それは騎士団だけに伝わる音で、危険と位置を知らせるものである。

つまり、ルイが呼ばれたのだ。


「奥様、旦那様が来られましたら、すぐにこの場を離れてください!」

「でもハンス、相手は子どもで、怪我を!」

「油断してはなりません。この森では、すべてが敵だと思ってください!」


そんな、と思った瞬間。

私は後ろに引かれ、倒れるようにして誰かに引っ張られた。

ルイ?と思ったけれど、違う。

その存在は私を抱きかかえ、走り出した。

口を押えられ、声も出せない。

うそ、まさか、こんなことって!?

私は今にも泣きそうになりながら、自分を捕まえた存在を見る。

長く毛深い髭を生やした、屈強な男だ。

めまいがするくらいの、恐怖。

このまま連れていかれる、と思った瞬間、その男に蹴りが入った。

私は放されたが、吹き飛ばされて地面に倒れる。


「セシリア!?」


蹴りを入れた存在は、すぐに私を抱きしめてくれた。

ルイだ。

私の夫。

安心して彼に抱き着いていると、私を捕まえた男をユーマが殴って倒していた。


「すまん、離れてしまって」

「え、あ、あ、はい」

「大丈夫か?」

「はい……」


油断していた自分が悪い、と分かっている。

でも、それ以上に、これから進もうとしている場所が危険であることも理解できた。

こんなに危険だなんて、想像していなかったの。

もしかしたら、話し合えばなんとかなるんじゃないか、嫌な言い方だけど、お金や何か物と引き換えに、交渉が成立するんじゃないかって思っていた。


そんなの、甘すぎた。

甘すぎて、どうしようもないくらい、馬鹿な考えだった。



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