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第92話

「わ、分かった……でも、途中で気が変わったとか、条件が変わったなんてことにはならないか?」

「貴様、俺が誰か分からないのか?騎士団長だぞ。後ろの老兵は副団長だ。そして、妻も同席している。嘘をつく余地がない。そんな小賢しい真似をせずとも、貴様の実力があれば試験を合格し、なければ落ちるだけのこと」


騎士団のことになると、ルイは人が変わったように話す。

彼にとって、騎士団は大事な仲間であり家族なのだ。

私はすべて分かっていて、交渉の材料にした。

本来ならば、怒られても仕方がないはず。

しかし、ルイは怒るどころか、活用してくれた。


こうして我々は彼らの誘導で、山岳地帯の部族と対面することになる。

彼らは、部族の中でもかなり若い部類らしい。

部族は、そもそも数が少ないのだが、その理由として長命であることが言えた。


「長は魔術の使い手でもあるが、長の血を分けた人間は長生きなんだ」


少年がやっと少年らしい顔をする。

部族の中の秘密を見て、少年の心に恐怖が湧いたのかもしれない。

事実、そんな不思議なことがあれば、理由を知りたくなったり、恐れることは人として当たり前だろう。


「魔術や魔力の使用は、国によって統制がとられている。それを守らない部族が多くなっていることも、騎士団介入の理由だ」

「魔術を扱うことから、魔女との関係性も疑われたわけですね?」

「そういうことだ。魔女は国の規制など守るわけがない。部族も長き月日、国王の指示を無視し続けた結果、騎士団の介入になったのだが……」


結果はよくはなかった。

そもそも常に部族同士で争っているようなところに、騎士団が介入したからといって、上手くいくはずもないのだ。

争いの最中に、魔女が動き出す。

戦争が起きる、騎士団が弱体化させられる。

その繰り返しを長年してきたのであろう、と思った。


「俺らの一族は、ついに子どもが生まれなくなったんだ」

「え?」

「何の理由か分からないが、子どもが生まれなくなって……俺が一番年下だよ」


少年は、聞けば18歳という。

私と同い年だった。

でもじゃあ、この18年間新しい命が生まれていないってこと?

そんなことってあるのかしら。


「近親婚の呪いだろうなぁ」


ポッと言ったのはユーマだった。

彼は部族のことを知っているようで、この部族には近親での子どもに呪いがかかっていると言う。

詳しいことは分からないが、その呪いによって近親婚が繰り替えされると子どもが生まれなくなる。

私からすると、むしろそれは近親婚の「呪い」ではなく「危険な子どもが生まれないような仕組み」なのではないか、と感じた。


「魔力が高いとそういうこともあるもんだ。世の中には、そんな子どもが生まれたら、わざと捨てたりもするんだぜ」

「捨てる……」

「ユーマ!もうそんな話はいいだろう!」


私とユーマの間に入ってくれたのは、兄だった。

そう、私は親から捨てられた子なのだ。

その時の記憶はないのだけれど、物心がついた時から実の両親はなく、孤児院で育った。

母が赤毛の私を気に入って、もらってくれたから貴族の養女になれたけれど、なれない子の方がたくさんいる。

それが、当たり前。

私はとても運がよかったのだ。


「先を急ごう。彼らの足は速い」

「山歩きに慣れてるからだろうなぁ」


慣れていないのは私だけだ。

彼らは、部族のところまで最短の道を教えてくれると言った。

しかし、そこに馬は連れていけないので、彼らの知っている人間に預けることになる。

ルイは家族と別れる時のように、ユキとの別れを惜しみ、もしも何かあったらこの近辺すべてを焼き払う、と脅してまでいた。

こんな世界だから、馬の世話をするよりも売り払った方が早い。

でもユキは早々他人に懐かないから、大丈夫だと思うけど。


「ルイ」

「セシリア……」

「ユキはいい馬ですから、あなたのことを忘れたりしません」

「そうだな」


明らかに落ち込んでいるルイ。

それだけ馬が好きなのだ。

でも、ユーマも自分の愛馬を置いてきたから、落ち込むかと思えば、いつもと同じ調子で過ごしていた。


部族のところまでは、近道と言っても歩くにはかなり厳しい道のりを進む。

馬で行けない場所は危険な場所だ、と私も理解していた。

けれども迷ってはいられないので、前へ進むしかない。


ユーマは割と慣れているのか、厳しい道のりや危険な崖などを見ても、顔色1つ変えなかった。

でも私はびっくりだ。

ハンスやお兄様だって、ここを進むのか、と苦い顔をしたくらい。

けれども、ルイは辛抱強く、黙って歩みを進めていく。


「セシリア、歩けるか」

「はい、歩くのは平気なのですが……足場が悪いので、ちょっと」

「無理をさせる。すまんな」

「いえ、頑張ります!」


自分にできることをする、と決めたのだから。

そして交渉したのは、私自身だ。

この道を掴み取ったのは、私。

だから、私もこの危険な山道を進まねばならない。


「アンタ、本当に貴族の娘なのか?」

「え?」

「だってさ」


不意に少年が私に話しかけてきた。

彼も、少なからず貴族がどんなものかは知っているらしい。

煌びやかな生活、美しい服装、豪華な家。

金に困ることもなく、日々を遊んで暮らせるようなもの。

そこで生まれた子どもは、難なく生きていくのだ、と。

確かに、私以外はほとんどが、そういった生活をしていると思う。

でも、私は違うのだ。


「き、貴族の家だけど……うちは傾いていて」

「傾く?」

「け、経済的によ?父の事業が上手く行かなくなっているの。だから私は、お嫁に……」

「へぇ、そんなこともあるんだな。貴族のことは見た目しか知らねぇからさ。まあ俺たちの部族も似たようなもんだよ。部族の中で権力を持った者や、持ちたい奴らが結婚したり、近づいたりするんだ」


本来は、貴族もそうだ。

結婚により、お互いの利益を生むために結婚したり、嫁に出したりする。

我が家の場合も、騎士団長のルイから私への結婚の申し込みがあったからよかったものの……。

もしも、申し込みがなかったら、私はただの行き遅れだったかもしれない。


「でもアンタ、あの人と兄妹なんだろ?あんまり似てないよな」

「わ、私は養女なのよ。だから……」

「赤毛に緑の瞳、祖母ちゃんの話してた寝物語にも、よく出てくる女だなぁ」

「どんな寝物語ですか?」


私が尋ねると、少年はうーん、と唸り、祖母のことを思い出そうとしているのか、何度か瞬きをした。

寝物語って、子どもを寝かしつける時に話してあげるやつよね。

私はアリシアにたくさん話してあげたり、本を読んだけれど、私自身にはその経験はほぼない。


「魔女が薬を作るたに、赤毛を欲しがるって話」

「え、なんですか、ソレ?」

「若返りの秘薬を作るためには、赤毛が必要って話だよ。祖母ちゃんはさ、山の日暮れが早かったり、天気が変わりやすいのを子どもに教えるために、そういう話をしてたんだ」

「赤毛と天気……どう関係が」

「うーん、時間通りに家に帰らないと、お天道様がお前の髪を赤く染めちまうぞって。染めた赤い髪をこわーい魔女が抜きに来るって、話」


変な話……と、私は思いながら、ふと考えた。

魔女の出てくる話は、貴族の近辺ではほとんどない。

アリシアに聞かせたことなんて、一度もなかったし、そんな本は一切なかった。

でも土地が変わると、口伝の中にも魔女がいる。

やっぱり、この部族は何かしら魔女のことを知っているに違いないわ。


「そうやってさ、時間通りに家に帰れよとか、いつまでも外に出てるなってことを子どもに伝えるために、部族の年寄りは話をするんだよ。でもその中にはしょっちゅう赤毛とか緑の瞳とか、出てくるなぁって」

「色合いがはっきりしていて、分かりやすいんじゃないでしょうか?」

「あー、それはあるかもな。子どもでも分かりやすい色だ!」


こ、子どもでも分かりやすい色!?

転生した赤毛のアンは、酷い言われようです。


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