ざわめき、陽炎のような話し声。歌うたいの家を出ると、どこからか雑踏の音が聞こえてきた。村人どうしの盛り上がりならば気にしないところだったが、どうやらそのざわつきは村の入り口から流れてくるらしい。
歩み進むにつれてそれも大きくなっていく。
一体何事だろう。
思っていると、軒下に玉ねぎを吊るす作業をしていた農夫が話しかけてくる。
「おぉ騎士様、入り口に行くのかい」
「はい、そのつもりですが。お尋ねしたいのですが、この喧騒は何なのでしょうか」
「儂は見てないが、何でも旅の者らしい」
「旅の者、ですか」
旅人くらいでここまで盛り上がるのだろうか。いいや、もしかしたら珍しい国からやって来た者である可能性はある。それか、とんでもなく話し上手であるか。
どちらしにろ、対応に行かなければ。
現時点では、それくらいの感想しか抱かなかった。
「あぁ、なんでも騎士様と同じ髪の色らしい」
脳が揺さぶられる。
躯の中の血液が音を立てて噴水のようにあふれ出して、その代わりに氷水でも入れられたような、そんな愕き。
「私と同じ髪色……?」
胸に杭を打つような言葉が、足を勝手に動かす。農夫のその後の言葉など聞かずに。軍でそんなことをしたら、即刻鞭打ちの刑だろう。
それほど、衝撃であった。
フリストレールに白髪は私一人。そう聞かされていたのだ。それなのに、村にそれがやって来るとは。率直に、信じられない話である。
別の国からやって来たとするならば、国境の検閲は越えられないはず。よほどの高貴の者なら抜けることが出来よう。しかし、ならばわざわざこんな辺境の村にやって来るだろうか。身分のある者ならば、よほどの事情がなければ首都に用があるはずである。
それなら国内に潜んでいたか。
そちらのほうがあり得ない。
ましては旅人というならよっぽどの幸運でなければ迫害は免れない。いいやだからこそ、旅人なのだろうが。
辺境の村であれば差別も少ないだろう。このカルムのように。
自然と足も速まる。心臓の鼓動と比例するよう。
近づくにつれて、人もまばらに増えていく。
ざわめきが私を急かすようにはやし立てた。昼のひと休みに戻って来ていた人たちが道に広がり、土壌のようにして私を食い止めんとしている。
そうして、体感何分も歩かされたかのような、私の鼓動を速める震源地へとたどり着いた。
到着すると同時、今の門番が杖術の彼であったことを思い出す。彼は口が極端に少ない。話せないのかどうかは未だ判断に困っているが、少なくとも口を開いたところは見たことがない。
そのような彼が、一体どのようにして来訪者の対応をするのだろう。それも白髪の旅人に。
賑やかな人溜まりに身を投じる。
入り口の流れは一塊の泡のようで、それをかき分けてようやく中心地へとたどり着いた。
「おう、騎士殿」
そこには既に、村長の姿が在った。恐らくこの騒ぎに反応して、駆け付けたのだろう。
足元には何か刻んだ跡がたくさんあり、杖術の彼が対話を試みようとした痕跡が見られる。ただそれは、多数の村人によって踏まれて最早解読することが出来なくなってしまっていた。
「ここの騎士かな」
青年が私の到着に応じて言う。
その髪はたしかに白髪で、光った絹糸みたいに油気のない頭だった。白い外套を纏い、快活な少女のような中世的な顔つき。
やけにしっかりとした身なりだと思う。
とても旅人、それも迫害されている白髪の者とは思えなかった。それならば思い浮かぶのは、別国の高貴なものである存在という線だ。ただそもそも高貴な生まれの者は、旅をする必要はあるのだろうか。
否、旅をするという存在もいるだろうが、少なくともフリストレールの皇族はしないような気がする。完全な主観ではあるが。
「はい、その通りです。失礼ですがどちらから」
馬のような優しそうな目で、私の問いに微笑み返す。
「拠点という拠点はないよ。あちこち回っているから」
一つ一つの言の葉を、布か綿に包んだかのような柔和な言い方。しんみりとした、しかし物静かな口調とも言える。
だがしかし、なおさらあちこちを転々としているならば汚れのない白い外套が気になった。それにあちこちを回っているというなら、なおさら噂になっていそうではある。白髪というならなおさらだろう。
カルムは別の村とも交流があると聞いている。その際に話程度は出るのではないだろうか。当然、そんな話はせずに最小限の交流しかしていない可能性もあると思うが。
「コレールです。この村には交流のつもりで立ち寄ったんだ」
握手のつもりか、手を差し出す。対し、私は不審がられないようにそれに応じた。
フードのない外套で、白髪が交流など出来るのだろうか。それだけが気になる。
警戒のしすぎだろうか、それにしては訪ねてくるタイミングが妙だと思う。
皆が魔獣の記憶を失くした、その直後。
やはり直近に元人であった魔獣と出会っているためか、どうしても疑ってしまう。
信用出来ない。
ちらりと視線を横へ流すと、村長も愛想笑いをしながらもどこか警戒しているような雰囲気を内包しているように見えた。やはり、汚れ一つない旅人というのがどうしても引っ掛かる要素になる。
村長が何を疑っているかは、計り知れないが。
「まだ拙いけど、鍛冶師をしながらフリストレールを回っているんだ。ここに鍛冶師はいるかな」
「あぁ、いるぜ。だが一つ聞かせてくれ」
賽を投げるように。
「あんた、何者だ? 鍛冶師の旅人っていうには身なりがしっかりし過ぎだぜ」