「騎士様!」
その声に、さっと意識を取り戻す。
視線の先には、斬撃により片目の潰れた魔獣と、片腕を失ってなお立つ村長の姿があった。
そうだ、被害を受けたのは私ではない。腕が痛むなど、幻肢痛だ。そんなものは、完全に無視してしまえ。
一瞬、振り返る。
村に被害がないか確認するために。
「大丈夫ですよ、騎士様」
そこには、いつの間にか近づいてきていた長鎗の彼女がいた。彼女の接近に気がつかないくらい、私は眼前に集中し、そして我を喪失していたらしい。
「リーデ様」
「騎士様がその身を挺して御守りしてくださったおかげで、カルムに被害はありません。もしかしたら、背の高い建物が損害を受けた可能性はありますが、騎士様が気にするほどではないでしょう」
その言葉に安心すると同時に、最後に一瞬、光線が上に向けられたことを思い出す。たしかに、あれは背の高い建物、或いは、高い位置にある物が被害を受けた可能性がある。
昼告のヤグラ、私の中で一番初めに浮かんだものがそれだった。どうしてそれを真っ先に思い浮かべたのかは、分からない。別に村の中核というわけではなく、歌うたいはとっくに家へ戻ったというのに。
改めて、目の前の状況を見直す。
ずっと睨み合っていたかのように、一人と一体は相対していた。残った片腕でなお剣を構える村長と、眼球の負傷により悶える魔獣。絞られているかの如く身をよじらせているため、ときおり遠い雷のような地響きがある。
「見てください騎士様。腕を失ってなお、あぁして立っている。私の父は、お父様は。本当に立派な御方です」
「はい、本当に」
不思議に思っていた。戦場でも、村長と同じように体を欠損してもなお戦い続ける者を見たことがある。もちろんそこで動けなくなってしまう者や、逃走してしまう者もいるわけだが、果たして彼らと何が違うのか。単に耐久力か、それとも気合とやらで無理やり動いているのか。
違う。
退けない理由があるから、その気持ちだけで痛みを超越し、前を向き続けているのだ。
村長の姿を見て、理解した。彼本人の強さもあるだろう。だがしかし、それだけでは己の体に鞭を打つことはできない。少なくとも私には出来ない。片腕を失った時点で、両手で握る前提の大剣は揮えない。きっと撤退を選ぶだろう。
そして、その瞬間に私の価値はこの国から喪失する。
だが村長は違う。
長という、村を護らなければいけないという責任感。
それのみで、体の一部を捧げてまで、一撃するという意志がある。以前、巨躯の彼が両腕にひびを入れてまで仲間を護ったのを見たが、それ以上。私からしたら、比べるのはおこがましいのかもしれない。あれほどの意志を、私は持ち合わせていないから。
なので彼女の言うとおり、村長は立派な人だと言っていいだろう。
「ああ、もう畜生! 大人しく砕け散ればいいのに!」
炭火のような苛立ち。
人と同じ赤い血を垂れ流しながら、怒りを吐き出すように前足で地面叩きつける。
「そういうわけにゃいかねぇな。俺たちには俺らの、てめぇにはてめぇの住むところがあるだろ? そいつを侵されたとあっちゃあ、黙ってるわけにはいかねぇのさ」
あたかも平気であるかのように言う。
腕が消し飛び、同時に傷口も焼かれているだろうに。
「そんなのは! 理不尽に迫害されたことのない奴だから言える言葉だ!」
苛々を吐き出すように、大口を開け赫奕を開始した。
だがその魔法には放つまでに時間を有し、それも先刻の様子を見るに私の距離からでも十分に接近出来そうなほどだ。
目に見えて捨て鉢な行動である。
矢のように、私は走り始めた。
次弾までに猶予があるとはいえ、魔獣の目の前にいるのは重傷を負った村長である。未だ立っているとはいえ、いつ膝が折れてもおかしくはないだろう。そのため素早く到達し、魔法を阻止しなければならない。
大剣はどうなっているだろう、あれだけの規模の攻撃を防いでいたのだ。いくら鞘が特別製であるといっても、損傷がないわけがない。
むしろよく、防ぎきってくれたと言うべきだろう。
赫奕が大きくなっていく。
迫っているのに、追いかけられるような気持ちになる。走る速度が遅くれるほどに、私たちの生存率は下がっていくのだ。
早く、早く、と心を掻きむしる。
だが私が魔獣に到達する、その前に。
魔獣に到達するものがあった。
巨大な炎の槍。
長鎗の彼女が投擲した、特別製の武具である。
「リーデ様!?」
足は止めずに、それでも思わず声は出る。私が走り出しても追走してくる様子はなかったため、対処は任されたのかと思っていた。
「お父様がトドメは刺さずにいるのです、早く去りなさい!」
見逃すから早く去れ、という意味なのだろうが、しかし。村長が果たして、意図せずに追撃しなかったのかは疑わしいところである。出来なかったように、私には思えるが。いや、それよりも、その一撃は、あわよくば斃してしまいかねない火力ではないだろうか。
攻城戦に用いるバリスタ、それよりも一回りは大きな炎槍。それを目の前に、魔獣は突如としてその大口を閉じて赫奕を雲散霧消させる。
恐らくは迎え撃つよりも、躱したほうがいいと判断したのだろう。
しかし、魔獣は私の稚拙な予想を超えてくる。
「忘却(ウブリ)」