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episode24 「騎士殿には立っててもらわねぇとな」

 魔獣が村の外へと吹き飛んでいく。それこそ子供の私が、上官に蹴り飛ばされたみたいに。あの巨体を浮かし、あまつさえ外へと追い出してしまうとは、余程の威力である。

 これで終わりだとは思わない。ただ、少なくとも痛手を負ったのではないかと思う。

 竜巻は腹部に直撃し、しかも魔獣は一撃を食らう前に焦りを見せていた。それを貰ったら平気ではないという経験が、魔獣に焦燥を加えたのではないだろうか。

 とはいえ村の危機が去ったわけではない。弾き出されたと言えど、未だ魔獣はカルムの前に健在である。


「前はこれで帰ってくれたんだがね」


 眉を顰めながら、空虚な含み笑いを浮かべる。それは眼前の、村の外に追い出されたにも関わらず、そびえ立ち続ける魔獣に向けての呆れだろう。

 たしかに敗走に至ってもおかしくはない、そんな一撃だった。だがしかし、以前と同じ対処法で事足りる。それでままならないのが戦闘というものだ。

 息切れこそ激しいものの、魔獣はまだそこに在る。前回は撤退した攻撃を乗り切り、未だ健在しているのだ。


「耐えきったよ、赤茶」


 顔は得意気で、芳香を嗅ぐように鼻腔が広がっている。どうやら息を整えるよりも先にその台詞が出るほど、勝ち誇った気持ちを抱いているらしい。


「そうみてぇだな、参ったなこりゃ」


 皮肉を含んだ冷笑。きっと、本当に参ったわけではないのだろう。ただ特別製の武器による攻撃。それを耐えられてしまったため、思わず笑ってしまったのだと思う。


「たしかに衰えたね、じゃあ今度はこっちの番だ」


 言って、大口を開く。

 瞬間、理解した。あの魔法だ。赤い光線の魔法。私と長鎗の彼女を昏倒させた、未だ不可思議の一撃。いかに村長が強力な一剣を持っていようと、果たしてあれに対抗出来るかどうか。

 ただどうやら、何故だかは分からないが、私はあれに耐えることが出来るらしい。ならばここで前に出るべき者は誰か、決まり切っている。そのあと私は気絶して使い物にならなくなるが、村を破壊されるよりはよっぽど良いように思う。

 一歩、前に出た。


「同胞を傷つける気はない。退がってくれないか」


 私はそれに、答えないことで応えた。


「そう、仕方ないね」


 魔獣は言いながら、顔を背けるように首を振る。

 何をしているのかと、一瞬理解が追い付かない。だが次に理解した。あれは光線を薙ぎ払うように放とうとしているのだと。

 心が当惑を覚える。

 あの規模の光線を横薙ぎで使用されたら、護れるものも護れないではないか。そもそも対抗できるようなものはない。私たちは武具で戦っているのだから。

 いや、皆が村長の御業のように何か放てたとて、果たして防ぎきれるかどうか。


「野郎、前はあんなことやってこなかったぜ」


 憎々し気に、村長が呟く。

 やはり、自分が盾になるしかない。

 この前はそうすることで、村を護ることが出来た。不確要素は好きではないが、そうする他ない。なるべく前に出て、斜に侵入すれば後方への被害は抑えられるかもしれない。

 いつの間にか、警戒を解いていた自警団の者たちが集まってきていた。もちろん見知った者もいるが、会話を交わしているような余裕はない。

 しかしその中で、前線に出てくるのはやはり彼女だった。


「お父様、騎士様」


 長鎗を背中に携え、茶色の外套を翻しながら。そして一振りの剣を抱えながら彼女は現れた。


「リーデ……! なるほど、助かるぜ。ちょうどその剣が欲しかったところだ」


 剣には見覚えがあった。

 以前野盗が村を襲ってきたとき、非武装だった私が借り受けたものだ。私が使用そた際には、何か特別な力があるようには思えなかったが、このタイミングで欲していたと言うからにはその剣もまた特別製なのだろう。恐らくは、私が引き出せなかっただけ。


「騎士様。申し訳ありません、どうしてか警戒体勢を解いてしまっていました」


 それには事情があるため彼女に非はないのだが、今は説明している余裕はない。


「その件、また後にしましょう。いまはあれを切り抜けなければなりません」


 言うと同時、私は疾走を開始した。

 前回の経験からそろそろ予備動作が終わり、放たれてもおかしくはない頃合いである。

 対話をしている余裕はもうなかった。

 予想外だったのは、その走駆に村長が着いてきたことだ。


「……村長?」

「また盾になればいいと思ってんだろ騎士殿。それじゃ数日前と同じだ」


 痛いところを突かれる。


「……ですが、それしかないかと」

「いいや、違ぇな。今回は魔獣の攻撃を受けてなお、騎士殿には立っててもらわねぇとな」

「可能なのですか」


 問うと、ただ得意気に鼻で笑った。恐らくは任せてもらって構わないという意なのだろうが、私としてそれもまた不確定要素であり、一抹の不安を覚える。

 ただ今は、その不確定要素に頼る他ない。

 その不安を消し去るような顔つき。私はつい数日前、カタツムリの魔獣を前に同じ顔をした者を見てきたばかりだ。しかも今回は見知った者である。

 ならばもう、不安など感じている場合ではない。

 しかしその前に。

 放たれる。

 魔獣の、破壊の魔法が。

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