妹、とは不思議な生き物だとアリシアは思う。
この世に誕生した瞬間から、兄と姉を持っているのだ。
こんな生き物、変なものだ、と思いながら彼女は地道に成長していく。
アリシア・ウォーレンスは、産まれた時から自分は魔女であるという自覚があった。
自覚と言っても、それは大したものではない。
自覚があっても、なくても、今の年齢と魔力の量では、大した魔法もまじないも何らかのことも、できはしないのだ。
だから、何事も仕方がない、と思ってすべて受け入れている。
金色の髪も、青い瞳も。
大して気に入ってはいなかった。
しかし、それを唯一褒めてくれるのは姉だ。
この貴族の家に養女としてもらわれてきた姉。
そうなるように、転生前のアリシアが仕向けた人である。
今日も姉は、アリシアの髪を整え、衣類を整え、紅茶を淹れて、お菓子をたくさん作ってくれた。
「アリシアの髪は綺麗な髪だわ!」
「そうでしょうか?」
「こんなに綺麗な金色、素敵じゃない」
姉は褒めてくれるけれど、この髪は母も兄も同じだ。
自分だけが特別なのではなく、特別の枠の中にいるようなもの。
不思議とアリシアは、いつもそういう悪いことばかり考えてしまう。
「私なんて、赤毛よ」
「お姉様の赤毛は、素敵です!はっきりとした色合いがお美しいから」
「あら、田舎っぽいって言われるのよー」
誰に?とドスのきいた声が出そうになって、アリシアは口を閉じた。
姉にそんな酷いことを言うのは誰だ。
きっと、姉のことを気色の悪い目で見ていた、学園の同級生だ。
いや、金貸しの家の息子かも。
みんな、父や兄を使ってどうにかしてきたというのに、まだ姉の心を乱すのか。
「仕方がないわよねぇ、赤毛は乾燥しやすいし、湿気を含みやすいし」
「そんなことありません!素敵です!」
「うふふ、そう言ってくれるのはアリシアだけなのよー」
呑気に言う姉。
姉にそんな酷いことを言う奴は、すべて排除する!とアリシアは思った。
本当は、転生する時に一緒に同じ時期、同じ時代に転生するつもりだった。
むしろ、双子でもいいかもしれない、と思って転生したくらいである。
しかし、実際は魔力不足で姉と妹として、年齢差ができてしまったのだ。
なんて酷い失敗!もっと上手くやれなかったのか!と何度も思った。
数年の月日は、姉と妹の間に違う世界を作る。
先に学園に行った姉は、その聡明さから、実のところ相当好意的に見られていた。
赤毛は美しく、快活な笑顔、優しい緑の瞳。
頭はいいから、常に成績は上位(むしろ、主席だ)
しかし控えめで、貴族の中でも目立たないようにしている。
まさに淑女!貴族の家の令嬢!
だから、姉の知らぬところで、姉に交際を申し込みたい、結婚を申し込みたい、という男は多かったのだ。
だが。
そんなこと、許されるわけがない。
姉の純潔を守り、姉のすべてを守る、とアリシアは思っていた。
自分も学園に行くようになったら、通学にして、毎日姉と過ごして、と決め込んでいる。
しかし、そんなことを姉に話すわけにもいかなかったので、なにも分からないただのアリシアを演じ続けていた。
「ふふ、もうすぐ私も学園を卒業だし。その後はどうしようかしら」
「お姉様は、我が家にお帰りください!それでいいでしょう?」
「そうね。特に殿方からのお声もかからないし」
よし!とアリシアは思った。
それでいい、姉はそれでいいのだ。
この家に帰ってきて、自分と一緒にいてくれればいい。
「お姉様のいない屋敷なんて、寂しいです!」
「そうねぇ。アリシアにはまだ刺繍を全部教えてないものね」
「そうです!」
こうして、アリシアは姉を影から縛り付け、守っていると言いながら、何かと支配しているのであった。
それから数日後、久しぶりに兄が家に帰って来ていた。
この兄は、不思議な兄である。
いつもフラッとどこかに行っていると思うが、持っているその杖には仕込みの剣が入っているのだ。
普通の貴族が仕込みの剣など持たない。
そもそも仕込みの剣は造りが甘いので、それなりの剣術使いでもなければ、扱えない代物だ。
そんな兄が帰ってきており、見れば近くにどこかの使いが来ていた。
年配の男は、どこの貴族の家の使いだろうか。
「だからぁ、ルイに自分で言ってよ」
「そうは申し上げておりますが、坊ちゃまはどうしても、と」
「無理無理!僕の言うことなんか、セシリアは聞かないんだって」
「そこをどうか」
姉の話をしている。
この男たち、姉をどうするつもりなのだ?と思うと、アリシアの視線は次第に鋭くなった。
少女の目ではない。
「あのね、ルイが誰を好きで、何をしたいのかなんて、僕には関係ないだろ?もうさぁ、好きなら結婚でも勝手に申し込めば?」
「坊ちゃまはそのおつもりです。ですが、やはりカリブス様にはお伝えを、と。騎士団長直々のお願いでございます」
「副団長を連れてくるならまだしも、君みたいな人が相手じゃねぇ」
確か、この国には騎士団という集団がいた。
魔女を倒すだのなんだの、と息巻いている集団だ。
でもいつも寸でのところで、倒すことができずにいる。
妙な集まりだ、とアリシアは思いながら、そんな奴らの長が、姉に結婚を申し込むなんて、言語道断!と思う。
「まあ、帰った。帰った。僕は何も聞かなかったことにするよ。あ、お茶会の時間だ。じゃあね」
兄は使者を追い返し、さっさとどこかへ消えてしまった。
困ったように使者は屋敷の方へ向かっていく。
今の屋敷には、姉しかおらず、両親も不在。
つまり、結婚の申し込みが直接姉の手に渡ってしまう、と理解したアリシアは、走り出した。
「こんにちは、お客様!どちらからいらっしゃいましたか?」
「おお、これは、アリシア嬢でございましょうか。お姉様のセシリア嬢に主から大事な手紙を預かって参りました」
「あら!では私がお姉様にお渡しいたします」
「いえ、これはとても大事なものです。旦那様に直接お渡ししなければ」
この世界では、結婚の申し込みは本人同士ではないのだ。
むしろ、親同士の問題が大きい。
特に、貴族同士の結婚ともなれば、正式な書状を送るなど手順が必要である。
「すみません、父は不在にしております」
「そうですか。では、日を改めます」
「はい!」
笑顔で送り出し、その後アリシアは苦虫を潰したように表情を険しくさせる。
姉に近づく男なんて、許さない。
こういう時は、なけなしの魔力をどうにか集めて、あの手紙を風に飛ばすのが、アリシアの使命だ。
ふわッと風が吹いて、使者は手紙を飛ばされ、そのままどこかへ。
「ふん!お姉様に結婚を申し込むなんて、図々しいのよ!」
アリシアは腰に手を置いて、仁王立ちだ。
姉を守ること、それが今のアリシアの絶対的使命である。
「アリシア~?どこにいるの~?」
「はーい、お姉様ぁ!!」
姉に呼ばれれば、すぐに可愛い妹に戻れる。
これがアリシアの一番得意なこと。
姉の前ではずっと可愛らしいアリシアで居続けるのだ。
「あら、アリシア」
「お姉様!」
「あなたの好きなケーキが焼けたわよ。庭で何をしていたの?」
「お花に蝶が止まっていたんです!」
「あら、素敵ね」
「はい!」
ニコニコしていれば、姉は可愛がってくれる。
この愛が欲しかったのだ!
死に場所を探す日々ではなくて、姉のように自分を心底愛してくれることが欲しかった。
大好きなケーキ、可愛い洋服、裁縫、楽器、読書、貴族の令嬢の生活は悪くない。
でも、一番いいのは、姉の側にいること。
けれども、アリシアはまだ気づいていない。
数日後、グラース家より正式な結婚の申し込みが来ること。
そして、姉が決心してしまうことを。