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episode4 「化け物みたいな理由だね」

「はい、では向かいましょう」

「……は?」


 殺意に対し私が投げた慮外の言葉に、思わず呆けた言葉を漏らす。

 双剣の彼女からすれば、あんたを殺してでも、という言葉の通り押し通るつもりだっただろう。その証拠に、私の姿を視認した瞬間に武器に手を伸ばしている。

 しかし、違う。

 私はここで彼女を追い返すために武装しているのではない。私は、騎士の証を掲げるために賜った鎧を装備しているのだ。


「何か」


 脳が停止してしまったように、しばらく硬直していたため、問う。

 これが双剣の彼女が望んでいることだろうに、すぐさま反応を示さないとは一体どういう意味だろうか、と。


「では向かいましょう、じゃないよ。怪しすぎるよ、騎士様」


 ああ、なるほど。

 つまるところ、彼女は実はこれが罠で、油断したところを捕らえようと画策しているのではと私を疑っているのだ。

 私は無抵抗を示すために両手をたいまつのように高く上げたが、しかし。


「素手でリアムに勝てるひとに何も持ってないから、って主張されてもね」


 ふん、と嘲るように言った彼女の眉間には、深い皺が刻まれている。

どこで聞いたのかはさて置いて、そういえば、そんなこともあった。ただあれは、恐らく巨躯の彼もまだ私を見くびっていた時期である。加えて、私は自分が出来ることをしたまでだ。彼には勝ったというわけではなく、無理矢理叩き伏せたという言い方のほうが近いように思う。

 ただ、今は彼女の敵意を失わせなければならない。膝を折り、地に片膝を置く。


「どういう風の吹き回し?」


 双剣に手を伸ばしたまま、双剣の彼女は問うた。

 まあたしかに、警戒するのは正しい。自分の思った通りに事が進んでいるときこそ、警戒心は解いてはならない。そうやって足元をすくわれる場面を、私は戦場で何度も見てきた。


「ここでセシル様を追い返しても、あなたは諦めないでしょう」


 表情は変えない。

 そんなことは当然だと言わんばかりの、人を食ったかのような得意顔で。


「でしたらもう,行ったほうが納得できるのではと」

「……アタシは本気なんだよ、そんな厄介事の処理みたいに言わないでほしいね」


 頭を振る。

 これは日常的に起こる厄介事と同等と見做しているわけではない。


「いいえ、納得するのは私のほうなのです」

「は? どうして騎士様が納得する側なの。無理にでも押し通ろうとしてるのはアタシなのにさ」


 先刻、監視塔にて待機しているときに。思考の滑車をずっとくるくると回していた。村長から彼女の話を聞き、巨躯の彼が「自分は理解出来る」という意を話して。

 そして出口は一つしかないというのに、夫のために無理にでも押し通ろうとするその本気さを。私ならば、次に自分が夜警に立つ番になるまで待つだろう。

 不確実性を度外視してでも、彼女はここを行くのだ。命を救われた恩があると聞いたが、村を抜け出してでも探しに行きたいという感情。

 理解は出来るが、同意が出来ない。

 納得したいのは、双剣の彼女の感情は咎められる可能性すらあるのに、それは彼女には正しいことなのか。

 私は。


「少し前に言われたのです。あなたは人の気持ちを知る必要があると。ですから、私は村を抜け出してでも行きたいという、その気持ちを解りたい」


 正確には、村を抜け出してまでという感情は直近で見ている。両親の仇かもしれない魔獣を追ったロラだ。しかしあれは私の事情もあり、かつ治癒士である彼女を失うのは村の損害になると考えたからである。別に彼女の夫に大した価値はない、というわけではない。彼とてカルムの番匠だ、優劣の問題はつけられないだろう。

 ただ、ロラの行き先はあくまで国内の範疇だった。今回は違う。隣国という、孕む問題性が桁違いなのだ。

 それを度外視してでも夫を救いに行くと言う、その強い意思を見届けたい。


「化け物みたいな理由だね。騎士様がそれでいいのかい」


 怪物が人間を理解せんとする昔話。まさにお前は人でない何か、という言い方。間違ってはいないため、とりわけ湧き上がるものなどない。


「そう思ってもらって構いません」


 答えると、双剣の彼女は冷やかな、意地の悪い嘲笑を鼻で表す。


「じゃあ、行ってくれる、ってことなんだよね?」


 首肯する。


「分かった。でも信用はしないよ、前にも言ったけどね」

「はい、それで構いません」


 私が野盗を引き入れたと疑われていた際に発したこと指しているのだろう。ただ今は、双剣の彼女が武器から手を引いてくれさえすればいいため、そんなことはどうでもいい。

 信用など、されることのほうが稀なのだから。


「なら早く行こうじゃないか。アタシはこんなところで騎士様と喋ってる場合じゃないし、騎士様もそういう性質(タチ)じゃないでしょ」


 よく分かっている。

 いいや、私が分かりやすいのか。

 双剣の彼女が言う通り、すべきことは速やかに済ませるのが是だと考えているのが私だ。巨躯の彼には言ってあるとはいえ、いつまでもこんなところで立ち話をしているのは無駄である。


「その通りです。ですが二つだけ、耳に入れておいて頂けると」

「なんだい」


 先刻よりも声色は落ち着いている。

 彼女にとっては、どうしても抜けたかった関所を通れる運びになったため、大人しく聞き入れる姿勢になったのだろう。


「リアム様には伝えてあるのですが、三日です。それまでに村に戻りましょう」


 明日までには戻るという意図は、もしかするとその辺りに国の兵士がやってくる可能性があるからだ。それは私の都合でもあるし、それ以上は村を離れるわけにはいかないという思案でもある。

 焦燥からか却下される可能性もあったが、双剣の彼女は意外なほど素直に頷いた。


「そしてもう一つに、関所とあちらの国で身分を話す場合は騎士の従者だとお名乗りください。そちらのほうが面倒事は少なくて済みますので」


 元皇族の護衛である彼女にその提案をするのは酷だろう。

 なにせ虐げている対象という意識が根付いている。そんな人間の従者を名乗れと言っているのだ、もし彼女が現役であったならば、すぐにでも罵倒し殴打してくるに違いない。

 だが彼女も頼みごとをしている側だと理解しているのだろう、それほどまでに自分の中で夫の優先度が高いということである。白髪の提案を受け入れてでも、夫を助けたいのだ。

 従って、その提案すらも双剣の彼女は有無言わずに、「分かった」と答えた。

 そうして慮外なほど言い争いは起きず、出立は決定した。承認してくれる者がいるとはいえ、初めて自分の意志で村から抜け出すという行為に、私は陰謀でも企んでいるかのような暗い心を感じた。

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