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episode1 「命を救ってもらったんだから」

 脳内で疑問符が舞う。

 何故その話を私に。

 双剣の彼女の夫を最後に見たのはおよそ三十日ほど前の話である。その様子を見るに昨日か今日、帰ってくる予定だったのだろう。

 だが隣国という話を鑑みるに、一日くらいなら誤差、というのが元兵士の意見である。

 しかしそれらを押し退けるように、


「えっー!? 大変じゃん!」


 ロラはそう言って、心配そうな目つきで双剣の彼女を見つめる。ねじくれたところなんて一つもなさそうな言葉。


「そう、そうなんだよ。いつも言った日数後くらいには帰ってくるのに、二日も帰って来ないから心配で」


 憂わし気な表情。

 たしかに二日間ともなれば、やや何事かと脳裏に暗雲がかるのも不思議ではない。私個人としては過敏だとは思うのだが、しかし心配に思っているのは本当なのだろう。


「二日、ですか」


 思わず、口に出す。

 双剣の彼女が愁眉であるのは理解できるが、しかしこの村から他の場所に移動する際、地理的にどうしても時間が掛かってしまうのも事実だ。


「騎士様。兵士の二日帰って来ないと、村民の二日帰って来ないは違うんだよ。アタシだって、あの人が兵士だったらまだ心配してない」


 心配しないという点は、彼女の普段の様子を見るに疑わしいところではあるが、なるほど。兵士はその役目から帰投する際も警戒や戦う意志を持つ必要があるが、彼はあくまで労働から帰還するだけだ。いざこざが発生する可能性はあるだろうが、常に戦意を持っているわけではない。市民である場合は、何かに巻き込まれている可能性が示唆されるわけだ。

 通常、遠出する場合は自警団でも限りは護衛が付く。野生動物や魔獣に遭遇する、そんなありうべきことがあるからだ。だが顧みるに彼が村を出たのは狼の魔獣の魔法により、警戒心が解かれていたときだった。そのため、往路は護衛が在っただろう。

 だが復路は?

 『言った日数後くらいには』という言葉から、一日ほど前後すると予想出来る。不確定の日付に迎えはやれない。なので、帰りは護衛もなく一人で戻ってくることになる。

 いつも、ということは毎回そうしているのだろう。


「なるほど、事情は分かりました」


 蛇のごとく、脳内で双剣の彼女の言葉をゆっくりと飲み込むことで徐々に理解する。少なくとも、彼女が不安気を抱くのに値する話であると。


「あの人はそんじょそこらの野盗なんかに負けるほど弱くないんだ。自警団じゃないけど、戦士みたいにかっこいい人だよ」


 そう胸の前で手を絡ませながら、美しい夢のようにうっとりとした目で中空を眺めている。

 つまりある程度、彼女の夫は自衛ができるのだろう。それなのに、帰って来ないのだ。


「セシルはいつも旦那さんの話になるとそうだよね」


 やれやれ、という風にロラが力なく笑う。

 たしかに、双剣の彼女は夫の話をするときは、大概同じような口調で嬉々とした表情をする。よほど懇意にしているのだろう。


「当然だよ、アタシはあの人に命を救ってもらったんだから」


 言葉から読み取るに、双剣の彼女は元々カルムの者ではない。しかしどこかで今の夫に助けてもらったことで村へとやって来た。背景を推察するならそんなところか。

 命を救われたことを恩と感じ、義理堅く添い遂げんとしようとしる人物とも取れるが、それとは別に惚れっぽいとも言える。


「それで、どうしてその話を私に?」


 しかし惚気話をしに来たわけではないだろう。双剣の彼女自身の事情はさて置いて、本題を投じる。


「あぁ、そうだった」


 思い出したように表情を破顔から引き締めると、眉根を寄せて真剣な顔つきへ移行させた。


「騎士様。アタシと、あの人を探しに行ってくれないかな」


 彼女の決死、という表情とは反して、私はどうして自分に頼むのかいまだに理解が及ばずにいた。双剣の彼女は野盗との戦闘を見るに、主観ではあるがその実力はある程保証されている。魔獣との遭遇はたしかに危惧されるが、私がわざわざ付いて行く必要などないはずだ。


「何故、私なのですか」


 言葉を投じた、途端。

 双剣の彼女は眉を顰めた。


「アタシじゃ国境を越えられないんだよ」


 その強い口調に対し、瞬時に理解させられた。つまりは私というよりは、私の騎士という称号に頼んでいるのだ。

 どこの国を越えるかによるのだが、フリストレールに接する国には基本的にその国境を越える資格を審査する関所が存在する。そこは並の市民では越えることは出来ず、ある程度地位を保有する者たちや、或いは国に申請し資格を与えられた者のみが渡ることができるという。

 私の騎士という称号は、そのある程度の地位に該当する。

 双剣の彼女は、私を連れ立つことで夫の出稼ぎ先の国へ探しに行こうと言っているのだ。


「国境を越えるというのは、話が早すぎると思います。事情は把握しました。私を連れ立つのもいい。ですが」


 それに、私は監視の役目の最中だ。いまここにいるのは、昼餉に誘われたからに過ぎない。それは、騎士という役目を放棄することになるだろう。


「話が早い? アタシは本当にあの人が心配で」


 声量が上げながら、ずかずかと家に入り私への距離を詰める。だがしかし。

 それはロラの「ねえ、ちょっと」という一声により咎められた。

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