「こっちの国じゃあ、赤毛や緑の瞳は珍しいもんなぁ。嬢ちゃんの故郷は、もしかしたら東の方かもしれねぇぞ」
不意にユーマがそんなことを言い出した。
彼の知り合いにも、私と似た色合いの人がいるらしい。
以前、そんな話をしていた。
「東の方じゃ、嬢ちゃんみたいな色の人間は多くはないが、いるぜ。しかも魔力も高いし、魔術も扱える。まさに、魔女だな」
彼がそう言った瞬間、ルイがユーマの胸倉を掴んだ。
その目は真っ赤に染まり、怒りを露わにしている。
「ユーマ、お前には世話になっているし、これからも世話になるつもりだが!俺の妻を侮辱することは許さんぞ」
「おいおい、騎士団長様よぉ、アンタもこういう話はたくさん聞いたことがあるだろ?よその国じゃあ、アンタみたいな見た目は迫害される。金の髪に赤い目だよ。それと同じで、赤毛だと魔女と呼ばれる場所だってあるわけだ」
「ユーマ!!」
「怒鳴りなさんなって。俺だって雇い主が嬢ちゃんと同じだ。まあ、あれはたしかに魔女と言われてもおかしくはねぇが、中身が悪とは言ってねぇ」
ルイの手を掴み、ユーマは彼を見ていた。
私は、ふと思う。
彼の言いたいことは、もしかして、魔女と呼ばれるのは見た目も関係しているかもしれないってこと?
でもそれなら、さまざまな形で、多くの場所で、「魔女」と形容される存在がいるかもしれない。
そのまま受け取ってしまえば、ただの寝物語。
でもそこにもっと別の意味、別の存在がいるとしたら。
私は、転生前から培ってきた読書力をフル活用できる!と思った。
「セシリア、気を悪くするなよ。余所の国は、文化も習慣も違っていて……」
「気にしていません、ルイ。それよりもそう言った、魔女の話をたくさん聞かせて欲しいんです!」
そこに、妹を救う何かがあれば。
私はあの子を救いたい。
あの子を守るために、あの子を魔女にさせないために、頑張るんだ。
お姉ちゃんだから。
いいえ、アリシアのお姉ちゃんとして、転生した意味はそこかもしれない!
「まあ、色々話してやりたいのは山々だけどさ。着いたぜ」
林を抜け、崖の先。
そこには賑やかで活気のある、藁ぶき屋根や簡単な造りの小屋が立ち並ぶ村があった。
「ここから先は部族の土地だ。アンタらが歓迎されるかは、分かんねぇけどな。でも約束は守れよ?俺たちは外に出たい。他にも外に出たい奴らはたくさんいる。そういう奴らにも機会を恵んでほしい」
「約束は守ります。ただし、ここに入って、無事に出てくることができれば、というのも追加かしら……」
「ああ、そりゃそうだろ?そんなん最初から、俺は入ってるもんだと思ったけど。だから俺らは、アンタらを生きて帰すよ」
そうは言いつつも。
目の前に屈強な男性陣が揃って来た。
村に入る初めの一歩は、大変厳しそうである!
山で暮らしている男性たちは、騎士団とは別の意味で屈強な印象だ。
むしろ、筋肉隆々のユーマに近い気がする。
しかし彼自身は何も気にする様子がなく、ただ男たちを見つめていた。
剣もナイフも握っていない。
敵対する意志を見せないため?と思うけれど、でもちょっとは緊張してほしい。
その時、少年が前へ出た。
男性たちに事の経緯を話している。
しばらくすると、話はまとまったのか、私たちは村の奥へと通された。
「決闘の日時は明日の日の出だ。それまでは、アンタたちはこの村の客として扱われる」
「その後は、ど、どうなるんですか?」
私は聞かない方がよかったかも、と言ってしまってから後悔した。
少年がチラリと、全員を見る。
「結婚のための決闘は、命がけ。負けた時に命がなければ、むしろ楽なもんさ。負けた時に命が残っていたら、その後は処刑になる。村の儀式は外へ出さない。それが掟だ」
「じゃあ、お兄様は負けませんので大丈夫です!」
「そうあって欲しいけどな……」
少年はそう言ったきり、特別なことは何も話さなかった。
彼にとって、この村に戻るということは、自分の未来を潰すことと同じなのだ。
落ち込んでいる、というよりも、考えないようにしている、という方が正しいかもしれない。
「セシリア、俺から離れるな」
「はい」
「いいか、この村ではすべての人間が敵だと思え。今後、何かしらの魔術を扱われて、誰が敵になるかも分からん」
「は、はい……もし、そうなった時は、ルイやユーマの目ならわかりますか?」
魔術に関係することは、その目が捉えると言われる魔眼。
ルイは大丈夫だと言ったが、ユーマは首を振った。
「俺にはこの部族の魔術は高度すぎて、すべてを見破る自信はないね」
「ユーマ……」
「まあ、殺し合いになりゃ、相手を殺してでも生き残る覚悟はあるさ。でもその時に、アンタまで助けられるかは分かんねぇぜ?」
どうして彼は、時々そう言った挑発的なことを言うのだろうか。
だから、すぐにルイが怒ってしまうのである。
ルイが怒ってユーマに言うが、ユーマからすれば、以前よりも魔力の高まったこの土地がおかしい、と言う。
「アンタも気づいてんだろ、騎士団長さんよ。この土地は数週間前とは違ってる。あの時よりも魔力が高まり、魔術が複雑だ」
「……つまり、お前には見ることもできず、対処もできないのか」
「すべてではない。変化には気づいているさ。でもこれ以上は、分からない。確証がないな」
軽い口調でユーマは言うけれど、彼のそんな自信がない言葉をなかなか聞くことのなかった側からすれば、不安でしかない。
でも、その数週間で魔力が高まった理由は、なんだろうか。
結婚の決闘のために、何かしらのことがなされたのか。
はっきりとは分からないけれど、何かが確実に動いている気がした。
お兄様はさぞ緊張していることだろう、と思って見たら、村に無事に入れて、むしろ感動していた。
少し変だな、と思ってハンスを見ると、ハンスが耳打ちしてくる。
騎士団の団員は、戦場に入ると高揚してしまう人が多いらしい。
兄もその1人で、この場所を自分の戦場だと認識して、気分が高まっているようだ。
「騎士団の者には、厳しく言いつけておりますが……カリブス様のように、騎士としての能力が高い者は、一度戦場と認識するとそれを改めることが難しいのです、奥様」
「ちょっと、私には難しい感覚かと……」
「そうですね。それこそ騎士の神髄と申しましょうか。やはり、戦場に出てこその騎士ですので」
「いえ、その、戦場って認識をする過程がちょっと」
「奥様、これこそが騎士団で五指に入ると言われた、カリブス様の実力のうちでもございます」
戦場を認識することが?
そんなことが?
でも、お兄様の目はとてもギラギラし始め、こんな姿を見たことがない、と思うほどになっていた。
「カリブスは昔から、場所や土地が変わると、それに合わせて性格や動きも変わる奴でな。特に戦場に出ると、人が変わる」
「じゃあ、今まで見てきた、私の知っているお兄様は?」
「いや、それもカリブスの一面だ。コイツだけではなく、騎士団の実力者は皆、その傾向が強い」
騎士団の実力者って。
じゃあ、もしかしてルイやハンスも?
戦場に出ることが騎士団として最も活躍できる場であることは、分かってる。
でも、それで人が変わるなんて、と思っていた時、ふと思い出した。
魔女に屋敷が襲われた時、助けに来てくれたルイ。
あの時のルイは、私を助けるために飛び込んできてくれた。
それを考えれば、自分にとっての「戦場」と思うことで、騎士団の人は自分の実力をさらに上げることができるのかも。
でも、それも実力のうち?
能力のうち?というやつかしら。
そんなことを考えていると、少しだけ、集団として戦いを学んでこなかったユーマは、自分の力が及ばない時、沈んでしまう理由が分かった気がする。
集団での学びって、こんなに大事なのね、と私は思うのだった。