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episode6 「その者の名を伺ってもよろしいでしょうか」

 クラルスは中央に大聖堂を据え、そこを中心に様々な建物が立ち並ぶ円形状の国である。その点で言えば、広間を中心に展開しているカルム村と少し似ていると言えよう。

 教皇国家と呼ばれることから、宗教団体が国を治めているのだろう。フリストレールにも宗教と呼ぶものは存在するが、少なくとも自分にはこれまで縁のなかった分野だ。

 否定はしないが、これからも私が拠り所にすることはないだろう。見えないものに縋り付いて、この立場から救われるとはとても思えない。

 フードを外し、頭を晒す。

 同盟国と言えど、白髪の差別は共有していない。恐らく人目にさらしても問題はないはずだ。むしろ、外から来た人間がずっとフードを被っていることのほうが、視線を向けられるのではなかろうか。連れ立った者は堂々としているというのに。

 しかしどう探したものか、小国とはいえ探しているのは出稼ぎの者。カルムならば特徴を伝えれば、すぐに思い当たる該当人物が浮かびそうなものだが、国となれば一人が全ての国民を見知っているわけではない。それが外部の者となると、尚更だろう。

 クラルスへ入る際、門番の者に彼女の夫の風貌を伝え、そういった顔の者に見覚えはないか尋ねたが、記憶にないと言う。入国したのはひと月も前の話である。覚えていないのは無理もない。

 だが仮に出国しているならば、双剣の彼女の話を考えると直近である可能性が高い。直近で出稼ぎの者が検閲所を出たとするならば、記憶に新しいはずである。

 なので、夫はまだ出国していない可能性と言えるだろう。恐らくその辺り記録しているだろうが、流石にそこまで調べてくれて言うことは出来ない。

 騎士の権利を越えているのに加え、なにより機密だろう。

 ちらりと、後ろに付いてきているだろう双剣の彼女へ視線を送る。容易ではないその人探しに、どう行動すべきか話すつもりであったのだ。だがしかし、そこにいるはずの彼女は居らず、既に通行人に話しかけている姿があった。


「ねぇあんた。アタシの夫を見なかったかい」


 朝であるが故に、まばらである人波。そのうちの一人。


「えっ。あっ、あなたの夫ですか?」


 通行人は眉間に皺を寄せて、困った顔のまま愛想笑いを浮かべる。

 彼は「えっと」と考えあぐねるように視線をさまよわせていたが、最後にはいいえと首を振ることでそれは否定された。そして逃げるような去り方で、その姿はどんどん遠くなっていく。明らかに異国の者に自分の夫を見なかったかと問われれば、それはそうなるだろう。

 周囲にいる何人かの装いが、白を基調にした服であることから、双剣の彼女の茶色の外套は異物感を浮き彫りにしてしまっている。まあ装飾品や、白色以外を使うことは許されているようだが。とはいえそれが、教皇国家という民の特有衣装なのだろう。

 その奇異さから、まばらにいる国民たちの視線が、彼女に注がれているのを嫌でも感じた。珍しさはあるだろう。ただ、こちらはわざわざ肌を晒して国を出、そして許可を貰っているのだ。ここにいることに対し、何も問題はない。

 いや、許されているのと、許容されているのとでは程度が違う。現に私がそうではないか。私はフリストレールにいることを許してもらえてはいるが、皆から許容されているわけではない。頭を見た途端、早く出て行けと言葉で刺してくる者も未だいる。

 ただ私は、ここで白髪を晒すことに何も問題はない。

 彼らの視線は、奇異の眼であり侮蔑の視線ではないだろう。私には何も感じない。

 しかし双剣の彼女もまた同じ視線を受けているはずなのに、そんなことはお構いなしに夫を探す第一手を打った。そもそも私のように気にしていないのか。それとも、少なからず感じてはいるが、夫を探すことが心内で上回っているがゆえに行動出来るのかは分からない。

 初手としては疑問視するが、なるほど。

 誰かのために行動するということは、ときに自分へ向けられたものを無視できるのか。私には、恐らくないものである。

 だがしかし、彼女がもう一人を捕捉して話しかけんとしている、その前に。


「セシル様」


 立ち回りづらくなる前に、呼ぶ。

 無作為に訪ねて回るのも、何も手がかりがないなら一つの手だろう。だが私たちは他国の者だ。怪しまれて警備組織を呼ばれては面倒である。


「旦那様はどういった伝手で、今回の出稼ぎの話を受けたのですか」


 問いかけると、双剣の彼女は歩を止めて私へと視線を向けた。


「以前出稼ぎに出た先から話をもらってきた、って言ってたね」

「お話を頂いた方の名など、分かりますか」


 募集した者ならば、労働が終わったかどうか一番はっきりしているだろう。

 しかし、問うた途端。

 双剣の彼女は弱り切った表情を浮かべた。「ああ、なんだっけ」という言葉と共に。

その言い方と悩み様から、完全に不明と言うわけではないらしい。ただ一か月も前の話だ、覚えていなくとも彼女のせいではないだろう。なにせ狼の魔獣の襲撃という事件もあった。

 ただ、それを思い出すのが一番の近道であることには変わりない。時間は消費してもいい、まずは記憶を掘り起こしてもらうことから初めてもらおう。


「騎士様というのは貴女様でしょうか」


 しかし、呼びかけられる。

 その存在には、いま話しかけられてようやく気が付いた。それほどまでに、自分は目の前の彼女に意識を向けていたのか。戦場であれば、既に死んでいた。


「はい、私です」


 振り向くと、白い祭服を纏った者が一人。二人の聖職者を引き連れてそこに立っていた。

 男性とも女性とも言える、中性的な顔立ち。肩まである灰色の髪に、漂白された温和な表情が張り付けられている。


「フリストレールから騎士様がいらっしゃったと聞いたものですから」

「それは、ご足労頂きありがとうございました」


 大国の騎士の出迎え、そして二人の聖職者を連れていることからそれなりの階級の持ち主であることが窺える。


「いいえ。それで、招待を受けたと聞いております。その者の名を伺ってもよろしいでしょうか」

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