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前日譚〜妹アリシアの苦悩〜①

妹、とは不思議な生き物だとアリシアは思う。

この世に誕生した瞬間から、兄と姉を持っているのだ。

こんな生き物、変なものだ、と思いながら彼女は地道に成長していく。


アリシア・ウォーレンスは、産まれた時から自分は魔女であるという自覚があった。

自覚と言っても、それは大したものではない。

自覚があっても、なくても、今の年齢と魔力の量では、大した魔法もまじないも何らかのことも、できはしないのだ。

だから、何事も仕方がない、と思ってすべて受け入れている。

金色の髪も、青い瞳も。

大して気に入ってはいなかった。


しかし、それを唯一褒めてくれるのは姉だ。

この貴族の家に養女としてもらわれてきた姉。

そうなるように、転生前のアリシアが仕向けた人である。

今日も姉は、アリシアの髪を整え、衣類を整え、紅茶を淹れて、お菓子をたくさん作ってくれた。


「アリシアの髪は綺麗な髪だわ!」

「そうでしょうか?」

「こんなに綺麗な金色、素敵じゃない」


姉は褒めてくれるけれど、この髪は母も兄も同じだ。

自分だけが特別なのではなく、特別の枠の中にいるようなもの。

不思議とアリシアは、いつもそういう悪いことばかり考えてしまう。


「私なんて、赤毛よ」

「お姉様の赤毛は、素敵です!はっきりとした色合いがお美しいから」

「あら、田舎っぽいって言われるのよー」


誰に?とドスのきいた声が出そうになって、アリシアは口を閉じた。

姉にそんな酷いことを言うのは誰だ。

きっと、姉のことを気色の悪い目で見ていた、学園の同級生だ。

いや、金貸しの家の息子かも。

みんな、父や兄を使ってどうにかしてきたというのに、まだ姉の心を乱すのか。


「仕方がないわよねぇ、赤毛は乾燥しやすいし、湿気を含みやすいし」

「そんなことありません!素敵です!」

「うふふ、そう言ってくれるのはアリシアだけなのよー」


呑気に言う姉。

姉にそんな酷いことを言う奴は、すべて排除する!とアリシアは思った。


本当は、転生する時に一緒に同じ時期、同じ時代に転生するつもりだった。

むしろ、双子でもいいかもしれない、と思って転生したくらいである。

しかし、実際は魔力不足で姉と妹として、年齢差ができてしまったのだ。

なんて酷い失敗!もっと上手くやれなかったのか!と何度も思った。


数年の月日は、姉と妹の間に違う世界を作る。

先に学園に行った姉は、その聡明さから、実のところ相当好意的に見られていた。

赤毛は美しく、快活な笑顔、優しい緑の瞳。

頭はいいから、常に成績は上位(むしろ、主席だ)

しかし控えめで、貴族の中でも目立たないようにしている。

まさに淑女!貴族の家の令嬢!

だから、姉の知らぬところで、姉に交際を申し込みたい、結婚を申し込みたい、という男は多かったのだ。


だが。

そんなこと、許されるわけがない。

姉の純潔を守り、姉のすべてを守る、とアリシアは思っていた。

自分も学園に行くようになったら、通学にして、毎日姉と過ごして、と決め込んでいる。

しかし、そんなことを姉に話すわけにもいかなかったので、なにも分からないただのアリシアを演じ続けていた。


「ふふ、もうすぐ私も学園を卒業だし。その後はどうしようかしら」

「お姉様は、我が家にお帰りください!それでいいでしょう?」

「そうね。特に殿方からのお声もかからないし」


よし!とアリシアは思った。

それでいい、姉はそれでいいのだ。

この家に帰ってきて、自分と一緒にいてくれればいい。


「お姉様のいない屋敷なんて、寂しいです!」

「そうねぇ。アリシアにはまだ刺繍を全部教えてないものね」

「そうです!」


こうして、アリシアは姉を影から縛り付け、守っていると言いながら、何かと支配しているのであった。



それから数日後、久しぶりに兄が家に帰って来ていた。

この兄は、不思議な兄である。

いつもフラッとどこかに行っていると思うが、持っているその杖には仕込みの剣が入っているのだ。

普通の貴族が仕込みの剣など持たない。

そもそも仕込みの剣は造りが甘いので、それなりの剣術使いでもなければ、扱えない代物だ。

そんな兄が帰ってきており、見れば近くにどこかの使いが来ていた。

年配の男は、どこの貴族の家の使いだろうか。


「だからぁ、ルイに自分で言ってよ」

「そうは申し上げておりますが、坊ちゃまはどうしても、と」

「無理無理!僕の言うことなんか、セシリアは聞かないんだって」

「そこをどうか」


姉の話をしている。

この男たち、姉をどうするつもりなのだ?と思うと、アリシアの視線は次第に鋭くなった。

少女の目ではない。


「あのね、ルイが誰を好きで、何をしたいのかなんて、僕には関係ないだろ?もうさぁ、好きなら結婚でも勝手に申し込めば?」

「坊ちゃまはそのおつもりです。ですが、やはりカリブス様にはお伝えを、と。騎士団長直々のお願いでございます」

「副団長を連れてくるならまだしも、君みたいな人が相手じゃねぇ」


確か、この国には騎士団という集団がいた。

魔女を倒すだのなんだの、と息巻いている集団だ。

でもいつも寸でのところで、倒すことができずにいる。

妙な集まりだ、とアリシアは思いながら、そんな奴らの長が、姉に結婚を申し込むなんて、言語道断!と思う。


「まあ、帰った。帰った。僕は何も聞かなかったことにするよ。あ、お茶会の時間だ。じゃあね」


兄は使者を追い返し、さっさとどこかへ消えてしまった。

困ったように使者は屋敷の方へ向かっていく。

今の屋敷には、姉しかおらず、両親も不在。

つまり、結婚の申し込みが直接姉の手に渡ってしまう、と理解したアリシアは、走り出した。


「こんにちは、お客様!どちらからいらっしゃいましたか?」

「おお、これは、アリシア嬢でございましょうか。お姉様のセシリア嬢に主から大事な手紙を預かって参りました」

「あら!では私がお姉様にお渡しいたします」

「いえ、これはとても大事なものです。旦那様に直接お渡ししなければ」


この世界では、結婚の申し込みは本人同士ではないのだ。

むしろ、親同士の問題が大きい。

特に、貴族同士の結婚ともなれば、正式な書状を送るなど手順が必要である。


「すみません、父は不在にしております」

「そうですか。では、日を改めます」

「はい!」


笑顔で送り出し、その後アリシアは苦虫を潰したように表情を険しくさせる。

姉に近づく男なんて、許さない。

こういう時は、なけなしの魔力をどうにか集めて、あの手紙を風に飛ばすのが、アリシアの使命だ。

ふわッと風が吹いて、使者は手紙を飛ばされ、そのままどこかへ。


「ふん!お姉様に結婚を申し込むなんて、図々しいのよ!」


アリシアは腰に手を置いて、仁王立ちだ。

姉を守ること、それが今のアリシアの絶対的使命である。


「アリシア~?どこにいるの~?」

「はーい、お姉様ぁ!!」


姉に呼ばれれば、すぐに可愛い妹に戻れる。

これがアリシアの一番得意なこと。

姉の前ではずっと可愛らしいアリシアで居続けるのだ。


「あら、アリシア」

「お姉様!」

「あなたの好きなケーキが焼けたわよ。庭で何をしていたの?」

「お花に蝶が止まっていたんです!」

「あら、素敵ね」

「はい!」


ニコニコしていれば、姉は可愛がってくれる。

この愛が欲しかったのだ!

死に場所を探す日々ではなくて、姉のように自分を心底愛してくれることが欲しかった。

大好きなケーキ、可愛い洋服、裁縫、楽器、読書、貴族の令嬢の生活は悪くない。

でも、一番いいのは、姉の側にいること。


けれども、アリシアはまだ気づいていない。

数日後、グラース家より正式な結婚の申し込みが来ること。


そして、姉が決心してしまうことを。



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