セシリア・ウォーレンスはこの家の養女だ。
アンリエッタ・ウォーレンスが「可愛い女の子が欲しいわ~!」と言い出して急に孤児院から引き取った子である。
カリブスがすでに生まれていたので、決して子どものいない家ではなかったはずなのに、孤児を引き取っていた。
その後生まれたのが、アリシアである。
生まれた時から転生前の記憶を持ち、姉との関係性も分かってここに生まれ落ちた。
しかし魔力が足らずに、年齢相応の少女として生活しているに過ぎない。
成人する頃には魔力も十分に回復するだろうし、今は数日魔力を溜めて、ちょっと悪戯程度の魔術が使える程度ではある。
今までは、姉に庇護され甘やかされて育ち、それこそ夢にまで見たキラキラ生活を送っていたアリシアだったが、姉の結婚話が出てきて、事態は急展開だ。
大事なお姉様を、誰かの妻になどしてなるものか!
一緒に暮らすために、転生させたというのに、なんたることか、と今のアリシアは怒りに満ちている。
そもそもアリシアは、自分を拾ってくれた魔女から力を分けてもらって魔女になった存在だ。
そういった存在は珍しいらしく、普通は魔力の高い者が魔女や魔術師、預言者などそういった類の存在になる。
まずまず魔力のあった過去のアリシア(その時はアリシアとは呼ばれていなかったが、だいぶ昔なので忘れた)は、魔女に力を分け与えられ、共に長く暮らした。
しかし、魔女との関係性が悪くなり、彼女の元を去ったはいいが、その後の生活は大変だった。
もともと魔女としての知識が多くはなかったので、暴走する魔力に悩まされ、1人孤独に過ごしたものである。
多くの世界を渡り歩き、さまざまなものを見て、時には人間の良い部分も汚い部分も知った。
死にたい、という結論が出るのにそう長い月日はかからなかったと思う。
しかし魔女から力を分け与えられていたアリシアは、死ねなかった。
何度も何度も命を絶ったが、転生し、また新しい人生が始まる。
転生前の記憶が残っているので、次の人生が上手く行くこともなかった。
つらいことばかりの世界を何度も憎み、何度も哀しみ、そしてまた自死を繰り返す。
その最後にやっと見つけたのが、姉だった。
当時の姉は、姉ではなく、旅館の従業員の1人。
自殺をしようとしたアリシアを止めに入り、巻き込まれて一緒に死んだ。
一緒に死んでくれる人が初めてだったアリシアは、それにとても感動し、一緒に同じ世界に転生することにしたのだ。
だが、魂を2つも同時に同じ世界に転生させるのは、なかなかに難しい。
仕方なく、彼女は近場に会った本の世界を選択し(時間の短縮)魂の結びつきを強くし(近くに転生するため)小細工を繰り返して、今に至る。
さすがに魔力不足は否めなかった。
本来ならば、転生してからすぐに魔力は回復するのだが、今回は違う。
姉にも自分の魔力の一部が転生してしまい、その回収は不可能のようだった。
時間が経ちすぎているというよりも、魔力が姉に馴染みすぎている。
だから元の持ち主であるアリシア以外、気づけないような魔力の性質になっているのだ。
とにかくアリシアはせっかく同じ世界に転生した姉を、みすみす知らぬ男に嫁に行かせるなどしたくない。
この世界に転生させた、意味がないではないか、と思っている。
父と兄の会話を聞いて、その後ベッドにもぐりこんだが、その中でも苛々がおさまらなかった。
翌朝早朝、早朝と言っても、まだ日も昇らぬ朝のこと。
アリシアはベッドを抜け出して、父の書斎へ忍び込んだ。
魔力があればこんなことをしなくてもいいのだが、今は仕方ない!
あの手紙の中身をしっかりと確認して、手を打たねばならなかった。
父の口ぶりから、騎士団長には頭が上がらないのだろう。
同時にお金も支援してもらえるとなれば、万々歳。
いや、アリシアは万々歳じゃない!
父のテーブルからあの手紙を探し出し、開いた。
騎士団長、ルイフィリア・レオパール・グラースから直々の縁談。
いや、内容的にはすでに結婚が決めてあるかのような強引さ!
どうせ嫁を貰い損ねた騎士団長が、焦って貴族の娘ならどこでもいい、なんなら言うことを聞くところを、と言って姉を探したに違いない。
手紙を握り締め、悔しくなる。
この結婚、どうにかして破談にできないか!
アリシアは手紙を戻すと、部屋に戻った。
そして何事もなかったかのように、またベッドに入る。
しかし頭の中は、嫌な想像ばかりで眠りにもつけない。
やがて日が昇り、姉が部屋へやってきた。
「アリシア、起きなさい」
「はい、お姉様」
「あら、あなたひどい顔!どうしたの?熱があるんじゃない?」
ひどい顔なのは寝不足と考えすぎだ。
魂は魔女であっても、現在の体と精神はまだ幼い少女なのである。
無理をすれば、それだけ体に負担が来るのは当たり前。
アリシアは、姉には悪いが演技をすることにした。
「ああ、お姉様ぁ!恐い夢を見たんです!お姉様が遠くへ行ってしまうの!」
「そんなことないわ、アリシア」
姉は何も知らない。
この人に今、縁談が持ち上がっているなんて、想像もしていないのだ。
こんなにできた貴族の令嬢、そうそういないというのに、なぜかいつも邪魔が入って、誰も姉には近づけない。
いいや、近づけないのだ。
妹であるアリシアがことあるごとに邪魔をしてきたから。
「お姉様、今日は、今日だけは、側にいてくださいませんか?」
「どうしたの、甘えん坊さんね。でもごめんなさい、今日は学園の図書館へ本を返しに行かねばならないのよ。返却の期限なの」
「そんな!」
とは言ったものの、これはある意味、姉を家から引き離すいい機会だ。
姉が家を離れている間に、縁談話をどうにかこじれさせたい。
「分かりました。では、お姉様、私にも何か本を借りてきてください」
「任せて!アリシアの好きそうな、素敵な本を探してくるわ!」
姉が図書館に入り浸れば、軽く半日は時間ができる。
アリシアはそれも分かっていて、話をしていた。
部屋の窓から、姉が馬車に乗り学園に向かうのを確認し、行動開始だ。
まずは父のところへ行って、何をしているか確認した。
父は、自分には甘い。
なぜなら、兄は放蕩息子、姉は養女、期待できるのはこれから伸びしろのあるアリシアだから。
「どうしたんだい、アリシア」
「お父様、久しぶりにお父様とお話がしたくって」
「おお、そうか。来なさい、どんな話がしたいんだ?」
「実は……最近、変な来客が多くって。嫌だわ、お父様を不安にさせたいわけじゃないんです!」
噓、ではない。
ちょっと大げさに言っているだけ。
アリシアはそう思って、父の様子を確認した。
すると、父は顔を真っ赤にさせて怒っている。
「誰が可愛いアリシアに付きまとっているんだ!」
「お父様、気のせいかもしれませんから、そんなに怒らないで……!」
「いいや、これは異常事態だ!」
「でもお父様、私はお姉様がいてくださるから、安心なんです……」
「む、セシリアのことか……」
きっと、父の頭の中はセシリアを嫁にやって金をもらうことと、可愛いアリシアを守ることがひしめき合っているに違いない。
いいのだ、これで。
これくらい混乱させた方がいい。
「お父様、お姉様はまだお嫁に行かないでしょう?」
「む、そ、それは」
「え、お父様、そんな……」
すべて演技だ、すべて姉を自分の側に置いておくためだけの演技!
アリシアは心の中で、悪女のように高笑いしている。
「じ、実は、セシリアには縁談話が来ているんだよ」
「そ、そんな!私、嫌です、お父様!!」
「う、うむ……」
「お姉様がいなくちゃ、私は生きていけません!!」
姉が大好きな妹。
ちょっと大げさな演技をしてみたが、父は本気で悩んでいるようだった。