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前日譚~兄カリブスの煩悩~③

家に帰る道中、カリブスはこれからどう生きるべきかを悩んでいた。悩んでいるというと大げさかもしれないが、彼にとってこれから先は誰の手助けも得られない世界に入り込む。なぜなら、今まではずっとフォールスやルイフィリアが側にいてくれたからだ。彼らの存在は、カリブスにとってとても大事な存在だった。

貴族の家から騎士団を出すことは、栄誉なことであると同時に、本人にとってはかなりの重責と過酷な人生となる。今まで貴族として生きてきた者が、集団生活や厳しい鍛錬、戦場、会議などに出ることになり、大抵の貴族出身者は途中で挫折した。貴族の甘い生活で生きてきた者にとって、騎士団の厳しさは山を登るよりもはるかに遠く厳しい道のりなのである。

そんな中、カリブスは同級生のフォールスとその兄であるルイフィリアに叱責されながら、成長することができた。騎士団長を務めるグラース家の者は、幼い頃から厳しい鍛錬と躾けを受けて育っているので、他の貴族とはまったく違う。甘やかされることなく、しっかりと育てられ、そのままの状態で学園生活を終え、騎士団入団となる。そんな2人に剣の才能を見出されたカリブスは、ある意味運が悪かったのかもしれなかった。あのままただの貴族、貿易商の息子だったなら。そのままの生活だったなら―――と考えた時、ふと戦場で見た女性のことを思い出す。次々に敵を薙ぎ払う強き山岳の部族。その中の1人であった彼女は、カリブスの命を助けてくれた。あの出会いこそ運命かもしれない、とカリブスは思う。美しい人、あんな人と共に人生を歩めたら、と思っていた。


実のところ、彼女のことを好いていたカリブスは、彼女を追って求婚までしたことがある。しかし戦禍の中、部族も違い、カリブスは騎士団の中でも速さが売りだったので細身で、見た目はそこら辺の雑兵と同じようなもの。相手にされるはずもなく、返り討ちにされていた。フォールスはそんなカリブスを知っていて、常に笑われたものだ。

しかし戦禍が酷くなれば、そんな愛情も人としての感情も、カリブスはすっかり忘れ切っていた。もしかしたら、もう彼女に会うことはないのかもしれない。そんなことを思えば思うほど、カリブスは自分の失った世界が大きすぎたことを悔やむのであった。


カリブスは生家に戻る前に、衣類を新調した。騎士団の間は給料をもらっていて、功績があったカリブスには多くの金があったのだが、彼はあまり興味がない。だから新しい服を作ることも滅多にしなかったし、武器も新調しなかった。倹約であることを何度か副団長に褒められたが、倹約したかったわけではなく、面倒だったというのが本音だ。着ていく先もないのに衣類を整えてもどうするか、と言うのがカリブスの考えである。

しかし今は着ていく先がある。これからは、新しい恋を探して、前向きに生きねばならない。そうなれば必要なのは、豪華な服、貴族らしい格好。店で一番の洋服を買い、たくさん金を使った。少しだけ死んだフォールスの笑い声がしたような気がしたが、無視して帽子をかぶる。紳士に人気の帽子を選び、店を後にした。


家に戻ると、父が今まで何をしていたのかと怒鳴ってくる。騎士団にいましたとも言えず、カリブスはただニコニコ笑うだけにとどめた。しかしそれが周囲からはニヤニヤしている、不敵な笑みを浮かべている、と映っていたようである。そんなことを知らないカリブスは、過去の愛を忘れて、新しい恋をしようと決めていた。

騎士団であったことを公表すれば、すぐにでも結婚相手は見つかるだろう。しかしそんな夢のない話、カリブスは好きではない。燃え上がるような恋愛、あの時戦場で彼女と出会った時のような、そんな愛を見つけたかったのだ。何を隠そう、カリブスはその美しい顔に見合わず、大変夢見がちな男であった。まるで幼い少女や、可愛らしい乙女が夢を見ているかのような、そんな男だったのだ。

だが、そんな夢が現実の世界で叶うはずもない。カリブスはその変わった性格や人間性から、何度かお茶をすることはできても結婚相手としては微妙、という烙印を押されて、誰からも相手にされることはなかった。可哀想、というよりも、それがカリブスの当たり前、という雰囲気である。


カリブスは、お茶会や夜会などに度々足を運び、結婚相手を探しまくった。

ここまでくれば、もう家柄がよければいい!とまで思ってしまったほどである。しかし実際のところ、カリブスを相手にする【家柄のいい女性】はいなかったのだ。貴族と言っても貿易商の息子―――そんな人間の家に嫁ぎたい貴族令嬢はいない。苦労するのが分かっていたし、カリブスが放蕩息子で遊び回っているという噂まで出回っていた。

ガッカリしていると、夜会の席で人だかりができている。美しい乙女たちが誰かを囲んでいるのだ。見れば、そこにいたのは騎士団長、ルイフィリア・レオパール・グラースだ。彼も結婚適齢期を逃した男の1人である。しかし騎士団長ともなれば、どこの貴族令嬢でも結婚したくてたまらない。なんなら愛人でも構わない、と思って近づいてくる女性もいる。我が娘を、姪を、孫を、と女系の家族を全部差し出してくる家すらあるくらいだ。

しかし、カリブスの知るルイフィリアはそんなことが大嫌いな男である。同時に、口にも態度にも見せないが、この男も―――燃えるような恋愛をしたいと夢見ている男なのだ。運命的な相手と結婚したい、と父母の結婚を見て思っているのである。

そんなルイフィリアは、夜会にカリブスがいることに気づいた。周囲の女たちを睨み、カリブスへ寄ってくる。

「久しいな、カリブス……!」

「ルイ、来てたんだ。嫁探し?」

カリブスは軽く聞いたつもりだったが、それが普通の人にとっては失礼なのだと彼には分からない。ルイは大きなため息をついて、夜会の開かれている屋敷のテラスへ出た。

「嫁探しじゃないの?」

「ハンスに行けと言われた。行かねば、騎士団長は精神を病んで臥せっている、と言われてしまうと」

「ああ~副団長ならいいかねないね。で、見つかったの、嫁候補」

「別に興味はない」

「いや~君ならたくさんいるだろ?ほら、北の方に大きな屋敷を建てた令嬢は?巻き毛がかわいい子がいるじゃないか」

「偽物だぞ、あの巻き毛」

「うわ、そうなの?」

結婚相手候補はたくさんいるはずなのに、彼はもっと別のものを追いかけている。それは失くしてしまった家族だ。カリブスは本当の家族を喪ってもいないのに、正反対。

「あのさ、ルイ」

「カリブス、お前、いつまでも遊んでいないで、父の事業を手伝うか、騎士団に戻らないか?」

「あ、それは……」

「まあお前にどれほど商才があるかは知らんが……無理をする前に、戻ってこい」

「ごめん、ちょっとその気分じゃないかなぁ~?」

あの焼けた大地をもう一度見て、たくさんの死を経験するくらいなら―――偽物の巻き毛の方がいいな、とカリブスは思うのだ。あんなに辛いことばかりが重なって、愛する人も遠くへ消えて。何も残らなかった、と思う。親友さえ、自分の身代わりになってしまったくらいだ。

「そうか」

「じゃあね、ルイ。僕はその偽物の巻き毛に話しかけてくるよ」

「赤いドレスの令嬢も、偽物の乳だぞ」

「あー、はいはい。魔眼って便利だねー。じゃあ!」

本当は魔眼で見たわけではないだろう。それだけルイフィリアは真剣に相手を見て、探しているのだ。


皆、運命の相手を探し続けているーーー

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