突然に現れたそれらに、呆気に取られる。
何故こんな山中に墓標が。
そして、どうして魔獣がそこにいるのだろう。それもまるで番人めいて。
だがしかし、啞然としたのはあちらも同じのようで、幼子が炎を初めて見たみたいに顔が弛んで口が解けている。漏れる呻き声も相変わらずだ。
神経を鎮めるべく、ふうと一つ息を吐く。
何者の墓標であるかは読み取れない。ただその大きさから、王族や貴族が眠っているのだろう。ただそれならば、こんな山の中にひっそりと葬られていることに説明がつかない。
少なくとも、王族には首都に特別な霊園が置かれている。貴族でも、一族で大きな墳墓を所有していることだろう。ひと目の着かない場所に葬るなら、まるで陵墓のような大きさである必要性がないのだ。
それに、石が投げつけられているのも意味が分からない。死者を侮辱するような行為、よほど恨まれているように思う。立派な人物でないのなら、どうしてこのように大きな墳墓が建てられるのか。
人を弔うだけなら、埋葬するだけでも成立するというのに。
魔獣たちが、腰掛けていた石から立ち上がる。
そして呻き声は継続しているが、立ち塞がるように墓標の前へ躍り出た。その様子から、やはりこの場所の番人のような存在らしい。
それならば、二体揃って湿地帯まで降りてきたのは何故だろうか。私に寝床を提供するためだけに降りてきたわけではないだろことから、もしかすると、夜は存外動き回っているのかもしれない。
たしかに、夜ならば兵士たちに知られていなかったのも頷ける。
魔獣の身でありながら、誰かの墓を護る魔獣。グリフォンや半蛇の魔獣のように、よほど誰かと縁があったように思える。
ただ、これが何者なのか。
そんなことは私の要件ではない。
用があるのはあくまで鹿の魔獣のほうである。
たしかに何故魔獣が墓標の番人のようなことをしているのか。気になることではあるのだが、命令の範囲外だ。下手に興味を持ち、遅くなってはそれこと本末転倒である。
しかしそこで、はて、と考える。
魔獣を見つけたはいいものの、この先はどうするべきなのだろうと。
命令はあくまで、探せというだけで討伐ではない。
私としては、カルムの脅威にはなりそうにないこの魔獣を、排除することはないのではないかと感じる。だが軍部としては、もし殺さずに私が戻ったとしたらそれを許さないだろう。
魔獣たちがただ私を襲撃してきただけの存在ならば、何も感じずに切り伏せた。しかし昨夜の、まるで私を支援するかのようなあの行動。
果たして、殺してしまっていいものなのか。この、墳墓の前で腕を広げているだけの鹿の魔獣たちを。
そう自分に詰め寄る。
瞠目していた。
鹿の魔獣のことを、じっと。
手は剣の柄を掴んだまま。
そうして、幾程経ったか。
魔獣は
「ココ、オウボ」
という子供のようなたどたどしさで、そんな言葉を発した。
王墓、だろうか。
不慮の単語に、思わず改めて目を見開いた。
王墓など、それこそ首都に大々的に建造されるものだ。それこそこんな山奥とは無縁のものだろう。しかも、こんな場所まで来て石を投げつけられるほどの存在。王族ならば、たしかにこの大きさの墳墓には納得できる。否、むしろ小さいくらいだ。
それを、魔獣が護っているというのか。
心が苦々しい猜疑に憑りつかれる。
状況だけ見れば、山奥に建てられた何かを魔獣が住処にしているようにも考えられた。現に、私が立ち入らないように腕を広げて立ち塞がっているのだから。
相変わらず敵意はない。
ここに入らないように、という懇願にすら感じ取れた。
「ここは、何なのですか」
恐る恐る、という風に聞いた。
二体の視線が縄のように捩じれて絡まる。恐らく私から問われるという事態に対し、互いにどうするか意見を求めているのだろう。そのまましばらく凝視し合ったあと、魔獣は腕をだらんと垂らした。
「……オウサマノ、オハカ」
王様のお墓。
本当のことなのか、飲み込むことが出来ない。
これが過去の王の陵墓だというならば、ここにある意味が。それとも、よほどの暗君ならばこのような山奥に追いやられるのだろうか。
ただ、それが誰なのかは分からない。
なにせ、国史の知識がほとんどないのだ。訓練兵時代、私は座学の半分を鍛錬に変換されてしまったゆえ。
「あなたがたは、何故ここに?」
「……ケンゾク。ワレラ、オウサマノケンゾク」
反芻すればするほど、訳が分からなくなる。
眷属と口にしたのか。
魔獣が、王族の。
眼前の異形が口を開けば開くほど、私は迷路にでも迷い込んでいく気持ちになっていく。頭の中を整理しようとすればするほど、意味の分からない疑問が湧いて出て次々と私を不可解にしていった。
「どなたの、陵墓なのですか」
王族の具体的に誰かという問い。
それに、鹿の魔獣たちは「オウサマ」と答えた。
誰の。
王様の。
問答は何度か繰り返されて、永遠に続くのではないかとすら思えた。元々たどたどしい言葉遣いから、高度な対話は求めていなかったが、まさかこうなるとは。会話しないのではなく、出来ないのでは仕方がない。
そうして押し問答が幾度か行われる間に、ついに落日が始まってしまった。淡い黄昏が降りてきている。ここで下山しなければ、夜の会合に間に合わなくなってしまう。
特に、また明日し、という風に言われでもしたら兵士たちからどのような仕打ちがあることか。
それに暗くなってからの下山は危険極まりない。
仕方がなく、踵を返す。
下山の間、聞き過ぎて「オウサマ」という声が延々と脳内で繰り返し再生されていた。