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前日譚~妹アリシアの苦悩~⑥

魔女は世界が焼けるのを楽しんでいる人だった。変な人、と言えば変な人ではあるが、あの魔女が最初の魔女である。そして転生を繰り返し、さまざまな世界を渡り歩いている魔女でもあった。

子どもの読む本に出てくる魔女は、すべて彼女のことである。その本の中に入り込み、その本の中で悪さを繰り返す。それが例えば白雪姫であったり、どこかの森の魔女であったとしても、そもそもの魂は彼女なのだ。


彼女が求めるのは、自分自身の魂が面白さを感じて生きていくこと。それを彼女は魂が震えるとか、ぞくぞくするとか、そんな曖昧な言葉で表現する。それを見て、アリシアは生きるということはそんなものなのだ、と思っていた。だから彼女から離れても、アリシアが求めたのは生きる場所ではなく【死に場所】であり、転生すると分かっているから死に対する重きも恐怖も大してなかった。


「お母様」

「いやねぇ、お母様ですって!」

「仕方がないでしょう、この世界ではあなたが私を産んだのだから。いつの間に覚醒したんですか?以前はあなたの意識はなかったはずです」

「うん、旅行中に魔力も溜まったし、そろそろいいかしらって。セシリアの結婚式が終わって、絶好調の時を狙おうと思うのよ」

「な……!」


とんでもないことをこの母―――いや、魔女は言っている。この魔女は自分の娘の人生を滅茶苦茶にして楽しむつもりなのだ。それとも、今度は自分が娘の【何か】になるつもりなのだろうか。

アリシアはかつて母であった魔女を睨みつけ、どうすべきかを考える。本当は姉には結婚して欲しくなかった。騎士団長とは10も年が離れていると言うし、そんな荒くれ者に姉が嫁いで何になるか、と。だが今は違う。姉を守る存在は1人でも多い方がいい。


「……騎士団は、あなたの命を狙っていますが」

「あら、そうなの?色々な世界を渡り歩いたせいで、何がなんやらって感じなのよねぇ」

「では、あまり騎士団に近づかない方がよろしいのではないですか?以前、かなりひどい状態まで魂を傷つけられたのは、この世界線の騎士団ではございませんでしたか?」

「……そうだったわね。そう、あの時!あの時、赤毛の娘がいたじゃない!あの子がかわいかったのよ、だから赤毛の子が欲しくって!」


そんな理由で姉を選んだのか―――偶然?しかし魔女は偶然さえも必然にできる存在だという。ならば、この運命は必然なのか。アリシアは目の前の魔女を見ながら、腸が煮えくり返りそうだったが堪える。

姉だけは幸せにしたい。本当は一緒にと思ったけれど、前の世界で自殺に巻き込んでしまったから、悪いことをしたとも思っているのだ。だからせめてもの罪滅ぼしのつもり。あの優しくて強い姉が、この世界で幸せになれるように妹は―――苦悩を捨てることにした。


「では、結婚式の後はいかがでしょうか。私は姉と懇意ですので、一番よい時を教えて差し上げます」

「本当?でもあなたも嘘つきだものね~?」


うそつき。それは自分のもとを去ったからだろう。去りたくて去ったわけではない。本当はずっと一緒にいたかったけれど、この魔女の暴挙に耐えられなくなってしまったのだ。その世界を焼け野原にすることが好きな魔女。いくら死んでも、転生を繰り返す。アリシアでさせ転生には時間と魔力を要するのに、目の前の魔女はそれすら楽しみのようにしている。

こんな魔女に自我を奪われて、実の母はさぞ嘆いているだろうな、とアリシアは思った。旅行が好きで、家にいることが嫌いなアンリエッタ。それは貴族の娘として箱に入れられて育ってきたから。アンリエッタの娘時代は、学園すらなかったと聞く。つまり、母はずっと貴族という家の中に押し込められて生きてきたのだ。

貴族の娘にある未来は、同じような貴族に嫁いで、子どもを産むことだけ。子どもが産まれれば、後は乳母でもメイドでも、何にでも手伝ってもらえる。お金さえあれば、綺麗な服を来て、毎晩遊び歩いて、毎日お茶会を開ける。高い紅茶に甘いお菓子。砂糖は高級品なのに、気にせず紅茶にたっぷり入れる。それが貴族の嗜みと言われるような世界。

そこからアンリエッタが抜け出したのは、結婚した相手が貿易商だったからだ。貿易を営む父は、家を空けることが多かった。だから自分も旅行に行きたいと、美しい妻に乞われて父は行かせるしかなくなった。美しい妻の願いは、家にとどまらずどこかへ行くこと。


しかし今、母はどこにいるのだろう。魔女に覚醒した肉体は、そのまま魔女として魔力を扱えるようになる。そのため、肉体の自我は消えるそうだ。いつも乗っ取る方であったアリシアは、消えた自我がどうなっているか分からない。消滅してしまっているのか、それとも欠片でも残っているのか。

分からないことばかりを考えると不毛だ。そんなことよりも、今は姉を優先しよう。あの人を守るため、あの人を幸せにすることを考えるのだ。そのためには手段を選んでいる暇はない。


「ああ、それからぁ、ちょっと悪戯はしちゃったわぁ」

「え……?」

「騎士団長の屋敷内には結界があるから、外には色々と魔法で操った動物とかを放っておいたの!怪我くらいしてるかもしれないわねぇ?」

「そ、そうですか……」


姉のことだから、怪我をしたって誰かに言うことはない。もしかしたら、魔法の影響を受けて悪夢を見ていることもあるかも。転生した魂は不安定だから、そんなこといくらでも起こり得る。

自分が巻き込んでしまった人の人生くらい、責任を持って守ってあげなくてはいけない、とアリシアは強く思った。そして、目の前の魔女をこの世界から消し去りたい。もしかしたら、それに合わせて自分も消滅してしまうかもしれないけれど、どうにかしたいのだ。

それはすべて、姉のため。あの人はとても大事な人だから、これからも幸せであってほしいと心底願っている。


(本当は私が幸せになりたくて、あの人を無理矢理この世界に転生させたのに……今じゃ逆ね)


アリシアは、そう思いながらいつものように愛らしく微笑んだ。そして、最後まで妹として、姉を守り抜こうと誓うのだった。



◇◇◇



魔女が消え去り、自分はどうなってしまうのか、と思えばただのアリシアのまま残った。魔力もまずまず残っているし、次に転生できるかと言われれば不明なところだが、それは後々考えればいいだろう、と思う。

姉と結婚した騎士団長は、魔女がいなくなったことでその使命を果たしたらしく、今後は普通に騎士団としての役割を中心に生きていくようであった。だが、どう見ても姉のことが大好きだ。姉の前では初心な少年のようになって、真っ赤な顔をしている。


姉からは、学園に入って王子と結ばれることを希望されているアリシア。しかし彼女にとっては、王子など二の次どころか、視界にも入っていない。


「アリシア嬢、その、今度……」

「あなた、王子でしょう!?」

「え!いや、その!?」


身分を隠して学園に通っている王子をさっさと見抜き、アリシアは高飛車な態度で王子を自分の【配下】に入れた。王子は強いアリシアに惚れ込んで、何でも言うことを聞いてくれるのだ。ひ弱なお坊ちゃま王子は、自分をグイグイ引っ張ってくれるアリシアに惚れ込んでしまっている。

姉の持っていた本の中で、アリシアはいじめを受けたり、ひどいことを言われたりなどしているようだったが、もうそんなアリシアは存在しない。自分のことを軽んじてくる馬鹿な貴族の子息令嬢たちを、瞬く間に叩きのめした。


「何か、ご不満でもございまして!?」


入学したばかりなのに、学園のヒエラルキーの頂点に立つアリシア。そんなアリシアには大きな目標がある。それは、姉の奪還だ。そのために大事なことは。


「私、アリシア・ウォーレンスは、騎士団入団試験を受験いたします!!」


かわいくて。

きらきらで。

ふわふわで。

金色の髪をした、青い目の美少女は今―――最愛の姉(を夫の騎士団長から)奪還するために、騎士団への入団を目標としているのであった。


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