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前日譚~兄カリブスの煩悩~⑤

妹たちのことが可愛くないわけではなかった。親友のことも、ルイのことも、すべてが大切だった。しかし今のカリブスにとって、もっと大事なことはまったく違うところにある。それは運命の相手だ。運命の相手と出会うため、その運命を手に入れるためならば、どんなことでもやりたい、と思ってしまう。


カリブス・ウォーレンスは、友人であるルイフィリアが反対するのを押し切って、山岳の部族と接触を図った。彼らの方からカリブスへ書状を送ってきたのだから、その真意は知りたい。結局のところ、カリブスを結婚の儀へ呼んだのは、彼女自身のようであった。ついに結婚相手を決める、となった時になって、彼女にとってカリブスは忘れられない男性だったのである。ただ強く逞しい男だけが選ばれるわけではなく、彼女の心を射止めた存在がもっとも愛される部族伝統の愛情表現だ。

それを理解したカリブスは、結婚の儀までに強くなり、必ず相手を射止めてみせると決心した。ハンスやユーマに鍛錬を頼み込み、必死に鍛え上げる日々。その日々の中で、カリブスは確実に自信と己の進むべき道を見出したように思う。日々の鍛錬が楽しくて、久しぶりにハンスとの手合わせが楽しくて仕方がない。投げ飛ばされても、突き飛ばされても、それこそ騎士の進むべき道!と思えた。


しかしカリブスの弱点は、初めから分かっていたことだ。騎士団時代からもよく言われていた、体力のなさ。能力不足ではなく、馬力のなさ。解決しようにも、それは体質のようでなかなか上手くいかない。そんな悩みを持っていると、セシリアが手料理を作ってくれることが増える。妹は貴族令嬢にしては珍しく、いつも厨房で料理をしては楽しんでいる娘だった。こんなところでそれが役に立つなんて。人の人生とは何なのか、分からない。何が起こって、どこで繋がるのか。

自分の愛する人のことを考えていると、カリブスはフォールスの恋心を思い出した。きっとそのことは、ルイフィリアは知らないだろう。だからこそ、弟と同じ女性を愛しても、妻に迎えることができている。しかし知りながら妻にしていたなら?ルイフィリアの深い考えが、なかなか理解できない、とカリブスは思ってしまう。


山岳地帯へ出立する前の晩、予定が早くなったからと慌てて準備をしているハンスやマリアの目をかいくぐり、カリブスはルイフィリアと話をした。どう話すべきか迷ってばかりいたが、今はもう話すしかない、と思ったのだ。それはやはりフォールスのこと。亡き弟のことだった。

「なんだ、改まって話なんて」

ルイフィリアは真剣な面持ちのカリブスを見て、驚いている様子だ。こんなに真剣な顔をしているカリブスは、滅多に見ない。騎士団だった頃、特に厳しい戦場で見たことがある程度のもの。共に戦場を駆け抜けたルイフィリアだからこそ、知っている顔だ。

「……フォンのことなんだけど」

「フォン?アイツのことを今頃?どうしたんだ」

フォールスが死んですでに数年経っている。彼の死は騎士団でも勲章を得ている栄誉の死となっていた。だから弟の死を今更言われても、困ってしまう。

「フォンが死ぬ前に……その、結婚の話をしていたんだ」

「結婚?」

「フォンが……セシリアに縁談を申し込みたいって。でもフォンは死んでしまって、それはもう僕しか知らないことになった」

「アイツが……」

「でも別に、セシリアと話をしたとかではないんだよ。フォンが一方的にさ、好きっていうか」

あの時のフォールスは、セシリアに片恋しているような話だった。セシリアからはフォールスの話をしないので、彼女はその存在も知らないだろう。

「フォンは、学園でも頭のいいセシリアを嫁にしたいって言っていたんだ。まあ、セシリアは頭がよくてさ。それでだけで気になっていたんじゃないかなぁ」

そう言うと、ルイは少しだけ目を緩ませたように感じた。その赤い瞳が、とても懐かしそうに、思い出を味わっているかのような雰囲気だった。

「やはり、アイツは俺の弟だなぁ」

「ルイ?」

「同じ人を愛して。でも、俺は譲らんぞ」

その強い瞳を見て、カリブスは逆に彼の方がスッキリした気分になれた。心のわだかまりが取れて、自分の愛情を真っすぐに考えることができる。


こうして、カリブス・ウォーレンスは山岳地帯の部族の決闘に向かうこととなる。本当ならばルイフィリアとセシリアの結婚を祝うことが優先だと分かっていたが、自分の愛情を捨てることができなかった。長年の想いは積み重なり、愛情は溢れんばかりの力となる。こうして、カリブスは部族の決闘の中で唯一の外部者として参加する。

参加する中でカリブスは多くの戦士を見た。ユーマッシュのように筋肉隆々の者、毒を扱う者、剣術の者など、さまざまだ。しかしその誰よりも強かったのは―――今回の主役である花嫁自身である。鍛えられた筋肉、腕の太さはカリブスを越え、足の強さは巨大な野生動物を思わせた。美しいその筋肉美から出される、その素晴らしい能力。やはり、彼女は戦場で出会った時と何も変わらない。より一層、カリブスは愛情を強く持った。そして、彼女を倒し、結婚相手として認められたのである。


結婚相手に認められてからのカリブスは、外部者を嫌う部族から、部族の一員として認められた。花嫁は強き戦士であり、その戦士を打ち破ったカリブスは、まさに部族にとって救世主のような強さに見えたのだろう。一緒に来てくれたルイフィリアや妹たちを先に帰し、カリブスは部族の中でさらに鍛え上げられた。外部者として異例の対応をされ、彼は決心した。その決心を胸に、彼はルイフィリアの下へ戻る。

ルイフィリアは、筋肉隆々の男と見紛う花嫁を連れてきたカリブスを見て、かける言葉を失ったが、騎士団長としてそれを知られるわけにはいかなかった。こんなことで負けてはならん。騎士団長の意地だ。セシリアも同じである。

「ルイ、僕は彼女と結婚する。彼女はアッシア。山岳地帯で一番の戦姫だ!」

自信満々に言うカリブスを見て、ルイフィリアもセシリアも言葉を失った。一番の戦姫なのはいい。箔がついて、いいじゃないか。しかし今はそれよりも男と見紛う容姿に、言葉が出ない。セシリアは必死に頭の中で、義姉に似合うドレスを考えて頭が爆発しそうだ。それをルイフィリアは横目で見て気づいていた。

その時、ハンスが前へ出てくる。結婚する2人をしっかりと見つめて、それから口を開いた。

「カリブス・ウォーレンス」

真剣なその声に、カリブスは姿勢を正す。

「あなたに、騎士団副団長を譲りたい。私はもう年です。最後は自分の思う騎士の道を、家族とともに歩みたい」

家族―――それは魔女となり朽ち果てた妻の妹の子、ルイフィリアのことだ。そして彼の妻。新しい家族が増え、失った家族の哀しみを癒したいと、ハンスは思ったのである。ハンスにとって、騎士団は人生のほとんどを捧げた場所だった。しかしそれ以上に大事なものは、初めて愛した人、その人と共に増えた家族である。血の繋がった我が子は生まれなかったが、その分最後に残ったルイフィリアが大事だった。

「僕が……副団長」

「まずは騎士団への復帰を命ずる、カリブス・ウォーレンス!」

「ルイ……ぼ、僕は、逃げ出したのに……」

「ずいぶんと長い休暇だったな、カリブス。待っていたぞ」

ルイフィリアの笑顔が、フォールスに重なった瞬間であった。


こうして、カリブス・ウォーレンスは煩悩にまみれた放蕩息子ではなく―――正式に新しい騎士団副団長へ就任するのであった。


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