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episode39 「それが茨道であるとしても」

 吐き出される憤怒の光線を受け止め続ける。

 だが勢いこそ増すも、その熱は徐々に落ち着き始めていた。焼けそうだと感じていた魔法からは熱さが失われつつある。

 それでも、魔獣は魔法を放ち続けるのだ。まるでそれが目的であるかのように。

 何かに対して攻撃をし続け、それで鬱憤が少しでも晴れるというのなら。いくらでも攻撃するといい。まあ、そんなことで収まるのなら、当の昔に解決しているというもの。


「その怒りを理解出来ないというわけではありません。肯定もしましょう。ですが、私には迫害されているこの今が当たり前だったのです」


 周囲の空気に動揺を起こす勢いで光線が私を貫いていく。洞窟は決河のごとくその大きさを広げ、砕けた岩石が天井から落下する。このままではやがて来た道が埋まってしまう可能性もあるだろう。

 だが、逃げることは出来ない。

 私はここで、魔獣の怒りを受け止め続けると決めたのだ。


「ならなおさら、怒りになるはずだろう! 憎しみになるはずだろう!」


 魔獣の言うことに間違いはない。

 理不尽を受け、屈辱を受けて、そういった感情が芽生えるのは尤もである。私がただひたすらにそのような感情を押し殺して耐え忍んでいるのは、負の感情を抱いたところで何も為せはしないからだ。

 私一人がどうかしたところで、相手はフリストレールという国そのものである。

 だが。

 狼の魔獣という、国に怒りを抱く存在がここにいる。

 その存在は、いまここで私が肯定し見過ごしたとして、いずれその憤怒は国そのものを攻撃し始めてもおかしくない。

 そうなった場合、フリストレールという国は彼に対し、どう対応するのだろう。いまさら謝罪するとは到底思えない。もし彼がフリストレールを壊滅させたとして、しかしてそれでは周辺諸国には強力な魔獣に国を蹂躙された、としか見られないだろう。

 彼の怒りを正当に徹すには、やはりいまの国王。ないしカタツムリの魔獣が言っていた大臣。

 彼らに言葉の撤回と立場の回復をしてもらう他ない。

 それがどれだけ無謀なことか。脳内に考えを提示しただけで、身ぶるいがする。

 私はこの内にいる何かのお陰で暴力に耐えきれるに過ぎない。魔獣のような、当時の彼らは理不尽に場を追われ殺された。その無念さは、私にしか受け止めることが出来ない。

 否、肯定しなくてはならないのだ。

 少なくとも、そのような悲劇が生まれなければ、私の友人に不幸はなかった。

 生物の熱を持った、厚ぼったい風が私を吹き抜けていく。

 光線の影響は最早その程度で、吐かれ続けてはいるが私への攻撃性はさほどないように思う。岩盤が降ってきても私に何もないのは、崩れたそばから光線により砕け散っているからである。


「なんだ、なんなんだ君は」


 それは、私が一番知りたい。

 吐かれ続けた魔法が、次第に薄れていく。

 国に、王に、理不尽に。

 それらに対して撃たれただろう怒りの一撃は、そうしてようやく全てを放出し終えた。


「どうして、君は燃え尽きない? どうして……」


 見た様子、全てを吐き出した魔法といった、そんな風。荒い呼吸が邪魔をして、その後に言葉が続かない。

 本来ならば私など、跡形もなく消し飛んでいる。魔獣の疑問はもっともだろう。私本人ですら、何故影響を受けないのかは分からないため、疑問には答えることができない。

 酸素を求めて大口が開き、舌がだらんと垂れ下がる。


「どうして私にあなたの魔法が効かないのかは、分かりません。ですがその怒り、憎しみ。決してそれらを否定するわけではないのです」


 魔獣の目が鋭くなる。

 その双眸にはたしかに力強さがあり、それが次第に私を問いただす試練のように感じた。


「きっと、あなたたちの赫怒は正しい。例え全国民が卑下しようとも、私が。私だけは、赦しましょう」


 傲慢かもしれない。

 同じ白髪だからと言って、その感情を許すのは。

 もちろん行いを赦すのではない。暴れまわり、フリストレールの者を殺し回ったことは騎士として看破出来ない。

 だがその原因となった国からの理不尽に対する怒り。その感情は、決して間違いではないのだから。


「その感情は、私が持っていきます。現代のフリストレールを生きる白髪として。あなたの、あなたたちの赫怒は私が継ぎましょう」


 それがあの王を討伐し、そして今から狼の魔獣を斃す私の役目になるだろう。

 鉄壁すら射通しそうな、鋭い瞳。

 私は眼をじっと放さずに見ることで、試されているようなその視線に答える。

 彼もまた、王と同じように地獄に行くのだと思う。それは本人が一番分かっていることだ。理不尽に殺され、怒りを主張したにしてはあまりに酷な事。私はいずれ死んだときに、同じ場所に行くのだという烙印も魔獣から引き継ごうとしているのだ。

 分かっていて、私は背中の大剣を引き抜いた。

 ふんという、呆れたように鼻を鳴らす魔獣。


「君は自分の境遇に対しての怒りではなく、あくまで同胞の代弁者になるというのかい」


 頷く。

 復讐は、歌うたい曰く、一瞬でも親しい誰かに会うために行うのだと言っていた。けれど私にはその親しい誰かがいない。

 ならば自分のための行いではなく。

 自分にしか理解できない者たちが、正当であるのだと主張するために私はその意思を継ぐ。


「それが茨道であるとしても?」


 頷く。

 元より、私の来た道は生けれども行けれども、ただ氷河だった。血を流そうが涙を流そうが、そんなものは瞬時に凍り付いてしまい意味を為さなかった。

 私には知らないことのほうが多い。だがこの村に来て、ちゃんと自分の頭で考えて、動く。そうしなければと感じさせてくれた者たちがいる。

 そこからどうしたいのか。

 もう無意味に耐えて生きるだけではないのだ。我らが受けた痛みは、もうこの国では私だけのものだが、理不尽によって苦しみを抱えてしまったものは大勢いる。

 目の前の彼のように。

 私の友のように。

 私にしか分からないものを。

 例えその元凶に会えなくとも、この痛覚は私だけのもの。私にしか感じない痛みを、私は過去からこれからに引き継ぐのだ。

 故に私は。

 それが傲慢な行為だとしても。

 目の前の獣を断罪する。それは、私にしか赦されていない行為のはずだ。


「あの時の王様は、一足先に地獄で待っているんだね?」

「はい。そして、いまもなおフリストレールに巣食う大臣を、地獄で待っていると」


 自嘲気味に、魔獣は溜め息をついた。


「じゃあ僕も、地獄にてそいつを待たせてもらうよ」


 大臣には首都に戻らねば会えない。そしてその可能性は、今のところ閉ざされてしまっている。それでも、魔獣の表情はどこか勝ち誇ったかのようなふてぶてしい顔だった。

 切っ先を下に向け体を横に開き、いつでも斬りつけられる体制を取る。


「では私は、私が護るべきものを犯したあなたという魔獣を、処罰致します」

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