馬車に飛び乗って、騎士団長に会ったはいいが、すぐに魔女だと見破られてしまった。
あの男のことだ、きっと姉にも上手く言っているかもしれない。
姉から、魔女のことを聞くことはなかったけれど、なんだか今までと目が違う。
嫁に行ってしまった姉への執着が捨てきれないアリシアは、あの手この手で姉を取り戻そうとするが、上手くいかない。
手紙を書き綴っても、なかなか上手くいかず、姉は戻ってこないのだ。
可哀想だが、こうなれば何かの理由で離婚へ持ち込めないか。
正確には、2人の結婚式は1ヶ月ほど先なので、まだ結婚しているとは言えなかった。
「お姉様をどうにか……」
「アリシアさぁ、最近おかしいよねぇ?」
「きゃ、お、お、お兄様!?」
廊下の影から出てきたのは、兄である。
まさか家に帰ってきているとは、思いもしなかった、というより関心がなかった。
この男、いつも勝手にどこかへ行って、勝手に戻ってくる。
姉の話では、結婚相手を見つけるために、さまざまなところへ顔を出しているというが、逆にそのせいで気味悪がられているのだとか。
「金色の髪に青い瞳」
「……お兄様も一緒じゃないですか」
「あれぇ?セシリアがいなくなったとたんに、いい子はやめちゃう?」
この男、何か知っている。
コイツ、と思った時に、兄がニヤリと笑った。
「僕たちの見た目ってさぁ、魔女にそっくりだと思わない?」
「な、なんの、お話ですか?」
「そっか、アリシアは知らないかぁ。昔々、わるーい悪女がいてさぁ。その悪女は魔女だったわけ。その見た目が、金色の髪に青い瞳なんだよねぇ」
「偶然では?」
「そうかな?金色の髪に青い瞳の魔女の側には、必ず赤毛で緑の瞳をした女がいるって話もあってねぇ」
それは。
アリシアは、かつての自分を思い出す。
それは、自分を拾って育ててくれた人―――自分に力を分け与えてくれた魔女の存在だ。
あの魔女は、赤毛に緑の瞳をしていた。
いや、容姿など魔女にとって重要ではない。
魔法で幾らでも変えられるし、魔術の類なら、人に化けることだって簡単。
しかし、あの魔女は赤毛に緑の瞳を好んだ。
それが世界で一番愛らしい、と言って。
「だから、何なんでしょうか?お話の意図が分かりません」
「お前、魔女だろ」
聞き方が雑すぎる!
さすが兄、さすが、馬鹿馬鹿と言われる兄だ。
「な……!」
「お前さ、魔女だよね?」
「そ、そんな、証拠、ないですよね、お兄様?」
「ルイから聞いたし、色々とおかしい点にも気づいてるんだ」
あの騎士団長から聞いた?なぜ?
なぜ、と思った時に姉への縁談話が最初に来た時、兄に話をしていた執事を思い出した。
なぜ、父よりも先に兄だったのか。
その理由は。
「………騎士団」
「んー?なんの話?」
「お兄様は騎士団の関係者なんでしょう。だから、騎士団長から話を聞いた。でも、嘘とは言いませんが、見当違いだと思いますわ。私みたいな子どもが、稀代の悪女だなんて!うふふ、おかしなお話です!」
「じゃあ、ここで斬り殺そうか。話が早く済む」
早く済む、と言い終える前に、アリシアの首には剣があった。
研ぎ澄まされた剣は、兄の杖に隠されていたものだ。
「お、お、お兄様?妹を殺して、何の得が……」
「魔女の疑惑がある存在を、屋敷に残していくよりましだね。妹殺しの罪を背負って罰せられた方がいい」
「は……?」
その潔さ、まさに騎士団。
この男、いつもは何もできないヘラヘラした気味の悪い男を演じながら、実は騎士団の―――と思った瞬間、兄の殺気を感じた。
本気で殺される。
その瞬間、アリシアの中には姉ことしか浮かばなかった。
たくさんの魔力を投じて、姉と同じ世界に転生したのだ。
やっとの思いで、時間さえもずれての転生。
これから楽しむつもりだったのに、こんなところで終わらせるなんて!
自分が先に死んでしまったら、姉の魂を引き連れて次の世界で転生することもできなくなってしまう。
ならば。
アリシアは必死の思いで踵を返し、走った。
こんなところで死んでなるものか!
しかし、貴族令嬢の体とは、思ったよりも上手く動かないものだ。
兄に何をされるでもなく、アリシアは足が躓いて、ひっくり返って、階段から落ちて行った。
痛い、痛みは感じる。
魔女だろうが、痛いものは痛いのだ。
ここは演技をするしかない。
痛みはいずれ消えるし、傷も癒えるが、自分への疑惑は今しか拭えない。
大声で泣き出し、メイドがやってくる。
怪我をしたと泣き出して、主治医を呼んでもらう。
兄は、遠くからそんなアリシアを見て、背中を向けた。
とりあえずは、免れた、はず。
魔女で転生するのも、楽じゃない……!
正直な話、痛みは一晩で癒えた。
魔力が日々戻ってきている証拠である。
しかし、これはある意味、姉を引き戻すチャンス。
姉への手紙を大げさに書いて、送った。
「ふふ、これでお姉様は戻ってくるはずよ……!」
お姉様は、私のもの。
それがアリシアの中で揺るがないこと。
お姉様さえいれば、この世界は完璧だ。
この世界はお姉様の大好きな世界だし、自分にとっても居心地がいい。
だから、すべて完璧に思えたのに―――
突然現れた筋肉隆々の男や、メイドの1人が魔術師と入れ替わっていたり。
兄が剣を抜き、騎士団長まで来てしまった。
アリシアの計画では、姉との甘い時間を過ごすだけだったのに!
どうして、どうして。
そんなことを繰り返し思っても、答えは出て来なかった。
アリシアが予定ていたのよりも早く、姉は騎士団長の屋敷へ帰ってしまう。
それからは、どんなに策を練っても、姉が動いてくれなかった。
あの人は、この世界で愛を見つけてしまったのである。
「あーあ」
屋敷に残されたのは自分1人。
あの兄さえも、騎士団長の屋敷へ行ってしまった。
残されたのは、無力な妹の皮を被った、魔女だけ。
「いい子演じてたと思うんだけどなぁ」
姉に好かれるように、愛してもらえるように、姉の大好きな本の中の主人公になり切った。
金色の髪に青い瞳。
お人形のように愛らしくて、リボンやドレスが可愛らしい存在。
花のように笑って、いつも可愛らしくしていたつもり。
そんな本の中のアリシアに、姉はずっと憧れていたんじゃなかったのか。
ここにいるアリシアは、姉の憧れではなかったのか。
悔しい、と思ってしまう。
何が違って、何が間違えだったのか。
あの人は、どうして別の愛を受け入れてしまったのか。
分からない。
「うふふ、迷っているわねぇ、そんな匂いがするわねぇ」
「お母様……?」
そこにいたのは、自分と同じ容姿を持った女性だった。
貴族の令嬢らしく、豪華なことが好きで、好き勝手に生きることが好きな人。
子育ても碌にせず、ずっと友人と同好会を組んで旅に出ていたはず。
「久しぶりねぇ、お嬢さん」
「え?」
「あらぁ、私を忘れたの?ひどいわぁ」
「ま、さか。いや、どうして、あなたが……!?」
「あなたに力を与えたのは私よ?あなたが何をしたって、私は側に行ける。うふふ、こんな絵本の中にまで入り込めるとは思わなかったけど」
目の前の女性は、すでに覚醒した魔女だった。
美しい見た目とは裏腹に、世界を焼け野原にすることが好きな魔女である。
「そ、そんな、気配は一切なかったはず……」
「あなたが面白そうなことをしていたから、黙ってみていたのよぉ」
「だ、黙って……」
「色々お膳立てしてあげたじゃない!大好きなお姉ちゃんに、お姉ちゃんを奪っていく騎士団長!黙っていてもあなたは、王子様と結ばれる運命よ」
「そ、そんな運命、望んでませんけど……!」
あははは、と魔女の高笑いが聞こえた。
身震いしてしまうような、笑いだ。
「まあ、どうせ最後はみーんな燃やしちゃうけどねぇ!!」
アリシアの記憶に、遠い過去が蘇ってきたのだった。