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第100話

忙しい、忙しい、とマリアさんが言いながら厨房を片付けていた。

そして、ボロボロになった私たちを見て、飛び上がる。


「な、な、何ですか、皆様!?」

「えっと、マリアさんお茶を出してもらえますか?クッキーも」

「わ、分かりましたぁ!!」


ルイはアリシアを睨みつけ、部屋に監禁しておかなければ心配だ、と言って部屋に鍵をかけた。

部屋の前には面倒臭そうなユーマとハンスを置いている。


私はルイと廊下を歩きながら、ユーマのことを尋ねた。

正確には、預言者から何を聞いたのか、という話だ。


「ルイ、預言者から何を聞いたのですか?」

「……魔女の倒し方だ」

「私はそれを聞いていません」

「……預言の下った者にしか、その話はしないと言っていた」

「ユーマのことは?」


ユーマのことをルイは話したがらなかった。

確かに、自分と腹違いの兄弟がいる、となれば受け入れがたいものだろう。

しかし彼はゆっくりと私に語り始めた。


「先の戦争で、弟は命を落とした。その後に父も死んだのだが、死ぬ間際に弟を大事にするようにと言われたんだ。弟の死は父も知っていたはずなのに、と疑問には思っていた。今わの際で幻覚でも見たのかと……」

「そう、だったのですが……」

「ユーマは若い時の父によく似ている。最初は気づかなかったが、剣を交えると筋肉の動きや、時々見せる表情がとてもよく似ているんだ」


ルイは、お義父様に追いつきたくて、次の騎士団長になるために必死だったのだ。

子どもながらに父を見つめ、父のことを意識して生きてきた幼少期。

そんな彼の記憶には、強き父が刻み込まれていたに違いない。


「それに、ハンスと距離をとっていたからな」

「ハンスと?」

「ハンスなら一度剣を交えれば、すべて分かっただろう。だから鍛錬の時も、カリブスを焚きつけてできるだけ接触をしないようにしていた」

「剣とは、そういうものですか?」

「そうだな……ハンスほどの手練れになれば、一度剣を交えることで多くを知ることができる」


そんなことができるなんて。

ハンスも凄い人なのね。

私はそう思いつつ、魔女のことも気になった。


「……魔女は消えたと思いますか?」

「ああ」

「本当に?」

「あの魔女は消えた。しかしお前の妹はまだ魔女だぞ」

「う、それは」

「しかし、お前を愛する魔女だからな」


私の妹のまま。

私の大事なアリシアのまま。


「お前が望んだことすべては叶わなかったかもしれん。しかし、十分な結果だとは思わんか」

「それは……はい」

「しかし、姉離れしていないところは困ったものだ」


そっちかぁ、と思いつつ、ルイの顔が穏やかになっている。

穏やかで、やり遂げた顔。

たくさん心配したけれど、心配で終わることができてよかったと思う。


それらか私はマリアさんと一緒にクッキーを焼いた。

するとルイはそれを眺めていたい、という。

邪魔はしないというので、厨房の隅に座っているだけだった。


「奥様、旦那さまったら、奥様から離れたくないんですよ」

「え、そうでしょうか?」

「はい!子どもの頃は、お腹が空けば厨房に来ることはありましたけど、こんな風に居座るなんて、初めてです」


ルイは、疲れたであろう体を休めることなく、厨房の隅でこちらを見ていた。

何が楽しいのかは、はっきり分からない。

でも、確かに彼はこちらを見てくれていた。


クッキーが焼き上がると、焼き立てをルイへ差し出す。

その時の表情は、まさに子どもと同じだ。


「熱いですよ」

「うむ、熱い。でも美味いな」

「急にどうしたんですか、厨房で待っているなんて」

「………聞くな」

「はあ?」

「ああ、もう!お前を見ていたかったんだよ、セシリア!」


楽しそうに厨房で過ごす私を、常々見ていたいと思っていたらしい。

へぇ、と私は思ったがルイにしてみれば恥ずかしく、顔を真っ赤にさせていた。

マリアさんは次々にクッキーを焼き上げ、山のように出してくる。


「旦那様、奥様!マリアはこれから夕食の準備です。お茶を持ってお部屋へ行ってくださいませ!」


お茶と大量のクッキーを持たせられ、この家の主と妻は、厨房を追い出された。

この家で一番強いのは、もしかしたらマリアさん?なんじゃないのかって思ってしまう。

2人で笑いながら、お茶を持って部屋を移動した。


飯じゃないのか、とユーマはガッカリしていたけれど、ハンスは疲れていたようでお茶を飲みたかった、と素直に言っている。

お茶のセットが終わると、私はルイに言った。


「妹のところに行きます」

「俺もついて行く」

「いいえ、2人きりで平気です」


私の真っすぐな目を見て、ルイは分かった、と言ってくれた。

妹のいる部屋をノックし、中にはいる。

するとすぐにアリシアが飛びついてきた。


「お姉様!」

「アリシア、お茶にしましょうね」


妹のために何度もお茶を淹れてきた。

きっと、これからも淹れるはず、と思いたい。

向き合って座ると、そこにいたのはアリシアという魔女だった。


「ごめんなさい」

「どうしたの?」

「あなたを巻き込んでしまって。あの時も、あの世界には自殺の名所みたいなところがたくさんあって、そういう場所なら死ねると思ったの。でもあなたは命を張って私を助けようとしてくれた。だから、あなたとなら、生きていけるかもって……!」

「死んだのは、正直、痛かったし苦しかったわ。でも、自分の好きな本の世界に転生できたって喜びは大きかったのよ」

「あなたが望むなら、もっと別の世界に転生させてあげる!」


椅子から立ち上がり、彼女は必死になって言った。

それは、自分を捨てて欲しくないという、まるで子どものような叫びだ。


「いいえ。私はこれからもこの世界で生きていくし、あなたもこの世界で生きるの。そして生涯を終えるのよ」

「……死ねない、のに?」

「この世界ではあなたの生涯はまだ決まってない。王子様と結婚して、美しいお妃になってってところが最新刊であり、最終巻だったんだから」


妹を抱きしめて、私は思う。

一緒に生きて行こう。

新しい家族と、新しい出会い。

縛られた運命の輪を抜けて、共に。


「まずはちゃんと学園に行って、王子に出会って。でもそれまでは、辛いかもしれないわ……いじめもあるし、王子以外にも素敵な殿方がたくさんいるんだから」

「お姉様は」

「うん?」

「まだ私を妹として、愛してくれるんですか?」

「当たり前じゃない!あなたは私の可愛い妹のアリシアよ!」


涙をこぼす妹をなだめ、私は思う。

このまま、この世界でみんな一緒に生きていく。

幸せの形はさまざまだけれど、それでいいじゃないか。

あの魔女の過去を見て、彼女も本当は過去に幸せを求めていた。

それが手に入らなくて、魔女になったのだ。


「でも」

「うん?」

「騎士団長様がお姉様と結婚するのは、やっぱり許せません!」

「もう結婚しちゃったし」

「だから、私も一緒にこの屋敷に住まわせてください!ここから学園に通います!」


妹が私の手を取って、懇願した時。

部屋の扉が開いて、眉間に皺を寄せたルイがやってきた。


「許さん!」

「お姉様は、私のお姉様です!」

「姉離れをしろと言ったはずだ!」

「あなたのような野蛮な男に、お姉様は勿体ないんですのよ!」


小さな妹と、夫の争い。

私は間に挟まれていたけれど、ちょっと幸せだった。


2人は言い争いを続けていたけれど、ルイが支援するのでアリシアは学園の寮に入ることで落ち着いた。

ルイの提案は長期休みをグラース家で過ごしていい、というものだ。

アリシアはそれを受け、それならば、と寮生活を受け入れた。


こうして、魔女を巡る一連の騒動は静かに幕を閉じた、と思う。

学園でこれから起こる王子とアリシアの物語や、お兄様と女戦士のお義姉様の恋物語は、また別の機会に。


異世界の赤毛のアンは、幸せを手に入れて―――これからも元気に生きていく。

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