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episode3 「あんたを殺してでもここを通る」

 ただ予感があって、今日は監視塔で夜を明かすことにした。もちろんなんとなく、というわけではなく、ある程度の可能性を持ってである。

 村長に報告した後、長鎗の彼女が国境までとはいかずとも中間とも言える位置まで捜索に行った。それ以上は辺りが暗くなってしまうからである。そうして出立したが、しかして彼女の夫は発見できなかった。

 長鎗の彼女はとても申し訳なさそうに報告していたが、それを聞いた妻はなんとも簡素な態度であった。或いは本当に諦めてしまったのかもしれない。ただ村長の話を聞いた後で、その線は薄いと感じる。

 立場を捨ててまで村に押し掛けたのだ。それに彼女の普段の様子から見るに、聞き分けが良すぎるように思う。

 戻るのは朝になることをロラに伝えたとき、少し寂しげな笑みを浮かべた。夜警で家に帰るのはこれまでにも幾度もあったが、こうして明確に意味のある表情を見せるのは珍しい。ロラが双剣の彼女と夫のことを心配しているのは本当だろう。

 何かあったときは対応してほしい。そんな眼差しを向けた私が行動するのを見て、杞憂になっているのだ。

 それを見て、私は口外に投げる言葉すら用意できなかった。もしものときのために、騎士の鎧と勲章を身に着けることしか。

 鎧ががちゃつく。

 普段は手甲と肩鎧という装備のため、妙に息が詰まる。いいや、本当ならいま装備している鎧こそが、本来の姿なのだが。カルムの防具を身に着けることで、私はこの村の騎士なのだという意志を強く持つと決めたのは、他ならぬ私自身の選択だ。

 国からの使いを出迎えるとき以外は、だが。

 門番である巨躯の彼が自分の肩を叩いて、大きな欠伸をしてみせた。昼過ぎ辺りからずっと立っているのだ、眠気に襲われても仕方がない。ここから早朝まで見張るとなると、確かに欠伸だって出るだろう。

 巨躯の彼は私が監視塔にいることを知っている。

 急に鎧を身に着けて現れ、さらに夜を明かすとなると、流石に事情を話さざるを得なかったが。彼は双剣の彼女の夫が帰って来ないことに対して心配の言葉を漏らしながら、「しゃあねぇな」とも発した。

 それは村長と同じ言葉であったが、巨躯の彼の表情はもう少し形容できぬ妙な表情に見えた。恐らくだが、彼自身女性を魔法使いとして連れて行かれてしまった経験があるがゆえに。まあそんな陰鬱な顔つきは、覆い隠すような苦笑いで吹き飛ばしてしまったわけだが。

 夜がやって来て、こちらの都合など関係なしに時間が流れていく。体をほぐすように腕をぐるりと回したかと思うと、あろうことか巨躯の彼は急に村の中へと戻っていく。

 突然の責務放棄は、しかし予定調和である。

 巨躯の彼には私がいることが分かっているため、離脱したところで問題はない。私ががら空きになった村の入り口を見ていればいいだけだ。いつもなら責務を放ってどこかへ行く人物ではないが、此度は理由がある。

 それから、無人のまま、入り口は開かれたままで時間が滴っていく。もし魔獣や野盗のような者が村を見つけたなら、しめしめと侵入して来たであろう。なので、あまり長い間、巨躯の彼は放棄していることはできない。それに、長時間であればあるほど、きっと明白すぎて意図した事は起きない。

 恐らく、本来ならばこんなにも簡単な罠に引っ掛かるような人物ではないのだ。巨躯の彼も初めにこの提案をしたとき、あまり期待は出来ないという風だった。

 それでも入り口を空けたのは、可能性があるからだという。

 出来るだけ身を縮め、小さな獣のように暗い光の下で黙りこくっても。闇の中で音もなく、息を殺そうとも。

 村を出る場所は、この場所しかないのだ。

 通る場所が分かっているならば分かる。まるで風が吹く場所を感じ取るかのような難しさ。「見えるもの」というよりも「気配」の領分に入る。ただそれでも、人がいない空気といる空気では肌のひりつきが違う。

 闇への溶け具合は称賛に値すると言っていいだろう。恐らく戦いに身を投じたことのない者ならば難なく欺いて、村を出て行けたに違いない。彼女にとって不運なのは、やはり出て行く道が一か所しかなかったことか。

 それに一刻も早く、という焦燥の部分も大きい、きっと普段通りならば、こんな見え透いた無人を通るという選択はしなかった。

 監視塔から飛び降りて、着地する。

 がしゃりという鎧の音がして、違反者は私に気がつくと無意識に腰の双剣に手を伸ばした。


「騎士様……!」


 無理矢理にでも押し通るという強い意思。ただ、私には剣を抜くという意志はない。


「お待ちください、セシル様」

「あからさまだとは思ったよ。そんな万全な装備で出迎えてくれちゃってさ。それでも、アタシは。あんたを殺してでもここを通る」


 言葉に嘘の陰りはない。

 本当に、私を殺すつもりで夫を探しに出るつもりなのだ。

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