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episode33 「まだ何も言えていないのです」

「……私はロラさんとある約束をしました」


 表情を消したような声で、言う。


「それは、どのような?」

「私とロラさんは人に害する存在に家族を殺された同士。なので、約束したのです。仇敵が現れたときには、お互いに協力しようと」


 たしかに、討ち果たす相手がいるのなら、一人よりも二人のほうが宿願を果たしやすい。それが魔獣であるというなら尚更だ。

 狼はともかく、蝿の魔獣。そちらに関しては、果たしてどれほどの存在なのか。ただ長鎗の彼女の故郷を滅ぼしたというほどの個体だ、強力な魔獣であることには違いないだろう。

 経験から、強大な個体はより不可思議な魔法を所持している印象がある。カタツムリや狼はその最たる例で、恐らく蝿の魔獣も強力な能力を所有しているに違いない。

 彼女たちは二人で、それを為そうと言うのだ。


「騎士様は、それでも行かねばならないと言うのですね」


 睨みつけるような真剣な眼差し。

 彼女たちの恨みつらみは何年も重ねられてきたものだ。なので、所詮数か月しか積み重ねのない私など、薄っぺらい関係値かもしれない。

 討伐の約束を押し付けているわけではない。長鎗の彼女は、その二人で交わした契約を差し置いてでも、私に行く覚悟があるのかを問うているのだ。

 そして、その答えは疾うに決まっている。


「はい、それでも。行かなければならないと思うのです」

「それは騎士という使命からですか。もしそうなら止めたほうがいい。先ほどの通り、クラリカさんを家まで送ってください」


 もちろんそれもある。

 騎士として、危機に陥っている可能性がある者を救出しに行くのは当然の責務だ。

 だが、違う。

 それだけではない。


「まだ何も言えていないのです。だから、もし仇を討ちに行ったのなら。私が」

「私が?」


 私が斃す。

 それで、全て解決するのなら。

 ……否。

 それでロラはどうなるのだろう。もし仮に私が仇を取ったとして、彼女の恨みつらみはどこへ行くのか。

 解決しない、それでは。


 誰にも親しくなどされたくなかった。

 今まで虐げられてきた私にとって、対話の短絡化は私を護るための術の一つだ。過去に一度だけ親し気にされて、そして騙された経験もあり、人の輪に入りたいとは思えなかった。

 だが村を訪れ、初めに出会い。私の存在を肯定してくれた。

 それにどれだけ救われたことか、まだちゃんと言えてない。

 だから、できるなら傷ついてほしくないというのが本音だ。

 もし、まだ間に合うのなら。

 私は。



「私が、魔獣を討ちます。私にはそれしか出来ない、それが、私の、まだ出てこない言葉を超えるたった一つのやり方だと思うのです」



 それが剣を振るしか能のない私が出来る、最大限だ。

 時間が、落日と共に流れていく。葡萄酒のように深く染まった周囲は、暗がりに飲み込まれた。

 もう夜に入ると言っていい。

 本当は、長鎗の彼女が訪ねて来てからそれほどの時間は経っていない。しかし血液が流失していくように、一瞬一瞬が重々しく感じられ、まるで何時間もそこで対話していたのかと錯覚してしまう。

 ふうと、彼女が一つ息を吐く。


「クラリカさん、家に戻りますよ」

「いいのかしら」


 それに、彼女は唇を綻ばせることで答えとした。


「クラリカ様」


 去ろうとする二人を、その間に呼び止めた。歌うたいはそれに、言葉もなく振り返る。


「何故、ここへ?」


 問うと、歌うたいは力ない歪んだ微笑を唇に浮かべた。優しい微笑みではない、恐らくはそれくらいも分からないのかという意で。


「それは、ずっと前に言ったわ」


 言って、歩を再開する。風のような立ち去り方。

 その帰りは、送ると言う長鎗の彼女を置き去りにしていくほどだ。

 小さくなっていく後ろ姿をして、長鎗の彼女は笑う。まるで、その理由が分かっているように。


「ああ、本当に。素直じゃないですね」


 分かっていないのは、恐らく私だけ。

 過去に、ロラの味方をする理由など言っていただろうか。顧みて、しかしてそれは分からないまま。

 村は暗い夜に包まれた。


 ◇


 装備を整えて家を出た。

 大剣に肩鎧、それに手甲。この村にやって来て得た武具である。強固さで言えば、国から賜った鎧のほうに軍配が上がるだろう。

だがあの魔獣を相手に、鎧の硬さなど関係ない。残さず光線で溶解させてしまうだろう。未だ形を残しているのはきっと、私の中にいるなにか。その影響に他ならない。

 どのみちどちらでもいいのなら、装備はカルムのものに染めたほうがいい。私は初めて、自分の足で、ロラに会いに行くのだ。

 村の入り口に立つ門番は、二人ほど他の自警団を連れ立った巨躯の彼だった。

 ロラがいなくなったことについては言わないほうがいいだろう。あまり大きくする事ではない。

 問題は武具を携える私が、どうここを通してもらうかだ。

 素通りしようとも思ったが、


「おう、騎士様。どうした」


 当然のように巨躯の彼に呼び止められる。


「お疲れ様でございます。申し訳ございません、先刻、隠し短刀を落としてしまいまして」


 隠し短刀の補充はしていない。

 それを看破出来る者はいないのだが、ここを通る理由としては少し弱いだろう。


「隠し短刀? こんな時間にか。それに随分と着込んでいるじゃねぇか」


 巨躯の彼の指摘に違いはない。

 こんな時間に暗器を、それも陽の落ちたこの時間に捜索する理由はないのだ。

 なので、もうここは押し通すしかない。

 お願い致します、そう言って、とても真面目な顔をして嘘をつく。落ち着いたフリをしながら、私の心の臓は鼓動を早めているだろう。

 巨躯の彼は意外なほどあっさりとその場を通してくれた。

 意味ありげに上げられた口角だけが気になるが、ともかく私は村を出ることを許されたらしい。

 梟の眼のようなランタンが、代わりに疑問するようにかぶく。

 そうとなると、足は魔獣の逃げた方向へ向けられる。地鳴りのような音が響いた、村から少し歩いた地点。

 まずはそこまで行けば、何らかの痕跡があるだろう。

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