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episode12 聖遭

 どう動くべきだろうか。

 パスカリスは知らないと言っていた。もちろん私は彼のことを微塵も知らないため、全て鵜呑みにすることはできない。しかし、これ以上は穿鑿したところで期待できないだろう。

 それどころか、探っている気配を感じ取られた時点で防衛機関に伝えられる可能性がある。一度話したことに探りを入れられるのは、あまりいい気分ではないはずだ。そしてそれが何かを隠している事情なら、尚更だろう。

 なので、まずは気づかれずに、彼の言葉が本当なのかどうかを調べる必要がある。

 視界には未だパスカリスがいた。

 大きい山のような体躯の彼が、ゆっくりとした歩調で道を往く。私はその足をできるだけ真似ながら、見知らぬ土地で尾行を始めた。

 牛のようにゆっくりとした速さ。この国の治安は良いのだろう、皆がそこまで急いだ足取りではない。パスカリスの足取りはその中でも緩慢で、意識して歩調を合わせるのはそれなりに苦労が必要だ。

 特に町中で目立たない様に振舞うことが難しい。どうしてこの者はゆっくりと歩いているのだろう、そう違和感を持たれないよう。

 実際、鎧姿できょろきょろと視線を散らしているのは、他の目から見れば不審の塊でしかない。

 この国の防衛機関がどのような恰好であるかにもよる。少なくとも、検閲所で防具を身に着けている者はいなかった。ただある程度予測は可能で、恐らく白を基調とした装備だろう。私が賜った鎧は青が主立った色であり、サーコートは白であるが目立つことに変わりはない。

 死人のように息を詰める。

 異物として際立たないように、彼を見失わないように。

 街の中を歩いて行く。

 教皇国家だからか、徐々に目に入る人の数が増えてきても、フリストレールの街のような騒がしさはない。もちろん聖職者ではない者もいようが、皆が一つの宗教の信仰者のためそういった五月蠅さに気をつけながら生きているのだ。

 静寂、というわけではないが、それでも人が溢れる街の中特有の喧騒はない。

 まるで森の泉のような国だ、と思った。

 そこは穏やかにゆったりとした時が流れているが、一方で何が泳いでいるのかぱっと見た限り分からない。清流なのに、水底が見えないのだ。

 街の中に決して大きくはない水路が流れていることに気がついて、私はそう思った。

恐らくどこかの水源から水を引く目的で造られているのだろう。国一つを賄うにはとてもでないが大きい水路とは言えず、自分が気づけなかっただけで至る所に通っているのだと思われる。

 そうして寄り道もせずに、パスカリスは白い街並みを歩き続け、やがて一軒の建物へ辿り着いた。

 青い屋根の家。

 カルムでは声の大きい店主宅が一番大きな家である。それは自宅が商店も兼ねているからであるが、その建物は商店を上回るほどの規模であった。

 豪奢、というほどではない。

 ただ周囲にも白亜の家が立ち並んでいるが、他に比べて青い屋根の家は一回りほど規格が違う。小さな庭も備えており、その一画は、まさに家のためにあるかのような空間である。

 そんな家の中に、躊躇なくパスカリスは入っていく。自分の家でもなければ持ちえない我が物顔。まさしく、自宅なのだろう。

 周囲をぐるりと見渡して、私を注視していない者がいないか確認する。あくまで彼の家は街中にあり、住宅街に立っていることに違和感を与えてはならない。

 時折、少し歩いたりして異質さを緩和する。

 家族構成はどうなっているのだろうか。仮にもう一度パスカリスが出かけたとして、家の中に人がいるなら意味がない。突然いなくなってしまった双剣の彼女や、その夫が中にいてくれるのが一番手っ取り早い。ただ、都合のいい話はないだろう。もしそうなら、もう少し私という存在に対し警戒しているはずだ。

 それから、家の近辺に居座り続けてどれほど経ったろう。ふいに、肩を叩かれた。


「あの」


 本当に、当然。

 周囲の警戒は怠っていないはずなのに、その者は正面で確かに引き絞られた弓矢が何故か真横から飛んできた、という風に。不意打ちの様に現れたのだ。

 背中まである長い金色の髪に切れ長の眉。蒼玉のように綺麗な双眸が、こちらを引き込まんと煌めく。なによりその白純の祭服が、私に警戒心を焔の如く燃ゆらせた。


「御用のところ申し訳ありません。少々よろしいでしょうか」


 声色は優しく、口調も柔らかい。

 だがしかし、咎めるような眼差しが、決して単なる好奇心で私に話しかけてきたわけではないと言っている。お前はここで何をしているのかと、訴えるかのように。


「どうかいたしましたか」


 あくまで平静を装う。

 どこまで把握しているのだろうか。私と言う騎士がこの国にいること。司教にパスカリスという者に招かれたという嘘を言ったこと。そしてパスカリス自身にやってきた目的を話したこと。

 心臓が大きく鳴る。

 彼女が纏う祭服は、明らかに司祭が纏っていたものとは違う。階級が違うのだ。魔獣が大口を開けるように、その視線は明らかに私を呑み込まんとしていた。

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