忙しい、忙しい、とマリアさんが言いながら厨房を片付けていた。
そして、ボロボロになった私たちを見て、飛び上がる。
「な、な、何ですか、皆様!?」
「えっと、マリアさんお茶を出してもらえますか?クッキーも」
「わ、分かりましたぁ!!」
ルイはアリシアを睨みつけ、部屋に監禁しておかなければ心配だ、と言って部屋に鍵をかけた。
部屋の前には面倒臭そうなユーマとハンスを置いている。
私はルイと廊下を歩きながら、ユーマのことを尋ねた。
正確には、預言者から何を聞いたのか、という話だ。
「ルイ、預言者から何を聞いたのですか?」
「……魔女の倒し方だ」
「私はそれを聞いていません」
「……預言の下った者にしか、その話はしないと言っていた」
「ユーマのことは?」
ユーマのことをルイは話したがらなかった。
確かに、自分と腹違いの兄弟がいる、となれば受け入れがたいものだろう。
しかし彼はゆっくりと私に語り始めた。
「先の戦争で、弟は命を落とした。その後に父も死んだのだが、死ぬ間際に弟を大事にするようにと言われたんだ。弟の死は父も知っていたはずなのに、と疑問には思っていた。今わの際で幻覚でも見たのかと……」
「そう、だったのですが……」
「ユーマは若い時の父によく似ている。最初は気づかなかったが、剣を交えると筋肉の動きや、時々見せる表情がとてもよく似ているんだ」
ルイは、お義父様に追いつきたくて、次の騎士団長になるために必死だったのだ。
子どもながらに父を見つめ、父のことを意識して生きてきた幼少期。
そんな彼の記憶には、強き父が刻み込まれていたに違いない。
「それに、ハンスと距離をとっていたからな」
「ハンスと?」
「ハンスなら一度剣を交えれば、すべて分かっただろう。だから鍛錬の時も、カリブスを焚きつけてできるだけ接触をしないようにしていた」
「剣とは、そういうものですか?」
「そうだな……ハンスほどの手練れになれば、一度剣を交えることで多くを知ることができる」
そんなことができるなんて。
ハンスも凄い人なのね。
私はそう思いつつ、魔女のことも気になった。
「……魔女は消えたと思いますか?」
「ああ」
「本当に?」
「あの魔女は消えた。しかしお前の妹はまだ魔女だぞ」
「う、それは」
「しかし、お前を愛する魔女だからな」
私の妹のまま。
私の大事なアリシアのまま。
「お前が望んだことすべては叶わなかったかもしれん。しかし、十分な結果だとは思わんか」
「それは……はい」
「しかし、姉離れしていないところは困ったものだ」
そっちかぁ、と思いつつ、ルイの顔が穏やかになっている。
穏やかで、やり遂げた顔。
たくさん心配したけれど、心配で終わることができてよかったと思う。
それらか私はマリアさんと一緒にクッキーを焼いた。
するとルイはそれを眺めていたい、という。
邪魔はしないというので、厨房の隅に座っているだけだった。
「奥様、旦那さまったら、奥様から離れたくないんですよ」
「え、そうでしょうか?」
「はい!子どもの頃は、お腹が空けば厨房に来ることはありましたけど、こんな風に居座るなんて、初めてです」
ルイは、疲れたであろう体を休めることなく、厨房の隅でこちらを見ていた。
何が楽しいのかは、はっきり分からない。
でも、確かに彼はこちらを見てくれていた。
クッキーが焼き上がると、焼き立てをルイへ差し出す。
その時の表情は、まさに子どもと同じだ。
「熱いですよ」
「うむ、熱い。でも美味いな」
「急にどうしたんですか、厨房で待っているなんて」
「………聞くな」
「はあ?」
「ああ、もう!お前を見ていたかったんだよ、セシリア!」
楽しそうに厨房で過ごす私を、常々見ていたいと思っていたらしい。
へぇ、と私は思ったがルイにしてみれば恥ずかしく、顔を真っ赤にさせていた。
マリアさんは次々にクッキーを焼き上げ、山のように出してくる。
「旦那様、奥様!マリアはこれから夕食の準備です。お茶を持ってお部屋へ行ってくださいませ!」
お茶と大量のクッキーを持たせられ、この家の主と妻は、厨房を追い出された。
この家で一番強いのは、もしかしたらマリアさん?なんじゃないのかって思ってしまう。
2人で笑いながら、お茶を持って部屋を移動した。
飯じゃないのか、とユーマはガッカリしていたけれど、ハンスは疲れていたようでお茶を飲みたかった、と素直に言っている。
お茶のセットが終わると、私はルイに言った。
「妹のところに行きます」
「俺もついて行く」
「いいえ、2人きりで平気です」
私の真っすぐな目を見て、ルイは分かった、と言ってくれた。
妹のいる部屋をノックし、中にはいる。
するとすぐにアリシアが飛びついてきた。
「お姉様!」
「アリシア、お茶にしましょうね」
妹のために何度もお茶を淹れてきた。
きっと、これからも淹れるはず、と思いたい。
向き合って座ると、そこにいたのはアリシアという魔女だった。
「ごめんなさい」
「どうしたの?」
「あなたを巻き込んでしまって。あの時も、あの世界には自殺の名所みたいなところがたくさんあって、そういう場所なら死ねると思ったの。でもあなたは命を張って私を助けようとしてくれた。だから、あなたとなら、生きていけるかもって……!」
「死んだのは、正直、痛かったし苦しかったわ。でも、自分の好きな本の世界に転生できたって喜びは大きかったのよ」
「あなたが望むなら、もっと別の世界に転生させてあげる!」
椅子から立ち上がり、彼女は必死になって言った。
それは、自分を捨てて欲しくないという、まるで子どものような叫びだ。
「いいえ。私はこれからもこの世界で生きていくし、あなたもこの世界で生きるの。そして生涯を終えるのよ」
「……死ねない、のに?」
「この世界ではあなたの生涯はまだ決まってない。王子様と結婚して、美しいお妃になってってところが最新刊であり、最終巻だったんだから」
妹を抱きしめて、私は思う。
一緒に生きて行こう。
新しい家族と、新しい出会い。
縛られた運命の輪を抜けて、共に。
「まずはちゃんと学園に行って、王子に出会って。でもそれまでは、辛いかもしれないわ……いじめもあるし、王子以外にも素敵な殿方がたくさんいるんだから」
「お姉様は」
「うん?」
「まだ私を妹として、愛してくれるんですか?」
「当たり前じゃない!あなたは私の可愛い妹のアリシアよ!」
涙をこぼす妹をなだめ、私は思う。
このまま、この世界でみんな一緒に生きていく。
幸せの形はさまざまだけれど、それでいいじゃないか。
あの魔女の過去を見て、彼女も本当は過去に幸せを求めていた。
それが手に入らなくて、魔女になったのだ。
「でも」
「うん?」
「騎士団長様がお姉様と結婚するのは、やっぱり許せません!」
「もう結婚しちゃったし」
「だから、私も一緒にこの屋敷に住まわせてください!ここから学園に通います!」
妹が私の手を取って、懇願した時。
部屋の扉が開いて、眉間に皺を寄せたルイがやってきた。
「許さん!」
「お姉様は、私のお姉様です!」
「姉離れをしろと言ったはずだ!」
「あなたのような野蛮な男に、お姉様は勿体ないんですのよ!」
小さな妹と、夫の争い。
私は間に挟まれていたけれど、ちょっと幸せだった。
2人は言い争いを続けていたけれど、ルイが支援するのでアリシアは学園の寮に入ることで落ち着いた。
ルイの提案は長期休みをグラース家で過ごしていい、というものだ。
アリシアはそれを受け、それならば、と寮生活を受け入れた。
こうして、魔女を巡る一連の騒動は静かに幕を閉じた、と思う。
学園でこれから起こる王子とアリシアの物語や、お兄様と女戦士のお義姉様の恋物語は、また別の機会に。
異世界の赤毛のアンは、幸せを手に入れて―――これからも元気に生きていく。