パスカリスらしき者は思いのほかすぐに見つかった。
短く整えた金髪に青を基調とした白い衣服。サイズを調達するのが楽なのか貫頭衣で、その様は巨大なクラゲのよう。
小山のような大きな五体は、フリストレールにいる白髪のように人目につく。どうしたはずみでこんなお腹になるのだろう。
私には分からないが、まあそんなこともあるか。
「パスカリス様でいらっしゃいますか」
声をかける。
するとパスカリスらしき者はゆっくりと私の方へとその体躯を向けた。
「誰か儂を呼んだか」
その体形にちょうど調和した重々しい調子の声。
目のはれぼったい顔をし、口の回りを一周する口髭は薄い色の金箔みたいだ。目印の一つでもある青いネックレスは太陽の形を模しており、それが胸元に張り付くように提がっている。
「突然お声を掛け申し訳ありません、私はフリストレールから参りましたアヴィアージュと申します」
胸に手を当てて、慇懃に。
対して、パスカリスらしき者は眉間にくっきりと皺を寄せて怪訝な顔色を見せた。
「フリストレール? わざわざ隣国から儂にか」
最もな疑問である。
まるで何故氷は冷たいのか、と問うているように。
「先日こちらの国に、外壁の修理のために出稼ぎの者を招いたかと思うのですが、その中にアダンという者はおりませんでしたでしょうか」
「アダン……? その前に、何者かね」
その目には疑いの雲がかかっていた。
当然だろう。
「申し遅れました。私はフリストレールにて騎士を任されております、エメ・アヴィアージュと申します」
「騎士……? フリストレールには確かに行ったが、騎士が儂に何の用か」
「私は現在ある村の守護を任されているのですが、村の者がこちらに出稼ぎに行ったきり帰ってこないと報告を受けまして出向いた次第でございます」
事情の全てを告白した。ただでさえ疑念のある表情であるのに、私のことを隠匿して此度の件を聞くのは流石に無理がある。少なくとも、身は明かさねば不誠実だと感じた。
ただアヴィアージュ、という名に反応しないということは少なくとも教会の者ではないということである。なので、直ちに報告されるということではないはずだ。身元と事情を明かしたうえで即刻警備組織を呼ぶならば、それはもうそういう義務なのだろう。
仕方なく、撤退するしかない。
「出稼ぎの者が帰って来ないだと? それはおかしい」
果たして、回答されたため少なくとも即身柄を拘束される流れではないらしい。
「おかしい、とは」
「たしかにフリストレールの者を雇ったのは儂だ。だが壁の修理は三日前に終えた」
険しい顔で、パスカリスは答えた。これ以上は自分に聞かれても困る、という意を内包しての表情だろう。
「終えた、ということは」
「その後は儂は知らん、ということだ」
ようやく上がってきた谷底へ、再び突き落そうというような言葉。ただすぐさま立ち去るといった行為をしないところを見るに、もう少しだけ時間を頂戴できるらしい。
「忙しい」と常套句を吐き捨ててその場を後にしていたなら、私はすぐに彼を怪しい者として尾行していた。
「その際はすぐに解散なされたのですか」
疑いの言葉を投げる。
有難く留まってくれた者に申し訳ないが、こちらもはいそうですかと納得して帰ることはできないのだ。
「いいや、雇った者……十人位か。労うため食事を振舞った。一人はすぐに帰ったがフリストレールの者は儂の提案に応じていたはずだ」
なるほど、良い雇い主である。
恐らく雇用していた期間も食事は保証されていただろうが、その言葉の様子だと少し内容を豪勢にして振舞ったように思う。そうして評判を落とさぬようにするのだ。
否、もしかしたら本当に労う意味のみである可能性もあるが、それは聞いたところで今はどうでもいいことである。
「そして、解散なされたのですか」
「あぁ、検閲所を通るところまで見送ったよ」
聞くに、面倒見の良い雇用者のように思う。
仕事を終えた労働者に食事を振る舞い、国を出るまで行っているのだ。別の国から招いているというのもあるだろうが、少なくともとも兵士であった私よりも待遇は良い。
「……なるほど、お時間を頂いてしまい申し訳ありませんでした」
そう言って頭を垂れる。
聞くことはもうないように思った。例えば食事に何かを仕込み労働者を捕らえていたとしても、或いは見送ったことが嘘であったとしても。彼はそれを言わないだろう。
無理に聞き出すことはできない。
そんなことをすれば先刻の司教と再会する時間を早めるだけだ。
「そうか。それにしてもわざわざこっちの国に来るとは、よっぽど任されてる村の者が大事なんだな」
否、自分がここまで来たのはあくまで成り行きなのだが、それはいう事が出来なかった。なにせその言葉を口外に投げた後、パスカリスは旋風の様にさっさと立ち去ってしまったのだから。