一難去って、という風に胸をなで下ろしながら、去っていく司教たちを見送る。
あの者が懐疑の視線を向けていたのは明らかであった。今回は先の用とやらに助けられたが、もしもあのまま礼拝堂へ案内されていた場合、その後の展開は想像に容易い。
私たちはもう一度彼らがやって来るその前に、なるべくなら速やかに、パスカリスという者を見つける必要があるだろう。だが難点は、私にはその者がどんな人物かまるで分からないというところである。
「セシル様。その、パスカリスという方は」
問う。
「さてね。アタシには名前しか分からないよ」
当然、という風に答える。それはそうだろう、なにせ双剣の彼女は、夫の出稼ぎ先に着いて行ったわけではないのだから。
だが目的に少し手をかすめたのは間違いない。
このクラルスで彼女の夫を直接探すよりも、現地の国の者を見つけるほうが遥かに容易だ。それに行くべき方向が指し示されたのも大きい。
「まずは南の礼拝堂へ向かいましょう。その者を探すのはそこで……」
その先の言葉は、言うことができなかった。
何故ならば、双剣の彼女は既に南の方角へと歩き出していて、私の後ろにはいなかったのである。
「何やってるの騎士様、置いていくよ」
代わりに、冗談とも本気ともつかない言い方で、声が飛んでくる。それも南ではない、明後日の方向から。
「セシル様、そちらは東でございます」
「え、ホントかい。これはこれは、失敬」
双剣の彼女は照れ隠しのつもりか、軽く肩をすぼめてみせた。
焦りからなのか、それとも方角に疎いのかはまだ判断材料に欠けるが、ともかく彼女にしては決まりが悪い。それで、へへんと誤魔化すような笑い方をして、私のもとに小走りで戻ってくる。
そして私が南方へと歩き出すと、少し後ろを追うようにして付いてきた。野良犬のように、間隔をおいて。
礼拝堂への道中、改めてクラルスの街並みを眼の届くまで視線を巡らせていく。
どうやら家屋は一軒家が多いようだ。見ていく限りでは、集合住宅のような建物は見受けられない。浮浪者のような者がないため、恐らく住居が保証されているのだろう。そのような存在は、国の中心に集まる傾向がある。国が小さいことや、排斥している可能性もあるが、少なくともフリストレールではそうだった。
まだ朝方であるためか、食料品店や生活必需品を販売している店は軒並み閉まっている。十時までに礼拝するという決まりがあるようなので、街の賑わいは少し遅いのかもしれない。
道行く者も多くはない。
私たちはその中で明らかに異物であり、司教の言い様から他国の者を排他しているわけではないと思うのだが、多くはないのだろう。すれ違う国民の秘密の視線が、雨滴のように首筋に冷たく感触する。だが無視していく。その眼は恐らく、浴びせられた経験のある、刃物めいた鋭利なものではないようだから。
ひたすらに進んで行く。
時間が経つにつれ、すれ違う人が徐々に増えてきているように感じた。朝の礼拝から帰ってきた者たちだろう。もし礼拝堂に辿り着くまでに、パスカリスなる者と行き違いになってしまった場合、私たちは垂れ下がる蜘蛛の糸を失うことになる。
そのため気持ち足早に街を行くわけだが、先刻の双剣の彼女の様子を見るに、浪のように不安が揺れた。振り向けばいつの間にやらいないのではと、しきりにその気配を確認しながら往く。彼女はあれ以来、黙り込んでしまって、先立ったのに方角を間違えてしまってことがこたえているようだった。
ほどなくして、礼拝堂と思わしき建物へと辿り着いた。
国の中央に鎮座する教会とは違い、小さい塔のような出で立ち。それでもカルムの家屋ほどの大きさではある。単に教会の大きさが、他と比べて段違いなのだ。
礼拝堂には果てしない行列が連なり、朝の十時までに全員終わるのだろうかと疑問が浮かぶ。礼拝できる箇所は一つなのだろう、何か所かあれば少なくともここまでの行列にはならないように思うのだが。
そんなことを考えていると、双剣の彼女が疾く礼拝堂の前にいる聖職者に話しかけてしまっていた。
「ねぇアンタ、パスカリスって人を知らないかい」
心が奔馬のように逸る。怪しさ満点のその話しかけは、私の心臓をきゅっと引き絞るには十分であった。