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第96話

魔女は混沌の中から生まれたわけではない。

ごく普通の、ごく当たり前の、普通の娘。

ただ、その娘になかったものは、親兄弟。

気づいた時にはただ1人。

だから彼女が求めたものは―――自分に近しい存在。


しかしそれはすぐに現れた。

娘を引き取り、養護してくれる者。

それこそが、もっとも最初の魔女―――原初の魔女。

時空と空間を操る、この世界の調和者。


調和者の元で育った娘は、やがて自分も魔女になりたいと願う。

願った時、魔女は彼女にその力を分け与えた。


こうして、世界に魔女は2人になったのである。


だが、分け与えられたのは時空の力だけ。

時空と空間を操る原初の魔女は、自由気ままに生きてゆく。

娘はそれを追いかけるが、いつも追い付かない。

魔女とはそういう生き物。

魔女とはそういう人生。


「いかがですか?」

「えっと……魔女が2人いるというのは、分かりました……」

「驚かれますよね。この話をしたのは、あなたで2人目じゃないかしら」

「え?」

「先代が、前の魔女の時に話をした、と」

「誰に……ハンスは何も聞けなかったと言っていたんです。ハンスは、前の魔女の夫で」


誰に話をしたのか。

ルイも知らない話となれば、誰?

私が思い当たったのは、あの人だ。


「お義母様……もしかして、魔女になってしまった女性の妹に話をしたんじゃないでしょうか?」

「私も詳しくは分かりません。でも、そうだわ。あなたと同じ赤毛に緑の瞳の女性、と言っていなかったかしら。先代はその後に心を病みましたから、はっきりとは」

「やっぱり、それは夫の母です。魔女になってしまった女性の妹と聞いています」


じゃあ、お義母様はどうして、その話を誰にもしなかったのだろうか。

若かったルイには言えなかったとしても、ハンスには伝えてもよかったと思う。


「ただ、魔女が2人ということは、どちらが転生しているのかが分からない、という意味でもありますよ」

「あ、そう……ですね」

「魂の覚醒は通常起こりえません。例えば、前世の記憶を持っていたとしても、前世の生活をまた行う人は少ないでしょう?時代も周囲の環境も変わってしまっているのですから」

「でも、魔女は覚醒するんですよね?」

「ええ。それは確かです。でも、後者の魔女であったなら、話し合いの余地があるかもしれないと聞いています」

「話し合い?」


後者の魔女、とは時空と空間を操る魔女が育てた娘のことかな。

つまり、時空を操る力を分けてもらった娘。

先の魔女よりも能力が劣るから、話し合いができるんだろうか。


「そ、それは、後者の魔女は能力が低いという感じでしょうか?」

「それもあるようですが、何よりも幼い魔女だという伝承です。時空を操る者は年を取りません。若くしてその能力を得た彼女は、幼い少女のままだと言います」

「幼い少女のまま……」


私の中で、その姿がどうしてもアリシアに重なってしまう。

今のあの子は、ちょうどそのくらいかもしれない。

私の表情を見て、預言者は話を続けてくれた。


「それが姉妹の秘密かもしれません」

「姉妹の秘密?」

「魔女は転生する時に、必ず姉妹を選択します。はっきりとした理由は分かりませんが、自分が生活していくのに困らないように、とも思いますが……」

「でも、それなら姉妹ではなく、母親を選んで転生した方がいいのではないですか?例えばですけれど、健康な母親なら長生きする、お金持ちの家にする、とか」

「必ずしもそうではない、つまりそこに何かあるのでしょう。伝承はここまでです。後は、きっとあなたが知っている、戦争を起こした魔女の情報くらいではないでしょうか」


アリシアは、今の生きる場所を選んで生まれてきたことになる。

つまり、それは私がいたからだ。

私がいなかったら、あの子は、魔女にならなくても済んだのに。

とても落ち込む。

私がこの本の中に転生しなければ、よかったのだ。

それなのに。


「魔女になる妹さんが大切なんですね」

「え、あ、はい……小さな頃から私が面倒を見ていて」

「そうですか。先代は、こんな時、魔女を見捨ててしまえ、と言う人でした。でも私も子どもを手放しているから……そんなこと、言えませんもんね」

「う……そ、そうなんです!大事な妹なんです!!」


私にとって、アリシアはただの妹ではない。

転生する前、あの辛くて孤独な世界で、唯一の希望。

本を開けば、いつでも幸せで可愛いアリシアがいた。

大事な、私の希望。


「魔女は、あなたがそんなに優しいから選んだのかもしれませんね」

「でも、私が、妹を……!」

「いいえ、それは違います。魂の行く末は本来は決まっているもの。捻じ曲げているのは、魔女の方ですよ。あなたは悪くありません。そして、我々も……。魔女の蛮行によって、誤解を受け、酷い差別や迫害に悩まされてきました。山にこもっているのは、家族を守るため。その期間が長くなりすぎてしまいました」


ふと、私はその陰りのある顔に誰かを見たような気がした。

でもはっきりと分からないのだ。


「魔女の話は終わりましょう。あなたの交渉の話を聞きたい」

「分かりました。でも、あなたが交渉相手でいいのですか?部族の長でなければ、変わらないのかと思って……」

「ふふ、預言者は部族の長よりも強い立場なんですよ?」

「え、そうなんですか!?」

「はい。ただし、本来は先代の方が立場は上です。でも、今は先代も病んでいますので、実質私が一番なんです」


ニコニコしているけど、結構恐いことを言っている。

うん、でも、まあ、交渉はしやすくなったかもしれない。

しかし、私の気が緩んだのを預言者は見逃さなかった。


「あら、私なら交渉が楽だと思いました?」

「え、いえ……」

「まあ、心にもないことを。私、子どもを外に捨てるくらいの女ですよ?あなたみたいな小娘の話、本来は聞くに堪えないわ」


え?と思っている間に、一気に形勢逆転してしまった。

目の前にいる女は、恐い人だ!

ヒュッ、と息を飲んで、吐き出すことを忘れてしまう。

でも私は、ゆっくりと息を吐き出し、ゆっくりともう一度吸い込んだ。


負けてはならない。

ここで負ければ、外で戦う兄だけでなく、ついてきてくれたみんなの命さえ危うくなる。


「この部族と……物資のやりとりをしたいんです」

「あら、こんな山には大したものはないでしょう?特に貴族や騎士団が欲しがるようなものなんて……」

「いいえ、あります」

「あら?」

「人材と土地です」


それを聞いて、彼女は目を丸くした。

私は事前にルイと話し合っていたのだ。

この土地には何があり、何がないのか。

それは欠点ではあるが、逆を考えれば長所にならないか。


ルイの提案は、騎士団ならではだったかもしれない。

だから、彼女は驚いたのだ。


「まず、人材として若手を働き手に欲しいんです。その中で優秀な人は、騎士団の入団試験を受けさせます」

「き、騎士団は貴族でなければなれないのでは……」

「いいえ。夫に騎士団の入団基準を細かく確認しましたが、そこに生まれは関係ありません。もちろん、文字の読み書きなど必須なことはありますが、それも含めて騎士団で支援します」

「騎士団に入れて……読み書きもできるようになる……」

「騎士団に入れなくても、グラース家を中心とした信頼できる貴族の家や、その関係のところで働き口を見つけます。皆さん、腕には自信があるようなので、礼儀作法を見に着ければ十分に護衛が務まります」


そして、土地。

これはルイからの提案だった。


「そして、山の一部を騎士団の鍛錬場、遠征時の中継地として買い取りたい」

「か、買い取るなんて、値段のつくような……」


そう、それを言わせたかった。

この山岳地帯は、人が住むには厳しい土地なのだ。

だから、二束三文。

でも、そこに値段が付くとなれば。


「騎士団が使う土地です。安い土地では困ります」

「……ふふ、あなた、すごいわね」

「夫がいますから」

「そうね、さすが騎士団長の妻ね……」


最後の台詞。

少しだけ何かを含んでいるような気がしたのは、私だけだっただろうか。


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