何がいいのか分からなくて、私は母が恐ろしかった。
今まで母は、すべてを知りながら、すべてを隠してきたのだ。
アリシアを魔女に仕立て上げ、ルイを混乱させ、私を手に入れようとしていたのだろうか。
回りくどいことばかりしている、と思ったけれど、母がしたかったのは、私を幸せから突き落とすこと。
絶望させ、何もない、孤独な存在だと思わせることだ。
「お母様……」
「いいわねぇ、お母様って響き!前回も悪くはなかったけれど、今回の方が特別いいわ!」
「前回?」
前回、と聞いてアリシアが視線を逸らす。
この子は知っているのだろう。
私もその「前回」に嫌な予感がした。
「前回はぁ、私が姉だったの。妹は騎士団長の妻!あの子、最後は私の胸を貫いたのよ!凄いと思わない?」
「き、しだんちょうの、妻……」
「前の私は、ずーっと中で泣いていたわねぇ。ハンスに会いたいって。だから会わせてあげたのよ!私が倒したハンスを。そうしたら、気が狂ったように泣いていたわ」
私の目から涙が落ちる。
母は魔女だ。
人の心など持ち合わせていない、魔女なのだ。
この存在から、私とアリシアは生み出された。
愛を探す少女を騙すように転生させ、そこに私も引きずり込んで。
「どうして、そんなことを……」
「退屈なのよ!長く生きると分かるわ!」
「分かりません!!人が苦しむ姿を見て、何が楽しいんですか!!」
「それ、それよぉ!そういうの!そういう、無駄な感じがいいの!」
アリシアが飛び掛かろうとして、跳ねのけられる。
見えない風のようなものだったから、きっと魔術か何かだろう。
「あはは、家族を滅茶苦茶にするのって楽しいわぁ。出産するのは嫌だったから、それはアンリエッタにしてもらったけど!」
「本当のお母様はどこですか!?」
「こーこ!」
魔女は、自分の胸を叩いて言った。
本当の母、アンリエッタは魔女の中に沈められてしまったのか。
きっと魔女の中から見ているに違いない。
「夫の事業が傾くようにしてぇ、長男には呪いをかけて体力を奪ってぇ、養女のあなたが目立つようにしてあげたのよぉ?感謝でしょぉ?」
「な、何を感謝するって言うんですか!」
「私によぉ!!惨めな前回の人生とは違うでしょ!?綺麗なドレス、貴族の屋敷!可愛い妹!綺麗な兄!全部全部、私があなたに与えたのよ、セシリア!!」
魔女が笑い、私は絶望した。
この世界は、この魔女が私のために創り上げた世界なのだ。
つまり、私が……。
「で、も……き、騎士団長、は、違う!」
「黙りなさい、お嬢さん……そういう誤算の話はしなくていいのよ」
「いいえ!騎士団長とお姉様が愛し合うのは、あなたの誤算だったはずよ、アン!!」
アリシアをさらに吹き飛ばし、魔女が冷たい顔をしている。
先ほどまでのふざけた様子はなかった。
つまり、本当に誤算なのだろう。
「お姉様!!この女は!!」
アリシアが叫んだ時、誰かが来た。
それは紫の髪をした男と―――金色の髪が。
「ルイ!」
「先に行くなと、何度も言ったではないか、セシリア!!」
ルイは魔女に剣を向けていた。
そしてユーマもそこにいる。
「実はよぉ、いい話を持ってきたんだわぁ!」
「ユーマ!?」
「魔女の殺し方ってヤツをよぉ!」
え、と私は思う。
まさかそんなことができるのか、と思ったが、おかしい。
そんな話はどこからも出なかった。
預言者からも出ることはなかったのだ。
「でも、預言者は……」
「それはあんただからだよ、嬢ちゃん。アンタにはなかっただけだ。もう1人、預言を受けた人間がここにはいるんだぜ?」
「え……まさか」
私の視線はルイへと移る。
ルイは剣を構え、魔女を見ていた。
美しい金色の髪に、青い瞳、それは友人の母であり、妻の母、義母。
魔女はさまざまな形で、呼ばれ、生きていた。
繰り返される転生の中で、それは姉であり、伯母であり、母。
形や立場を変えても、ルイには魔女がどんな存在であるのか理解できていたはずだ。
そんな彼に預言が下ったなら、それは魔女との対峙についてしかないだろう。
私にはできない、彼だけのことだ。
「魔女は、魔女の家系が倒す」
ユーマが言うと、私はそんなことを始めて聞いた、と思う。
魔女は転生を繰り返し、さまざまな場所に生まれる。
ならば、魔女だけの家系などないはずだ。
「魔女の家系?そんなもの、どこに……」
「魔眼がなぜ存在すると思う?それは魔女の血族だからさ。つまり……騎士団長さんよ、やっちまえ!」
魔女の血族が、魔女を倒すことができる。
もしかして、グラース家は魔女の血族だから、自分たちの一族から出た魔女を倒すために、戦い続けてきたと言うの?
自分たちの一族の汚点を、自分たちで。
そのための、騎士団。
グラース家が魔眼を引き継ぎ、途絶えることなく続いたのは、執念。
魔女を絶やすという強い意志が、子孫にも引き継がれていたということ?
「あはは、確かに、その魔眼は私の血を受けたものねぇ」
「黙れ、魔女」
「でも、その程度で私が死ぬとでも?瞳は2つで1つ、対なる者!血族の魔眼を持つ者は1人だけ!だから前回も殺し損ねたじゃない!前の騎士団長は、息子にその役目を託せなかった!!」
「いいや、父には考えがあった」
私は、この時初めて、このユーマッシュという男がここにいる理由を知った。
私の前に現れ、グラース家に関わり、兄の決闘にまで付き添い、部族の手引きまでしてくれた理由。
そう、そこには理由があったのだ。
「悪りぃな、魔女さんよ!!両目はここに揃ってんだわ!!」
「な……!?」
魔女の体を貫く剣は2本。
ルイとユーマの視線が合う。
体を引き裂かれた魔女は、その体を維持できずに崩れ始める。
しかし、ここからが重要だった。
魔眼は魔女の魂を捉え、逃げ去ろうとする魔女をさらに貫いた。
魔女の叫びが響き渡り、その魂が崩れていく。
崩れていく中に、私は魔女が辿ってきた長い月日の断片を見た。
かつて愛した人がいたこと、その愛した人に裏切られたこと。
魔女と罵られて、辱められ、食べるものも、着るものも、すべてを失った過去。
ならば、と魔女は本当に魔女になることを選んだのだ。
消え去る魂の欠片に、少女を見つけた時の魔女がいた。
こんなに弱い命なのに、生きている。
それが、かつての自分に重なったから、その小さな手を取って、時空の狭間に消えたのだ。
そこには確かに愛情があったのに―――
魂が消え去って、私はルイとユーマを見た。
似ていない、似ていなけけれど、何か血縁関係があるのだろうか。
言い出せずにいる私の顔を見て、ユーマが口を開いた。
「俺、預言者と前の騎士団長の息子なんだわ」
「……えええ!?騎士団長だったお義父様が!?」
「まあ俺も知ってて生きてたわけじゃねーけど」
「お前が望むなら、グラースの財産を……」
ルイがそう言いかけた時、ユーマは彼に剣を向けた。
向けられた剣を見て、ルイの眉間に皺が寄る。
「何のつもりだ」
「俺はこの家の人間になるつもりはねーし、魔女討伐はきっちりお代をいただく。それはこの家の財産じゃねぇ」
「お前の生まれはいつだ!どちらが兄か弟か、はっきりさせろ!」
「嫌だっつってんだろ!」
私は、あんなに悩み続けた魔女の問題がこんなに素早く解決してしまって、実のところ呆気に取られている。
つまり、何もかもが早く分かっていたなら、もっと早く解決していたんじゃないの?そう思ってしまうのだ。
「お、お姉様……」
弱々しく私に話しかけてきたのは、アリシアだ。
私はアリシアを見て、この子が私を死に追いやった存在であることを思い出す。
けれども同時に、この子の気持ちも知ることができた。
死ねない自分を愛せなくなった少女は、死に場所を求めていたけれど、それは違うと気づいたのだ。
でも気づいた時には、私は事切れていて―――だから、一緒に転生した。
私の大好きな本の中に。
でもそれが途中から魔女に操作され、歪められていたのである。
「アリシア、少し、お茶にしましょうか」
「お、お姉様……?」
「あなたの好きなクッキーを焼きましょうね」
私がそう言うと、向こうからルイがズンズン歩いて来る。
手を取られ、何かと思えば、旦那様は妹を睨みつけていた。
「姉離れしろ!」
「あなたこそ私のお姉様に触らないでください!!」
アリシアの目は、見たことがないくらいに極悪。
え、もしかしてそれが本性?
私は2人に挟まれて、どうすることもできなかった。