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episode9 「あなた方をお待ちなのでは」

「失礼ですが、貴女は?」


 当然の返答。

 流れる水のように自然な成り行きである。


「クラリスの者ではありませんでしょう」


 その答えから、未だ騎士がこの国に来訪し、パスカリスという者に招かれたということは知らないようである。仮にもう伝達しているのであれば、疑問を呈していたであろう。

 招かれたというのに、何故探しているのかと。フリストレールの首都、ルユであれば電話という通信機器で疾うに伝わっていた。詳しい原理は使用したことがないため分からないが、専用の機器で交換手と呼ばれる者と通話を繋ぎ、そこから別の機器に接続してもらうことで遠くの者と話せるのだという。

 司教と話してから半刻ほど経過しているため、一度誰かを経由する必要があろうとも、行く先は分かっているため問題なく伝播できる。そのことから、通信手段は存在いないか或いは、優先することでもないと見逃されたかであろう。


「従者の者が突然申し訳ございません。フリストレールより参りました、騎士のアヴィアージュと申します」


 双剣の彼女の口噤みを引き取る形で口を挟む。

 いや、危うい話を口外に投げる前に割り込んだと言ったほうがいいか。そこまで判断力は失っていないとは思うが、先ほどからの彼女の様子を見るに、万が一ということもあろう。


「フリストレールから……? それは、ご足労いただきありがとうございます。ですがどうしてわざわざ騎士の御方が」

「パスカリス、という御方に招かれたのですが、聞くところによると今は礼拝の時間とのこと。ですのでこちらをお訪ね致しました」


 聖職者の目や眉に、定まらない考えを反映すかのように、しわやゆがみとなって表情に現れる。


「……失礼ですが、どういった経緯で」


 そう聞くのは正しい。

 教皇国家において、聖職者は国を任されている立場だ。国政を担う者たちというのは、国を護る義務がある。従って今のところ怪しい私たちという存在に対し疑いをかけるのは当然だろう。仮に自分たちが国を侵しにきた存在であった場合、目の前の彼が警戒を怠ったということになりかねない。

 ただそれで困るのはこちらである。フリストレールなら騎士でアヴィアージュと名乗るだけでまかり通ったかもしれない。だがここは、単なる同盟国の中である。あくまで友好的な姿勢を見せるだけ。


「あぁ、どこでしたでしょうか。以前別の国を訪れた際にお会いしたのです」


 ちらり、と双剣の彼女の方へと視線を向ける。

 別の国を訪れた際に、というのはもちろん私の話ではない。だが、今この場面では自分のことだと振舞う必要がある。


「プリストを訪れたときでございますよ、騎士様」


 私の言葉に内包されていたものを上手く読み取って、したり顔でその国名を出す。恐らくは夫が出稼ぎに行った国の名前だろう。だがしかし、プリストという国を私は訪ねたことは一度もない。


「なるほどプリスト。たしかパスカリスが出向いたことのある場所です」


 その言葉から、聖職者はパスカリスという者を知っているらしい。


「ですが申し訳ありません、彼はつい先ほど礼拝堂を後にされまして」

「そうですか、どちらの方角や行かれたか分かりますか」

「何もなければ家に戻ると思いますよ。きっと、あなた方をお待ちなのでは」


 本当にそうなのだとしたら、たしかにパスカリスという者は家に戻るだろう。だが残念なことに来訪者の予定などありはしない、従って帰宅しているという保証はないのである。


「どちらの方角か分かりますでしょうか」

「申し訳ありません、そこまでは。司教様なら分かるかもしれません、確認致しましょうか?」


 司教様、というと先刻遭遇したあの中性的な顔立ちの彼が脳裏をよぎる。あの者に話が通るのはあまりよくない流れだ。


「いえ、実は先ほど司教様とお会い致しまして。ご予定があるとのことで別れたのです」

「そうでしたか。もしかしたら知っているかもしれないので、念のためここの司祭様に確認致しましょう」


 司祭と司教。

 私ではどちらが身分の高い者なのか分からないが、連れ立っている者が二人もいたことから司教のほうだろうか。


「いいえ、今は朝の礼拝の時間なのでしょう。お忙しいところ時間を頂戴するわけには参りません」


 司祭に伝われば、上の者である司教の耳に入る可能性がある。その前に私たちはパスカリスなる者を見つけねばならないというのに。

 まあ、それを言えばそもそも私たちはこの聖職者の忙しい時間帯を強奪しているわけなのだが。


「お気遣い感謝致します。検閲所ではお聞きになりましたか」

「検閲所ですか、分かりました。訪ねてみましょう」


 たしかに尋ねはしたが、検閲所で問うたのは彼女の夫のことである。もう一度向かう価値はありそうだ。

 そうして、さっさとこの場を去ろうと双剣の彼女へと顔を向けた。だがそこに、いるはずの彼女の姿はなかったのである。

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