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前日譚〜妹アリシアの苦悩〜②

温かい日差しを受けて、目を覚ます。

今日もアリシアの一日は、姉の美味しい朝ごはんから始まるのだ。

メイド長と姉は仲が良く、一緒に料理をしていることが多い。


「アリシア、朝よ」

「はい、お姉様」

「着替えて、髪を整えなさい」

「はい!」


アリシアは幸せだった。

大好きな姉と一緒に居られて。

それが貴族の娘としては、少し珍しいことなど、知りもしない。

姉が髪を整えてくれて、アリシアは鏡越しに笑顔の姉を見る。

大好きな姉、私だけのお姉様。

アリシアはそう思って、姉の側を離れる気は一切ない。


一緒に食堂へ行くと、姉の焼いた香ばしいパンの香りがする。

フワフワのパンはとても美味しくて、スープはあっさりしているのに、蕩ける野菜が入っている。

妹の体を気遣う料理の上手さに、アリシアは大満足だった。

柔らかいオムレツにはトマトが添えられ、レタスなどの野菜も載っている。

口に入れれば蕩けるオムレツ。

アリシアはこの美味しさは自分だけのもの、と思って味わう。

これを食べられるのは、これから一生自分だけなのだ。


「そう言えば、朝、お父様へ手紙が来ていたわね」

「はい、お嬢様。本日の昼には旦那様がお帰りになります。その時にお渡しいたします」

「うん、お願いね」

「はい」


姉とメイド長の話を聞いて、アリシアは焦った。

なんてことだ!

あの手紙は、確実に飛んで行って、川に落ちたはず。

それを一晩で書き直して、持ってきたというのか。

なんて執念、なんて行動力!

そんな男に、姉の生涯を渡すわけにはいかない、と思う。


「あら、どうしたの、アリシア?」

「い、いえ!」

「美味しくなかった?」

「そんな!とっても美味しいです!」

「よかったわ。食べ終わったら、少し散歩をしましょうね。それから、読みたがっていた本を読もうかしら」

「お天気がいいので、お庭で読みませんか、お姉様!」


父の手に手紙が渡る前に、どうにかせねば。

ならば、少しだけでも姉を引き離しておきたい。


「そうね、ちょっとお茶でも持っていきましょうか」

「はい!私、読みたい本がたくさんあります!」

「あら、いつの間にそんなにたくさん本を見つけたの?」


微笑む姉を必死に惹きつけて、アリシアは笑う。

自分が笑えば、姉も笑ってくれるのだ。


食事を終わらせると、早速大量の本を握って、アリシアは姉の側にベッタリだ。

父が帰った姿が見えても、挨拶もそこそこに、姉と庭へ出て行く。

絶対に姉を結婚させてなるものか!それが今のアリシアの強い執念であった。


のどかな庭、温かくて、花が咲き、お茶も美味しく飲める場所。

アリシアは、本を読みながら遠目に窓越しの父を見た。

手紙を開こうとしているのを見て、アリシアは悔しくなる。

姉は私がわざわざ転生させて、ここまで連れてきたのだ。

誰かと結婚するために来たんじゃない!

嫉妬の炎がメラメラとアリシアを包んでいたが、とうの姉は何も気づかず好きな本を読んでいる。

以前から好きな本であれば、何度も読み返すような人だ。

こんなに純粋でいい姉を、どこのどいつにやれるものか。


しかし、今のアリシアにはもう力がない。

昨日使った魔力は、今出せる最大限のもの。

これ以上は難しいので、どうしたらいいか、考えた。

ならば、とにかく駄々をこねて無理を言ってみるか?はしたないと言われるかもしれないが、効果はあるだろう。


「お姉様、お姉様は学園でどんな本を読まれたんですか?」

「そうねぇ。植物の本はとても面白かったわ。詳しく書かれていたし、絵もあったの。刺繍の模様にも使えそうだったわね」

「まあ、素敵!お姉様って、植物がお好きですよね」

「ええ。まるで植物の声が聞こえるみたいなのよ。ふふ、おかしいでしょ?」

「いいえ、そんなことありません!私、お花畑には妖精さんのお家があるって思います!」


子どもっぽい台詞を並べておこう。

実際のところ、妖精は森や山などの自然の魔力が溜まる場所にいることは多い。

通常は見えないが、魔力の高い者や魔眼を持った者には見える。

アリシアは、魔女の知識として人間の側に妖精がいないことは分かっていたが、夢見る少女を演じることは、姉のためだと信じていた。


「うふふ、アリシアったら可愛いことを言うのね」

「だって!お花の間をヒラヒラって飛んでいるって、夢で見ましたもの!」

「あら、素敵な夢ね」


笑う姉はとても優しい笑顔だ。

姉は、もうすぐ学園の卒業になる。

すでに主席で卒業が確定しており、彼女の能力の高さがはっきりとしていた。

アリシアはそんな姉を尊敬しつつ、やはり卒業後は自分のところに戻ってきて欲しい、と思う。

自分も姉が卒業してから学園に行くことになる。

もう少し年齢が近ければ一緒に行けたのに、と思うことは大いにあるが、仕方ない。

今は、姉が実家に戻る確定を作らねばらなかった。


「そういえば、同級生のご令嬢がお嫁に行くと聞いたわ」

「そ、そうなんですか!?」


今、結婚の話は駄目だ。

そんな話をして、そのままの流れで自分も!と言われては困る。


「ふふ、学園に在学している間に見初められないと、行き遅れるから仕方ないわね。私は完全に行き遅れよ」

「い、いえ、お姉様はお優しいし、何でも優秀でいらっしゃるから、い、い、急がなくても」

「ありがとう、アリシア。そうよね、お嫁に行くのは急がなくてもいいわよね」

「そうです!」


よし、とアリシアは思った。

このまま姉の気持ちを結婚から引き離せ!

絶対に嫁に行ってもらっては困るのだ!


その日の晩、父親が兄を呼びつけて、書斎で何やら話をしている。

アリシアは、姉に見つからないように聞き耳を立てると、どうやら我が家の財政は傾いているらしい。

兄に任せた事業がものの見事に失敗し、負債が増えた、という話だ。


あんな兄に任せるからだ、とアリシアは思う。

そんなことなら、首席で学園を卒業する姉に任せて見ればいいものを、やはり事業をするなら、家業を継ぐなら男でなければ、という思いが父親にはある。


(あのお兄様に何ができるとも思えないけれど……)


遊び呆けているとも聞くし、学園を卒業して数年は放蕩息子状態だった。

稀に連絡は寄越すが、帰って来ない。

遊んでいるのか、仕事をしているのか、分からない。

それが兄という人だった。


(どこのご令嬢からも相手にされない、情けない男だし)


ウォーレンスを見たら逃げろ、とまで令嬢たちから言われたのが兄である。

普通ならば、貴族の男子が来れば、令嬢たちは周囲を取り囲んで、これでもか、というほど自分に注目をさせたがる。

確かに美しい人、胸の大きな人、知性、品性、さまざまな特徴の令嬢がいるが、その誰もがカリブス・ウォーレンスを嫌がった。

もともと風来坊のようにして、飄々とした態度、なんとも言えない口調や仕草に、令嬢たちは気持ちが乗らないのだ。

美しい金髪に青い瞳は、本当に美しいものなのに、兄は好かれない。

変な人に何を言っても、治ることはない。

アリシアはそう思って、離れようとしたが、聞き捨てならない言葉が聞こえてくる。


「騎士団長のルイフィリア・レオパール・グラース様から直々だぞ!」

「そんなの知らないよ、僕には関係ない」

「何を言うか!この縁談でどれだけうちに金が入ると思う!お前が湯水のように消し去った金を、セシリア1人でまかなえるんだからな!」

「はいはい」


なんて奴ら!!

アリシアの怒りは爆発しそうだった。

大事な大事な姉を、お金のために見知らぬ男に嫁がせようとしている。

まさに人質ではないか!

お金がないのは分かる。

しかし、そのために娘を売ろうとはなんという親か。


「養女でもいいと言っておられるんだ」

「あ、そう」

「おい、カリブス!」


そうか。

アリシアは、転生前の彷徨い続けた自分を思い出す。

必要とされない人間はいる。

そんな人間は、それ相応に扱われる。

自分はそうだった。


でも、大事な姉は違う!と叫びたかった。



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