両親は大変仲が良い―――それを見て育ったルイフィリアにとって、夫婦とは常に円満な存在であり、同時に【夫婦で戦場に出ること】は夫婦の形として素晴らしいものだと勝手に思い込んでいた。そのため、幼いルイフィリアが当時女騎士として活躍していたマリアにこう言ったのである。
「マリア!やっぱり夫婦で戦場に行くことは素晴らしいな!」
当時、マリアは女騎士でありながら、騎士団の最重量級斧使いである男と結婚していた。自分の両親とマリアの夫婦関係を見て、幼いルイフィリアは目を輝かせて言ったのである。
「坊ちゃん、何言ってるんだい?」
「夫婦で戦場に行くのは素晴らしいという話だ」
「あー、いや、私のところは特殊というか、特別というか……」
「父上と母上も戦場に出ているぞ?」
「坊ちゃん、普通の女はね、戦場になんて出ないんですよ」
ルイフィリア、当時7歳。衝撃的な真実を知った。結婚相手は戦場には連れていかないのだ、と。黙りこくってしまったルイフィリアを見て、マリアはますます状況が悪くなった、と思う。
「坊ちゃん、坊ちゃんは好きな女の子と結婚したらいいんです」
「戦場に……行かない?」
「行かない、というか……じゃあ、騎士団の中から女を探しますか?まあ、今は私と坊ちゃんの母上しかいませんけど」
「じゃあ、僕のお嫁さんはいないじゃないか!」
「そーですね。余所から見つけてくるしかありません」
マリアがそう言い放つと、たちまちルイフィリアは目を潤ませ、大きな声で泣きながら走って行った。
「純粋すぎるんだよなぁ、坊ちゃん。騎士団長になれるのかねぇ」
若き日のマリアは、幼いルイフィリアがどう成長していくのか分からなかった。
「坊ちゃま!また勝手に騎士団に入り込んで!」
若き日のハンスは、副団長として幼いルイフィリアが騎士団やってくることを喜んではいなかった。何かとチョロチョロする幼子だ。危険であり、何かあれば次の騎士団長さえ危うくなる。
「ハンス!」
「あ!また泣いておられる!」
「泣いてないもん!」
赤い瞳からは涙が溢れているというのに、ルイフィリアは泣くのは男の恥!と騎士団が言っているのを知っていたので、自分も同じように答える。しかしそれは子どものただの背伸びなので、大して長持ちはしなかった。
「今度は何ですか?」
「だって、僕のお嫁さんが騎士団にはいないんだ!」
「いるわけないでしょう!坊ちゃまは騎士団の荒くれ者のような娘と結婚したいのですか!?」
ハンスの言葉に、幼いルイフィリアは更に衝撃を受けた。騎士団のような荒くれ者と結婚する?ソレはどういう意味なのか!想像してしまったからだ。
「やだぁぁぁ!!」
溢れていた涙が一気に滝になる。ルイフィリアは泣き叫び、ハンスの足を叩いたり、殴ったりしている。今頃気づいたのか、とハンスは彼の幼さを実感したが、少し軌道修正できたことにも安心した。
「では坊ちゃま、坊ちゃまはどんな女性がお好きなのですか?」
「絵本を読んでくれる人」
「そうですか。知的なご令嬢を、ハンスが探して差し上げます」
「やだ!お嫁さんは自分で探すんだもん!」
好奇心も、行動力もある。まっとうに成長さえすれば、この子は立派な騎士団長になるだろう。その時、隣にいてくれる女性はどんな人なのか。ハンスはそれが気がかりだ。国を支え、守る騎士団の本来の目的は魔女の討伐。魔女がどんな力を持っているか、分からない部分も多い。それでも魔眼を持つグラース家は、必ずしも先へ進まねばならない。それを支えられる女性。そんな強い女性が、いるだろうか。
「坊ちゃま、ハンスにお任せください。坊ちゃまのご希望のご令嬢を探します」
「そんなの、恋じゃないよ!‟うんめい”の相手を探すんだ!」
7歳の癖に恋を語っている、とハンスは思ったが、落ち着くことにした。きっとまだまだ夢を見ているだけだ。夢を見ていて、愛情あふれる温かい家庭が欲しいだけ。子どもの戯言。大人になれば、地位も知性も資金も、すべて兼ね備えた美しい女性を愛するはず。そう、はず、とハンスは思い込んでいた―――
それから10年後。17歳となったルイフィリアは、学園を首席で卒業し、そのまま騎士団へ入団。騎士団の若手でありながら、すでに中堅並みの貫禄と能力を兼ね備え、すぐに出世していった。周りから見れば素敵な男性。見目もよく、顔立ちも振る舞いも立派なもの。誰からも信頼される真面目さ。馬に乗れば、彼が王子かと見紛う人も出るくらい。
そうなれば今度は結婚相手だ。貴族ならば学園の卒業と同時に結婚相手がいるもの。しかし、ルイフィリアは相手を見つけずに卒業し、騎士団へ入団している。だからハンスは子どもの頃に約束したように、多くの縁談話をルイフィリアへ持ってきた。
「坊ちゃま、東の農園一帯を管理する貴族のご令嬢が……」
「あそこは種まきの時期も分からず、己の農地を踏み荒らす馬鹿だぞ!」
ハンスは、始まった…と思う。縁談が1つも進まない。決まらない。むしろ欠点ばかりを突き付けて、こちらを困らせてくる。ルイフィリアは、社会性こそ立派な大人に成長したが、中身はまだまだ子どもだった。
「こちらの金髪巻き毛の大変お美しい令嬢は……ご実家も大そうな資産家で」
「祖父も父も禿げ頭だろうが!ハンスはグラース家に禿げ頭を出したいのか!」
理不尽!とハンスは叫びたくなる。騎士団の指導の中でならば、厳しくできる。しかしこれはただの嫁探し。ここで大きな声など出せなかった。
「では、こちらの資産家令嬢はいかがでしょうか?知的で学園でもなかなかのご成績と聞いております」
「提出課題を付き人にさせていたがな!本人は本の紙1枚めくれんぞ!」
「で、では、次のご令嬢です!海産物資などの加工を手掛ける家柄の……」
「男の股しか見ておらん女を紹介するな!」
ハンスはついに黙った。そして、一度部屋を退出する。廊下に出て、唾液を大量に飲み込んだ。こんな仕事、騎士団で遠征するより大変じゃないか!どうしてこんな青年に育ってしまったのだ?とハンスは思う。
知的で能力もある。男としても十分。動物も好きで、特に馬の扱いは調教師要らず。本も好きで、嗜みならばなんでも優雅にこなす。次期騎士団長として十分なはずなのに。【嫁】という存在が見つからないはずがないのに!
「ま、まさか……まだ‟運命の相手”を探しているのか?」
そう、そのまさか。ルイフィリア・レオパール・グラースは、青年になった今でも、実のところその後何年間も―――【運命の相手】を探し続けるのである。まさかそんなことになろうとは、この当時のハンスは夢にも思っていなかった。
「ルイ!あなた、また縁談を断ったそうね!」
明るい声でルイフィリアに話しかけてきたのは、赤毛に緑の髪が特徴的な女性だ。細身の腰に剣を持ち、騎士団であることは明白である。
「は、母上……!」
「あまりハンスを困らせては駄目よ?それに、母さんも早く孫の顔が見たいわ~!」
「も、申し訳ありません……」
ルイフィリアの実母、エルデ・グラース。子どもを2人産んだとは思えない若さの女性。彼女は騎士団の中でも、最上級を誇る剣の使い手だ。あのマリアでさえ、エルデの速さにはついていけない。彼女に勝てるとなれば何人か、と片手を出す必要もないほどだ。
「孫!孫~!!早く見たい~!!」
「要らぬ圧をかけないでください、母上」
「だって早くお祖母ちゃんになりたいもの!だから胸の大きな子を選ぶのよ!」
「な……!」
「あら、子どもを育てなきゃいけないんだから、当たり前でしょ!」
変なことを言う母だな、と思いながらもルイフィリアはそんな母が大好きだった。