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episode13 「この御方はクラルスという国そのもの」

「探しましたよ、騎士様。司教から言伝を授かりましたので、お伝え致します」


 声だけならば、それはまるで秋の夜に細く慄える鈴虫のような優しさ。温かく、目を瞑って聞いたならばあたかも抱かれるような心持となるだろう。

 ただ味気のない瞳。ただそれだけで、彼女の私に対する感情が無であることを察せてしまう。


「あぁそれは、ご足労いただきありがとうございます」


 そう頭を垂れると、彼女は「いいえ」と言いながら口元に笑みを作ることで応える。

 路傍の石ころを見るような眼差し。

 彼女は司教のことを、敬称もなくそう呼んだ。なので、この聖職者にとって私など、その程度の存在なのだろう。位の高い将校が、兵士たちを見る眼に似ている。


「明後日まで滞在する予定とお聞きしました。その際の場所を提供できれば、と仰せつかっております」


 言っていない、少なくとも司教には。

 ただ、検閲所で確認すれば分かることではあるため、浮かんだ疑問を口にはしない。疑っている、と思われては不都合だ。


「お気遣い感謝致します。ですが、こちらの都合で来たのです。そこまで世話になるわけには参りません」

「いいえ、わたくし共と致しましては、フリストレールからやって来た騎士様を無下にするわけにはいきません。どうか提供させてください」


 ダンスにでも誘うかのように、手を差し伸べる。

 これに拒否するのはあまりいい選択ではない。だが、教会は私を監視下に置くことで好きに行動出来ないようにしているのではと思った。

 もちろん単なる好意である可能性もある。

 ただ私は、見知らぬ国で初対面の者から受ける善意を素直に受け取れるほど、綺麗ではない。カルムが少し特殊な展開だっただけで。なのでもしも、聖職者たちが優しさでこの二日を過ごす場所を与えてくれているのなら、それは私の感性が汚れていると言える。

 警戒しておくのは悪いことではない、いまはそう思うことにしよう。


「分かりました。そのご厚意を無下にはできません。少しの間、よろしくお願いいたします」


 答えると、彼女は血色のいい両頬に豊かな微笑を浮かべた。もちろん、目は骸骨のように落ち窪んだまま。

 彼女は歩き出した。

 意味ありげにこちらを一瞥したところを見るに、着いて来いという意味らしい。いまパスカリスの家の前を離れるのは躊躇われるが、仕方ないだろう。私は軽く息を吸って、そして吐くと従順な犬のように、聖職者の後ろを追った。


 国の中央に鎮座する大聖堂へとやって来ると、どういうわけかいなくなってしまったはずの双剣の彼女が私を出迎えた。まるで猫が金貨を持ってやって来たかのような展開に、驚かずにはいられない。

 今までどこに行っていたのか、そう問うと彼女は「分からない」気づいたときにはここにいたと答えた。

 私に嘘をつく必要はない。

 ただ、脅されてそう答えるよう言われている可能性もある。そのため、二人きりになった後にもう一度問うことにしよう。

 改めて、大聖堂を見る

 それ一つが城塞のように巨大な建物で、聳えるような二つの尖塔がまるで天空へと至らんとばかりの高さを誇っていた。フリストレールにも大聖堂は存在しているが、趣がまるで違う。あちらはどちらかというと宮殿のように横へ広がるような造りである。

 一体村の家が幾つ入るのだろうと、くだらない感想が浮かぶ。

 そんなことを考えていると、仰々しい装飾の施された扉から先刻の司教が現れた。連れ立った者はおらず、小走りでこちらへ向かってくるところを見るに、急いで私を出迎えたように思う。

 部屋を用意してあると言伝を出したのは、彼のはずなのに。それとも、何か別の用でもあったのだろうか。


「騎士様、先刻はお相手をすることが出来ず申し訳ありません」


 落ち着き払ったような目で、しかして申し訳なさそうに言う。正直もう一度相対する気はなかったのだが、こうなってしまった以上仕方がない。

 いいえ、そちらもご多忙でしょう。

 そう答えようと口を開く。

 しかし言葉を口外に投げようとしたとき、それは呑み込まれた。何故ならば、私をここまで連れてきた金髪の彼女の顔を見た途端、まるで魔獣でも突然に現れたような顔をしたからである。


「聖女様!? 今までどこへ行っていたのです?」


 その単語には聞き馴染みがない。

 しかし、その態度から見るにやはり相当の階級であることが分かる。聖、という言葉が冠されているほどだ、聖職者から尊敬の目で見られるような存在なのだろう。


「ごめんなさいザカリア。騎士様を連れてくるほうが優先だと思ったから」


 言って、私へちらりと視線を送る。

 ただ若干、双方の意志に一致が見られない。聖女と呼ばれた彼女はたしかに、司教から言伝を授かりと言っていた。しかし司教の様子から見るに、今まで彼女は行方知れずだったように思える。


「心配致しました。気が気ではいられませんでしたよ」


 憂わしげな表情で。いまこの瞬間だけは、出迎えた私の存在など綺麗さっぱり、頭の中から消えてしまっているようだった。


「失礼。私はこの御方から、司教様から言伝を授かっているとお聞きしたものですから。司教様は把握しているものだと」


 割り込むように、その疑問を投げかけた。

 すると司教は驚いたように瞠目し、否定するかのように頭を何度か振る。


「聖女様に伝書鳩のようなことはさせられません」


 なるほど、つまり言伝と言ってここへ連れてきたのは、聖女自身の判断だったらしい。


「この御方はクラルスという国そのもの。神の代理人として私たちを導いてくださる、聖女様なのです」

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