途端。
青年の体が赤く赫奕し、そしてそれはどんどん巨大に膨張していく。
「なんだ、ダメか」
焦燥が頭をもたげた。
余裕がなく、村長と杖術の彼の服を思い切り引っ張って後退させる。多少荒々しく対応しなければいけないほど、それは突然だったのだ。
目に沁み入るような白光を、双眸がそのまま受け入れてしまう。かざすための手など空いていない。
こめかみが痛くなるほど眩しい。二人はきちんと目を守れたのだろうか。いや、村人がこんなに集まっているのだ、危機はむしろこれからだと言える。
視界は突然殴られたかのように、真っ白で何も見えない。そうなると音で判断する他ないのだが、嵐のように聞こえる騒めきで状況が分かりづらい。それはそうだろう、旅人が急に輝きだすなど、冷静でいろと言うほうが難しい。
雑多な言葉が飛び交う。
目が見えないことを言っている者もいるようで、恐らく自分と同じように視界を奪われているよう。早く対処しなければならない。
当の青年はどうなっているのだろうか、視界を奪ってきたということは、敵意があるということだろう。
「おう騎士殿、平気か!?」
後ろから、村長の声がする。
「平気です。村長はご無事でございましょうか」
「俺は騎士殿が後ろに放ってくれたおかげで被害がねぇ。感謝するぜ」
期待したものが予定通りになった安堵感。多少ではあるが、その言葉にほんの少しだけ気が和らいだ。
「しかしまずいな、皆目がやられちまってやがる。見えてるのは俺以外に何人か、ってところだな」
予想以上に視界への被害が大きい。
それにいまの発言から、恐らく杖術の彼は赫奕から逃れられなかったと推測できる。この中で戦闘要員はおらず、さらに相手は正体不明の相手だ。
冷静に。
冷静に。
いくら言葉を重ねても。言葉にならない焦りが頭の中をぎしぎしと軋ませていく。
「村長。いま来訪者はどのような状態ですか」
問う。
「魔獣に変化しやがった。情けねぇ。俺も含めて、たった何日か前の事なのに皆忘れてやがった」
それは仕方ない。そういう、魔法なのだから。
ただこうして人の姿を以て襲撃してくるとは、警戒していたにも関わらずむしろ自分の愚かさが目立つ。現にこうして、私は何も視えていなかったし、見えない。
「しゃあねぇ、ここが俺の踏ん張りどころってわけか。おい! 目の見えてる奴は見えてねぇ奴の手を引っ張って家ん中に避難させろ」
有無を言わさない命じ方。
それと同時に、たしかに聞こえた鋼のように硬い澄んだ音。恐らくは、村長がその帯びた剣を抜いたのだ。
「へぇ、村長自らがやろうと言うんだ」
見下すような口調で、魔獣は言った。
空気を断ち切るような金属音に、騒めいていた声が徐々に小さくなっていく。
あの魔獣と相まみえるつもりらしい。
自分は村長がどれだけの実力であるのか知らないが、ただ一つだけ杞憂なのは手にした剣の強度だ。私が持つ大剣と違い、村長の持つ武具は細い一剣である。大剣ですら叩き折ってしまいそうな体躯の魔獣を相手に、果たして相手取ることが出来るのかどうか。
否。
発言を思い返してみると、前回最終的に魔獣を追い払ったのは村長だ。それならば、対処法も知っているのかもしれない。
「まさかてめぇと、いま一度相対するとはな。難儀なもんだな」
ふう、と短く息を吐く音がした。
朝早くに村長の家を訪ねると、たまに素肌に織物一枚という出で立ちで出迎えてくることがあるが、とても引き締まった躰をしている。いまでも鍛錬は怠っていないのだと思う。
とはいえそのようなときを、今のところ目撃したことはない。だがあの肉体を維持しているのだ、この瞬間は村長に任せる他ないだろう。
「いま一度? あぁ、前回ここを襲ったときの生き残りかな。いや待てよ、その赤茶と剣、記憶にある」
段々と、薄目ではあるが瞳が開きつつある。
しかし未だ後ろから聞こえる村長の声に、憂心を抱く。もし、突然に攻撃が発生したとしたら、私は間違いなく足手まといである。
ただ退がろうにも、杖術の彼が果たしてどこに位置にいるのか。後ろに引っ張ってしまったため、場所など検討もつかない。もし飛び退いて声を出さない彼に激突してしまった場合、それは明確に隙を見せることになるだろう。
視界が戻ってきているとはいえ、確認することはできない。間違えなく、位置は後ろだ。一瞬でも振り返ってしまえば瞬時に魔獣は攻撃に転じる。むしろ、この何も行動を起こさない間があることに違和感すらあった。
「あぁ、そうか」
ふと、魔獣が思い出したように言う。
「僕を切った人だ。見覚えがあると思ったんだ、特に前足の傷は治すのに十年も掛かったよ」
憎々し気な台詞のわりに、相変わらずの柔和な声色。その声は恐らく、人である姿と同じだからだろう。
「はっ、魔獣に覚えておいてほしくはなかったぜ」
「人にしてはいい腕と剣だ。誰が打ったんだ? こう見えても鍛冶師だったのは本当なんだ、見習いだったけどね」
嘲るように、村長は鼻で笑った。
表情はまだ確認出来るほどに風景は見て取れないが、どこか呆れたような冷笑である。
「こいつを打った奴は死んだよ。てめぇが殺したんだ」
「そうかい、それは惜しいことをしたよ」
「へっ、だから見習いだったんじゃねぇか?」
すかさず貶すように返される言葉。それは錐のように魔獣に突き刺さって、苛立ちか後ろ足で地面を強く踏みつける。
「騎士殿、目のほうはどうだ」
その投げかけで理解する。
言葉の投げていたのは、私の視界を回復する時間を稼いでくれていたのだと。私はその言葉に返すように、背負う大剣に手を伸ばす。
「感謝致します。しっかりと捉えております、目の前の魔獣のことを」