「思いついたぜ。あの魔獣をぶっ倒す方法を!」
彼は声高らかに言う。確信に満ちていて、まるで素晴らしいことを言い当てたかのような声色だった。
私はそれに「お聞かせください」とその発言の意を求める。期待も、呆れも含めていない純粋な疑問符。遠くに小さな燈を見つけたように、その打開の可能性に近寄っていく。
「おう、まずあんたがその鞘をぶん投げるだろ」
自信を持って断言するように、金髪の彼は一語一語に力を込めて、はっきりと言った。得意の響きすらある。
「で、投げる瞬間にオレが剣の柄頭をぶん殴る。そしたら殴った勢いのまま鞘が飛んで行ってズドン! よ」
私の抗弁は許さない、という声で。
なんら意味の分からない言葉を口にした。
「……はい?」
思わず、口にする。
「悪い難しかったか? こう、あんたがその鞘をぶん投げてだな」
「いえ、そうではなく」
身振り手振りをして説明しようとしたので、制止する。あまりに突拍子のないことだったため、それが冗談のつもりなのか大真面目に話しているのか判断しかねる。ただ、その手真似や身振りは一生懸命に行っているように見えた。
「なんだよ、こっちは真面目に言ってるんだぜ」
尚更何を言っているのかと呆気に取られる。彼の口ぶりが大真面目でなかったら、恐らく聞き流していただろう。
たしかに、魔力が通っている義手ならば、普通に素手で殴るよりも破壊力があるというのは納得出来る。鞘だけではなく剣ごと投擲しろと言っているのは、恐らく箇所として柄頭のほうが殴りやすいからであろう。
しかし、彼の案。
剣を投擲し、その瞬間に柄頭を殴って加速させるなど可能なのだろうか。
「それは……可能なのですか」
一応、という心持ちで聞く。
「無理なことを言ってる場面じゃないだろ。オレが出来ると言ったら出来る」
それは、そう。
意味のない言葉を言って、空気を乱している場合ではない。ただ、あまりに現実味がなさすぎて呑み込むことが出来ないのだ。
剣を投擲し、それに合わせて柄頭を殴るなんて出鱈目な案。一体どこの誰が即座に受け入れるというのか。
たしかに是か非で分けるならば、可能ではある。それに私は鞘を思い切り投擲しきるだけだ、特別なことをする必要はない。
だが、問題は彼のほうだ。それを行うには完璧にタイミングを合わせ、かつ私の腕の振りを完全に追う眼が必要である。
それを、果たして彼は持ち合わせているのか。
ただ、彼が出来ると言っているのだ。些か自信に満ち溢れすぎた言葉ではあるが、私にはそれ以外に案を思いつかない。
「分かりました、その策でいきましょう」
私がその案を可決するように言うと、彼はぐっと拳を握りしめて良し、と口に出した。その様から、どうやら成功させる自信があるらしい。私は、恐らくは出来ないだろう。
「合図は私が出します。確認しますが、出来るのですね?」
失敗すれば私は鞘を大剣ごと失う可能性もある。念のため、という風に問う。
「オレは基本的には出来ることしか言わん。だからいける」
基本的に、という言葉と根拠のない自信は気になるが、その心持ちには同意する。出来ることだけを口に出す。その思考のせいか、彼のとんでもない案に少しだけ同調している私がいた。
出来ることしか言わないと言っているのなら、出来る前提で進めたほうが、こちらも少しばかり心持ちが軽くなるというものだ。
心内で確認する。
私は投擲するだけだ。
後の事は全て彼次第である。
出来ると言っているのだ。ならば委ねるしかない。
この、カルムの鍛冶師から託された大剣を。
「白髪よ」
そのとき、今まで沈黙していた魔獣が口を開いた。
「責任転嫁をするではないが、諸悪の根源はこの国の宰相よ。あやつが戦争を増やし、そして白髪を迫害しろと言い出した」
宰相。
詳しい国政の知識はないが、つまり王に次いで政治力を持つ者という認識でいいのだろうか。
ただ、これまでひたすら無抵抗だった魔獣だ。問いかけが攻撃されるまでの時間延ばしにはとても思えない。魔獣の話はあくまで王であった当時の話でしかない。それにも関わらず、宰相の話をいまこのタイミングでした。
ゆえに。
「つまり、宰相も魔獣なのですか」
「恐らく。あやつは長きにわたり、人の姿で宰相の地位に居座り続けている。それがどういったカラクリなのか余には分からぬが」
心の内側に小さな波紋が広がる。
ただ、これまでに比べれば大した衝撃はなかった。当然、何も感じなかったわけではない。しかし、人が魔獣になってしまった話と比べれば些細な衝撃だろう。
私が白髪たちの恨みを晴らさなければいけない責任はない。私はあくまで、カルムの騎士だ。左遷された身では、よほどの事が起きない限りは相対することはないだろう。
ただこの先。
もしもその宰相に出会ってしまったとしたら。
そのときは、剣を向ける可能性は否定出来ない。
「……ゲット様」
金髪の彼へと視線を向ける。
「おう、もういいのか」
問題ない。
答えるように、投擲する構えを取った。
片腕は前に突き出し、もう一方の剣を握る手は頭の後ろへ。助走をつけるため数歩後ろへ退がる。本当ならばもう少し距離が欲しいところだが、仕方がない。
ふうと、息を吐く。
「いきます」
言って、投擲を開始した。
何歩かつま先で木道を蹴ったあと、体を開いて後傾姿勢になる。そうして湿地へ落ちるすれすれといったところまでステップを踏むと、胸を逸らしリリースへ移行した。
肘はなるべく高い位置で。
横向きになった姿勢から腰を回転させて、剣を前に送り出す。
後方で、猛るような叫び声。
恐らくは金髪の彼が、義手を振り抜くのに力を込めるため。その一撃に心意気を乗せるため。
投擲する。
私の投擲だけでは、恐らく魔獣には届かない。彼による推進が成功したかどうかは、その軌道で決まるだろう。
剣が手から離れる、その瞬間に。
後ろから一陣の風が吹いてきた。
鉄腕を振り抜いたことにより生じた烈風。その推進に押し込まれる形で、私は魔獣に向かって大剣を投げつけた。
弩砲のように、それは放たれる。
流星のような軌跡を、中空に描きながら。