二度目となる赤き赫奕の光線。
今度こそ、受けきらねばならない。どうして五体満足であの魔法に耐えられるのか、自分でも分からないまま、その魔法に対して侵入する。
大剣を盾のように前に突き出す。
恐らく攻撃が終わった後、使い物にならないだろう。そうなれば鍛冶師の元に謝罪にいかなければならない。徹夜で完成させたものを壊してしまったら、大層怒るに違いない。それとも、それすら淡々と対応するだろうか。
どちらにしよ、それはこの赫奕を防ぎきってから考えよう。私はこれから、たった一人で挺身隊をこなさねばならないのだ。少しでも魔獣の近くで受け止めたかったが、仕方がない。
保証はない。そのため願をかけるように、万が一は起こすまいと、自分に言い聞かせるように誓って。
放たれた魔法を受け止めた。
「頼むぜ、騎士殿」
体中に烙印を押されたかのような、熱い痛みが走る。しかしそれは一瞬で消え去ると、今度は大津波を身一つで受け止めたかのような圧力を感じた。
耐えるだけではない。
魔獣はこれを横薙ぎに放ち続けているのだ。連れ添うように、私も密着して横に移動する必要がある。
巨大な岩を背負いながら山道を登らされたことを思い出す。それほどに、踏み出す一歩が重い。
気を抜けばそのまま、身体ごと意識を持っていかれそうになる。前回は盾になることだけに集中しすぎて、気絶してしまった。しかし今回は意識がここに在り続けること、村長の言葉を信じるならば重視すべきはそこだと思う。
ただ村長が何を行っているのか、把握する余裕がない。一つ確かなのは、私の横を駆けていく音があったことだけだ。
「行くぜ、若ぇのが体張って盾やってんだ。ここで行かねぇでいつ行くんだって話よ」
途端。
私を襲う全ての痛みが消失した。
熱さも。
光線による圧力も。
だがしかし、未だ魔法は放たれ続けている。不可解である。まるで体が軽くなったかのような。
村長が何かしたのだろうか。いまは考えている時間はなく、また確かめている余裕もありはしないため、そう結論付ける他ない。この、あまりに都合の良い状況を利用するため。
前に進んでいく。
熱や圧の影響が再び襲ってくるならば、そこまでだろう。だがいまはこうして、一歩ずつ押し返していくだけ。
相変わらず四方の状況は確認できないが、次第に足取りが軽くなりつつある。
駆けるまでには至らないが、それでも歩くような足取りで、光線を押し返していく。あまりに都合が良い事に、私は既に死んでしまっているのではないか、とすら思えた。熱や勢いが消失したことが、どうしても現実なのかどうか疑いたくなる。
「ここだ! 動け!」
自分に鞭を打つような、潮の鳴るような叫び。
まるで木の枝で壁に道標を刻みつけるように、光線に刃を当て続けながら魔獣に向け疾走していく。胃が痛む。そのまま横薙ぎに光線を降り抜かれれば、村長の体が消し飛んでしまうからだ。
私よりも前にいる者は護れない。そんなことも承知で、村長は前に出ているのだ。
「村長!」
はけ口のない圧迫感から、思わず声が出る。
それに、村長はもう一段階足を速めることで答えた。魔獣との距離は、もう五十メートルといったところか。
きりきりと、臓腑を万力で締め付けられているような鈍痛を感じた。いつ焼き払われてもおかしくないのだ、むしろ何故こちらに光線を撃ち続けているのか不明なくらいである。私を消し飛ばすのにむきになっている、としか思えない。
それでも村長は前に出、そして魔獣に向かって跳躍する。
「来るな!」
危機感から、魔法の焦点を村長へと向ける。遅すぎる判断だと思うが、私はその動きに追従していく。後ろに被害が出ぬよう。魔獣に対し、直接対応できないほどむず痒いものはない。
「片腕くらいくれてやる」
揮う。
村長は、その剣を。
振り抜く際、片腕が赫奕に触れたように見えた。片腕くらいくれてやるという言葉は、恐らく魔法に当たることが分かっていて、それでも一撃するほうを優先したという村長に覚悟の現れだ。
その一身の利害を度外視してでも一刀する勇ましさ。
恐らく、私には出来ない。尊敬に値するだろう。
その一振りと共に、魔獣の光線は一瞬中空へと向けられ、そして消滅した。一撃を加えられたため中断した、或いは、刀身が一瞬光り輝いたようにも見えたため、何か特別な力が働いた可能性もある。
ともかく、魔獣による破壊は防がれた。
それだけで、気持ちが少し和らぐというもの。しかしその代償として、村長の片腕は消し飛んでしまった。
今まで何度かの戦争を見てきて、腕が失われる瞬間などいくつも見てきたし、敵兵のそれを斬った経験もある。味方がそのような状況になった光景には慣れていると思っていた。
だがしかし、目の前で村長の片腕が失われた場面。頭の中が溶け落ちてしまうような、そんな衝撃が私の中を走ったのだ。心は落ち着きを通り越して灰のようになり、立ち尽くしてしまった。村長が片腕を根元から押さえている様を見て、まるで自分の腕が失われたような。
そんな気持ちにもなった。