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第97話

預言者は、それから私の説明を聞き、最後は頷くしかなかった。

部族にとって悪い提案はなかったから。

あるとするなら、今まで閉じていた関係を開く勇気を持たねばならないだけかもしれない。


「そうね……あの頃を思い出すわ」

「あの頃?」

「子どもを産む前、私は偶然、山を訪れた男と出会ったの。金色の髪をした男だったわ」

「え?」

「誤解しないでね、金色の髪の男は、この国では多いそうよ」


つまり、ルイとは関係がない、と言いたいのかもしれない。

私は、彼女の過去を少しだけ聞くことができた。


「寒い冬だった。お互い怪我をしていて、お互い動けなくなって、洞穴で数日を過ごしたわ。彼は大柄な男で、強い人だった。私を守りながら、お互い動けるようになるまで一緒にいたの。その時に子どもができたのよ」

「……山を出ようとは思わなかったんですか、その人と一緒に」

「私は預言者の役割を継ぐ分かっていたから。それが分かって、嫌になって山を出ようとして怪我をしたんだもの。逃げられないと思ったの」


預言者とはそういうものなのだろうか。

詳しいことは分からない。

きっと、なれる人か、なった人にしか見えない世界があるのだろう。


「子どもを産んで、似てなかったわ、あの人に。でもそれでいいと思ったの。でも私の魔力の影響を受けて、少し見た目が変わっていた。それだけが心残りだったわね」


子どもを旅人に預け、彼女は預言者の役割を継いだという。

愛する人の子どもを産めて、それだけで幸せだった、と語った。

人の希望はどこにあるか分からない。

その希望が、彼女を今まで支えていたのかもしれなかった。


「あなたの提案は受ける。この一族も土地も開きます。ただし、私はあなたしか信用しないわ。あなた以外の人間が、私と交渉することを禁じます」

「え?」


私の右手をとって、彼女はそこに何かを記した。

痣のようなものができて、これは印だと言われる。


「一種の契約。破れば、災いが起きるわ」

「命をとるんですか?」

「世界には、命をとるよりも悪いことがあるでしょう……」


彼女の目は、まるで悪女のようだったけれど、かつてその目には我が子が映り、我が子を抱いていたはずなのだ。

守るべきモノがある時、人は強くなる。

だから、彼女はここまでやってこれたのだろう。


「そろそろ外の騒ぎも終わりじゃないかしら?」

「え?」


騒ぎって、お兄様の決闘のことでは、と思い、私は立ち上がった。

その場を離れる時、外にいたユーマが笑っているではないか。


「ユーマ?」

「嬢ちゃん、見てみろよ。なかなか面白い結果になってるぜ?」

「お、面白い結果って!?」


まさか、お兄様が!?

私はお兄様が決闘している場へ向かう。

すると、そこでお兄様は筋肉質な誰かを地に伏せ、勝利していたのだ。

つまり、決闘に勝ち、愛する人を手に入れることができたってことよね!?

そのお相手はどこで……あれ、普通はこういう時って、1人の女性をかけて複数の男性が競い合うから、女性は高見の見物状態のはず。

でも、そこには誰もいないのだ。

族長と思われる男性がいて、倒された者、声を上げる者など、そういう人たちの群ればかり。

おかしいな、女性の姿がない。

こういう時(映画とか漫画とか本の世界)は、綺麗な女性が族長の影に心配そうな顔でいるものだ、と勝手に思っていた。


勝利した兄は、剣をその場に落とした。

そして倒れている人を抱き上げる。


「君に勝つことができて、よかったよ」


もしかして。

そこにいたのは、筋肉質な女戦士だ。

うん、女戦士なのだ。

剣と盾を持つ、筋肉質な、女性。


「娘に勝ったお前を、夫と認めよう!」


その言葉に、私はまさか、と何度も思った。

族長の娘だから、別に弱くて守られているとは限らない。

むしろ、族長の娘だからこそ、誰よりも強いと考えられる。

つまり。

兄の好きになった女性は。


「アイツ、女の趣味いいよなぁ!」

「笑わないでください、ユーマ!!お兄様のお相手ですよ!?」

「笑ってねぇだろ!?ってか、あんな野生動物か大熊みたいな女がまだいたんだなぁ!」


兄の愛した人は、野生動物か大熊と言われた。

た、確かに、乙女には程遠い、見た目だけれど!

中身が戦士だろうが、何だろうが、私のお義姉様になるのよ!?


「ど、ど、ドレスを、ドレスを仕立てれば!」

「特注だな!」

「だ、だ、だ、黙りなさい、ユーマ!?」


勝手に可憐な女性を想像していた私が悪い!

そうよ、お兄様が貴族のお嬢様たちと上手く行かなかったのって、コレが理由?

好みじゃなかったんだ……。

そっか、そうよね、だから貴族で育ってきたのに、騎士団に入っても平気だったのは、そういうことか。


「セシリア、交渉は終わったのか!」

「ルイ……はい、終わりました……」

「……お前が気にしているのが、交渉結果ではないことを察している」

「ありがとうございます、旦那様……」


ルイが私の気持ちを察してくれる人でよかった。

視線の先にいる兄は、今まで見たこともないような笑顔で、女戦士に抱き上げられている。

逆じゃない?と思ったけれど、もう何も言わないでおこう。

兄の結婚相手は無事に見つかり、部族を開く交渉もできた。

魔女の情報も得られたし、私としてはこれ以上のよい結果はない……はず。


お兄様は女戦士を抱きしめて、愛を誓い合い、幸せそうに笑っていた。

私はそれを見つめ、こういう幸せの形があることを受け入れるしかない。

大きなお義姉様を受け入れて、実家が安定することを願うしかないのだ。


「嬢ちゃん」

「な、なんですか、ユーマ」

「アンタの交渉、よかったぜ。外で聞いてたけどよ」

「はあ、まあ半分以上はルイのおかげです。騎士団の皆様を巻き込むことにもなりますし。それが、本当にいいことなのか、まだ結果が出ていないだけです」


私の交渉によって、この部族は世界を知るだろう。

中にはより辛い目に遭うこともあるかもしれない。

哀しいことも、苦しいこともあるだろう。

でもそれこそが、自由を手に入れるということなのだ。

自分の可能性や能力を信じ、生きていく道を自分で見つけるということ。


「でも、俺はいい提案だと思う。ここは辛気臭い。まあ、悪いことばかりじゃねぇが、ちょっとな。花だって枯れちまうようなところさ」

「花?たくさん咲いていませんか?自然豊かですよ」

「まあな、それ以外の花もあるんだ」


それ以外の花、とは何のことだろうか、と思う。

彼にとってとても大事な花なのかもしれない。


「魔女の話も面白かったな」

「面白いとは、失礼な」

「いや、面白い話だった。もしもこの世に魔女が2人いるなら、話は違ってくる。共闘しているわけでもなさそうだ」


確かに、魔女は2人存在するらしい。

ただどちらなのか判断するのは、難しいかもしれなかった。

幼い魔女がアリシアならば、まだ交渉できるかも。

交渉できたら、魔女はアリシアから去ってくれるだろうか。


澄んだ空気は、山の空気だ。

肺の中が洗われるような、清々しい気持ちになっている。

アリシア、お姉ちゃん、あなたのために頑張るわ。

何度も挫けそうになったけれど、私はそれでも、あの子を守りたい。


その時、私は風に乗って妹の声が聞こえた気がした。

空耳だろうか、と思ったけれど、私の耳があの子の声を聞き間違えるはずがない!

その声は、私に助けを求め、苦しみ、哀しむ、そんな声なのだ。

体の中を衝撃が走り抜け、汗が噴き出る。

私は、あの子を守らねばならない、と一気に使命感が飛び出した。


「アリシア……!」


私は妹の名を叫ぶ。

木霊した私の声に、妹の悲痛な叫びが重なった。


だから私は無我夢中になり、部族の馬を引っ掴んで飛び乗る。

ルイが驚いた目で私を見ていた。


「セシリア、どこに行く!?」

「妹が!アリシアが私を待っています!!」


妹の元へ。

私は馬に乗って走り出していた。


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